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機械乙女は世界を改変する  作者: にしだ、やと。
第三章 自由と、悪意と、日常と
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#017_フェリの依頼

「まずはこいつを見てほしい」


 一息だけついた後、フェリが机の上に置いたのは一つの電子端末だった。

 見た目には特に変わった様子が無いことから、彼が言っているのはきっと中身のことだろうと、アスターは手に取り端末の電源をオンにする。


「うん? これって……」


 立ち上がった画面に映し出されていたのは、一見して意味のある映像ではなかった。

 記号と文字が無秩序に並び連なる電子の世界。

 無知なものが見れば、それこそ端末の不具合なのではないかと思い込んでも不思議ではないだろう。


「ああ、実に悪いことにねえ、お察しの通りこのままじゃあ読むことすら出来ないんだよ、アスター殿」

「なるほど、見たことのないパターンね……新種の暗号形式かしら」


 エリカも横から画面を眺め、思案気な顔付きをしている。

 どうやら二人にはこの文字列が解読困難な暗号列に見えているらしい。

 しかし、アスターにはどうしてもそんな風に見えなかった。


「ええと……」

「こいつは最近狩られたミレスから回収できたデータなんだがね、複数の個体で同じようなデータが確認できたことから、帰投地点を示しているんじゃないかと予想されていてねだねえ」

「予想ってことは解析できていないのね」

「残念なことにねえ……ああ、実に残念だよ」

「その割には全然残念そうな顔に見えないけれど?」


 口にしていることとは裏腹に、フェリは実に楽しそうにニマニマと笑っている。


「そんな風に見えるかい? ああ、それはそうなのかもしれないねえ……なにせこの依頼に間しては俺も持て余していたところだからねえ」

「……そういうことね」


 呆れたように、肩をすくめるエリカ。

 その反応をみて、ことさらにフェリは愉快げな様子を見せてきた。


「いやいやいや、誤解されちゃあこまるよ? 別に丸投げしようっていうんじゃあないんだ。そんなやり方じゃあフェリの名が廃るってもんだよ」

「ふうん?」

「なに、簡単な話だよ。この暗号を解読できそうな人物に心当たりはあるんだ。けれどねえ、良くない、実に良くないことなんだが、彼は俺たちと交渉する気が無いみたいでねえ。だからアスター殿には彼と交渉して、まずは暗号を解読してもらってほしいんだよ」


 どうかな、とフェリは手を組み合わせ問いかける。

 ようやく自分が発言できそうな場面になったことに気づき、アスターは少しだけ思案する。

 先程から言いたかったことと、たった今気づいたことのどちらを優先するべきなのか。

 しかし結局タイミングを逃し続けた言葉よりも、今まさに放たれたその言葉を拾うほうが分かりやすいだろうとアスターは判断した。


「ええと、『まずは』ってことはその続きがあるっていう解釈でいいんですか?」

「おお、おお、おおとも!」


 問いかけられたフェリは望外の喜びだと言わんばかりに、両手を挙げながら小さく叫んだ。


「ただ暗号を解読してもらうだけじゃあさすがに元が取れないからねえ、アスター殿たちには是非ともその帰投地点を調査してほしいんだよ」

「調査?」「はあ? あなたは何を言っているのか分かっているの?」


 アスターが聞き返すのとほぼ同時に、呆れ混じりの声音でエリカが抗議する。

 そのあまりの威圧感にアスターは、自分が詰められているわけでもないのにビクリと萎縮してしまう。


「いや、いや、いや……それほど悪い話を言っているつもりはないんだがね……。なにもその拠点を潰せなんて言う話ではないのだよ。ただ重要そうなデータを一つ二つ回収してくれればそれで充分なのさ」

「だとすれば尚更馬鹿げているわね。一体何処の誰がそんな依頼出しているのよ」

「それを聞かれるままに教えてちゃあ俺たちの信用が地の底まで落ちてしまうじゃあないか。それにミレスどもが抱え込んでいるデータが人類にとって有益なものってことくらいエルリカリシア嬢も承知しているだろう?」


 フェリの反論に、エリカは渋々といった顔で「それはそうだけど」と納得した様子だった。

 アスターもまた、彼女が何を問題にしているのかまでは理解できていなかったが、自分が確認したかったことは把握できたことに少しだけ安心した。


「それじゃあ、この暗号を解くまでを自力でこなした場合でも依頼内容としては特に問題が無いという認識であっていますか?」


 彼がそう言うと、二人は揃ってキョトンとしたような顔をした。

 いつでも冷静なエリカも、飄々として掴みどころのないフェリも、自分自身の耳がまるで別世界からの電波でも受信してしまったかと疑っているようだった。


「ええと、ごめんなさい、珍しく聴覚モジュールが不調になっているみたい。もう一度言ってもらえるかしら」

「だから、暗号が解けるのならわざわざ交渉なんてしにいかなくてもいいんですよね」


 念押しするように、聞かれた通り再度アスターは言う。

 その言葉が嘘か真かはともかく、繰り返された台詞にエリカたちは自分の耳におかしなところがないことをようやく正しく認識した。

 そして、その意味するところについて考え始めた。  


「アスター殿、それはつまり、興味深い、実に興味深いことなんだが……この暗号の解き方が分かるって解釈していいんだね?」

「正確には少しだけ違いますが……その解釈でほとんど間違いはないです」


 さも当たり前ですと言わんばかりにのたまうアスター。

 その平然とした表情に、フェリは俯き、小声でなるほどなるほどと繰り返し呟き始めた。


「なんというか……小さい頃によく解いて遊んでたパズルによく似てて……それで……」

「あっはっはっはっは!」


 アスターが続けると、俯いていたフェリが突如として大声で高らかに笑い始めた。

 思わずビクリとしてしまう。


「こいつは傑作だ! 子供の頃に? 遊んでた! 良い、ああ、実に良いじゃないか!!」


 その様子を見て、エリカは「これだからヒトっていうのは面倒なのよ」とぼやいている。


「ああ、この場合死せる女神に愛されているのは一体誰になるのだろうねえ。俺か、エルリカリシア嬢か、はたまたアスター殿自身なのか……」


 一通り笑いきり満足したのか、フェリは再び両手を組み合わせ、神妙に呟く。

 先程から感情の波を激しく揺らし続けている男にアスターは、自分が何か間違ったことをしてしまっているのではないかという気持ちにさせられていた。


「ともかくだ、そういうことなら話が早い。早速その解読方法とやらを教えてもらおうじゃないか」

「そうね、それには私も賛成だわ。優秀なネーヴァの頭脳でも解析できない暗号をヒトが解けるなんて、めったに聞ける話じゃないもの」


 けれど二人の催促に今更やっぱり違いますなどと逃げることが出来るはずもなく、自分にはこの暗号文と言われている物がどのように見えているのかを説明し始めた。


「確かにこの文字列、一見暗号化されているようにも見えると思うんですが……多分これ自体はまだ暗号化文にはなっていないと思うんです」

「どういうことかしら?」

「これはある種の難読化処理がされている文章ですね。こことここと……あとほら、ここをみてください。同じパターンが度々出ていますよね。この部分が各ブロックの起点になっていて……」


 アスターの解説を要約すると、普通に横並びの文字列を読むのではなく、規則に従って文全体を整形したのち、縦読みすることで初めて正しく暗号化処理された文章に戻すことが出来るということである。

 この規則というものがなかなか曲者で一見しただけでは判断することが出来ないのだが、彼の家にあった謎解き本によくこの手の問題が出ていたため、アスターはピンときたということである。


「驚いたわ……まさかそんな風に見るだけで良かったなんて。全く、ヒトの発想というのは本当に計算できないものね」

「いやいやいや、ヒトだからって誰でも同じ発想ができるわけじゃあないさ。もちろん、合理的なネーヴァには苦手な領分ってのは間違いないだろうがねえ」


 彼らはそんな風に言っているが、アスターにはどうにも腑に落ちない点があった。

 機械であるネーヴァが苦手なら、同じ機械であるミレスにだってこんな難読化処理が思いつくものなのだろうか。

 もしかしたらミレスという集団にも、ヒトの親玉のような存在がいるのかもしれない。

 なんとなくそう思ったが、しかしもし本当にそうだとしても自分には関係のないことだと、アスターはこれ以上考えないことにした。


「それで、あとは普通に暗号を復号するだけですけど……」

「そっちは問題なさそうだわ。既知のパターンで解読できそうだから。ちょっと待っていなさいね」


 難読化処理を解いた暗号文は、どうやらエリカが解読できるようだ。

 今頃彼女の脳内では、物凄い早さで処理装置が信号をやり取りしているのだろう。


「出たわ。この数列は……間違いなく座標ね。フェリ、この地点分かるかしら」


 そう言って、エリカは端末に数列を表示させる。

 流石に地図情報まではエリカも記憶領域に保持しているわけではないようだ。


「ちょっと待ってくれ、ええとこいつは……ふむ、少し遠いみたいだな。ここから南に大体二十日程度、近くにそこそこの規模の街があるから、そこに寄っていくのが良いだろう」

「行きだけで二十日……」


 予想以上に時間のかかりそうな依頼に、アスターは本当にこのまま依頼を受けて良いものか悩んでしまう。


「その距離を移動するとなると流石に足を用意したほうが良いわね。あなた、今いくら持っているの?」

「え? ええと……」


 しかし、悩んでいる間にもエリカは勝手に話を進めようとしている。

 とりあえず彼女の質問に答えつつ、また流されている自分を自覚する。


「車がいるのか? それくらいなら経費としてこっちで用意しようじゃないか。なあに、この依頼を出しているお客様は随分と気前が良くてねえ、必要経費なら追加でどんどん出してくれるのさ。本当に気前の良い、ああ、実に良いお客様だよ、その点ばかりはねえ」

「あら、そうなの。それは助かるわね。じゃ、なるべく良いのを頼むわ。あとはそうね……彼用の携帯情報端末もお願いできるかしら。依頼の目的はデータの回収でしょう? それなら必要になるわよね」

「ふむ、それもそうだな。よし、明日までに一番良いのをそれぞれ用意しておこう。表の店に来てくれれば受け取れるように手配しておくから、いつでも好きな時間に取りに来てくれ」

「わかったわ」

「わ、わかりました」


 結局、アスターが何かを言う隙もなく、依頼についての細かな取り決めなどもすべてまとまり、会合は終了することになってしまった。

 やはりこの土地では自分は無力なのだと悟りつつ、ここまで来たのだからもういくところまでいくしか無いと、彼は腹をくくることにした。


「それじゃ、次に行きましょうか」


 フェリと別れ、隠し部屋を出たところでエリカがそう言い出した。

 次って一体なんだろうと、アスターは首を傾げる。


「旅の準備、今日の宿の確保、色々とやることはあるけれど、その前にやっておきたいことがあるのよ」

「やっておきたいこと?」


 彼女がやりたいなんて風に言うのが珍しい気がしたので、気になってしまう。


「あなたと私の間の契約にまつわる、とても大切なことよ」


 そう言って、彼女はずっと背負っていた大きな荷物袋に目線をやる。

 その中に入っているのは……今のアスターにとって、一番大切だったはずの存在だ。


「そっか……うん、そうだね。どうするつもりなのかはよく分かっていないけれど、エリカさんを信じるよ」


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