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機械乙女は世界を改変する  作者: にしだ、やと。
第二章 逃げ出すための、はじまり
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#011_戦いの後で

「あの、エリカさんが言ってた、特別製ってどういう意味ですか?」


 戦場へと向かう装甲車に揺られながら、アスターは気になっていたことを尋ねた。

 到着までの暇を仕事道具の点検で潰していた防衛主任は、その質問が自分に向けられた言葉だと気づくと手を止め、ああ、と口を開いた。


「ネーヴァっつうのが俺たちヒトよりはるかに性能が優れた種族だってえのは知ってるだろ?」

「ええ、まあ」


 当然アスターは知らなかったが、ここで知らないと言うとまたややこしくなりそうだったので話を合わせることにした。

 想像できなかった事ではないし、曖昧な返事にしておけば嘘をついたことにはならない。


「だがそんなネーヴァの中でも特に優れた――いや、優れたなんていい方じゃ生ぬりぃな。別格、例外、化物、悪魔……言い方はいろいろあるだろうが、とにかく並のネーヴァじゃ比較にならねぇ程トンデモねぇ性能を持って生み出された存在がいるんだ。その名もネーヴァ・エンシス。それがエリカの嬢ちゃんの正体だ」

「ネーヴァ・エンシス……」

「エンシスは単純に性能が高いだけじゃなくてな、それぞれが特別な能力を持ってるらしいんだ」

「特別な能力?」

「あぁ、俺も詳しいことは知らないんだがな、前に嬢ちゃんに聞いたことがあるんだよ。あんたらエンシスってのは一体何ができるんだ、ってな。そしたら嬢ちゃん、こう答えたんだ」


 そこまで言って、彼はもったいぶるように一呼吸置く。

 一体彼女にはどんな秘密が隠されているのかと、アスターは固唾をのんだ。


「『世界を書き換えられるのよ』、だそうだ。意味がわかるか? 俺にはさっぱりわからねぇ。比喩で言ってるのか、本当にそうなのか。とにかく、エリカの嬢ちゃんはそういう存在なんだ」


 アスターは言葉を失った。

 世界を書き換える。

 もしもそれが言葉通りの意味だとするならば、この世界は一体何度改変を受けた後の世界だというのだろうか。

 そんな強大な力を持っていながら、なぜ世界はこんなにも荒廃しているのだろうか。

 あるいは……。


「ま、あの嬢ちゃんが特別だってのはすぐにわかることだ。さ、ついたぞ」


 彼に促されるままに装甲車を降りたアスターの目に飛び込んできたのは、想像を絶する光景だった。


 一面に散らばる無数の金属片。

 マキナ・ミレスと呼ばれ人々に恐れられていたモノ達の成れの果て。

 傷つき血に塗れ、息も絶え絶えとなっている男たち。

 見るからに歴戦のツワモノと言った風格なのに、皆立ち上がれないほどの重賞を負っている。


 ああ、地獄というものがあるのならばまさにこの地のことを指すのだろう。

 死の匂いに満ち溢れた戦場は、この世界で生きるということの過酷さを無言で語っていた。


 そんな現実の中で、生命の輝きを放ち続けるものがあった。

 地獄になお凛と咲き誇る、一輪の花。

 ただ一人、この戦場の勝者として堂々とした佇まいを見せる少女。


「あら、随分遅かったわね。もうとっくに終わっているわよ」


 エリカだけが、彼女の日常の中にいた。



 ◆ ◆ ◆




「おい、アスターっつったか? あんた一体どこの出身だ? 解体は本当に初めてなのか?」


 結局エリカの戦う姿は見れなかったものの、アスターは戦場の悲惨さを目の当たりにし、今はとにかく自分にできることをしなくちゃいけないと感じていた。

 そこで元々ここまで来るために約束したとおり戦後処理、つまり破壊されたマキナ・ミレスの解体と回収を手伝っているわけだが。


「ミレスの解体は初めてです。出身はその、ずっと遠くの地方ですかね。似たようなものはそこでよくいじっていたので……」

「ほう、ワケありって感じか? まあいい。この世界に生きている以上だれでもそういうことはあらぁな。そんなことよりあんたの腕前が確かで、信用に値するっつうことのほうが重要だ。なんならうちでバラシ専門で働くか? リジーマは廃墟に恵まれてるからバラシ屋は仕事に困んねえぞ」

「そうですね、まあ、考えておきます。それよりココはコレで合ってますか?」


 マキナと機巧は外見が似ていたからもしやと思って解体してみたところ、内部構造も本当によく似ていて、少しばかり経験者たちに注意点を聞きながらやればアスターでも問題なく作業ができた。

 むしろこの通り、その手際の良さに引き抜きすらされそうな勢いである。


「おう、ほんとに飲み込みが早い坊主だな。なんならジャックをクビにしてアスターに全部頼んだほうが良い状態で回収できそうなくらいだな」

「ちょっとボス、そりゃないですぜ……」

「ははは、冗談だ。そら、キリキリ働け! 臨時職員に分け前全部取られるぞ!!」


 戦後処理に勤しむ男たちは、過酷な状況にもかかわらずなぜだか妙に活き活きと輝いているように見えた。

 傷つき倒れた護衛の男たちも手当を受け、命が繋ぎ止められたことに笑顔をみせている。

 あんなにも痛くて苦しそうなのに、笑顔なのだ。

 アスターにはそれが不思議でならなかった。


「あら、あなたもきちんと働いているのね。感心だわ」


 ちょうど任されていた分の解体が終わろうかというとき、エリカに声をかけられた。

 どうやら彼女の方も仕事が片付いたらしい。


「うん、どうしてもこの光景を見る必要があると思ったから……口実が欲しかったんだ」

「ふうん、まあなんでもいいわ。この世界で生きていくなら、お金が必要だもの。働くのは正しい判断だわ」

「お金……そっか。そういうのも必要なんだ」

「? 当たり前じゃない」


 アスターの国には通貨制度が存在しなかった。

 歴史の授業で概念自体は学んだことがあるものの、こんな非効率的で不平等な制度はなくなって当然だよなと彼はなんとなく思っていたものだ。

 彼の国では誰もが望んだものを望むだけ手に入れることができる。

 だからこそ誰もが余裕のある生活ができるし、争いも決して生まれない。

 仕事は稼ぐためではなく、人として活き活きと生きるために、お互いがお互いを支え合って豊かになるために行うものだったのだ。


「あの、エリカさんの仕事って」


 これだけは、きちんと聞いておく必要があると思っていた。

 なんとなく察しはついていたが、しかし彼女自身の口から聞かないと実感できなかったのだ。


「私? 私の仕事は傭兵よ。この街にいるのも雇われているからに過ぎないわ。ま、あとは今日みたいに負傷者が出れば医者の真似事くらいはできるけれど」

「傭、兵……」

「私の仕事を知ってどうするのかしら。まさか女の子が戦うなんてあり得ない! なんて言わないでしょうね」

「うん、昨日までだったら言ってたかもしれないけど……今は流石にそんな気持ちにはならないかな」


 正直なところを言ってしまえば、アスターはいま自分がどういう気持ちになっているのかわかっていなかった。

 受け入れがたい現実が次々と押し寄せてきて、しかし疑いようがないほどの事実が突きつけられてくる。


 この世界でしばらく生きていかなければいけないから、知るべきことは知らなければいけない。

 けれど知れば知るほど、この世界から早く逃げ出したい、これ以上もう何も見たくないという気持ちが強くなってくる。

 リリィのこともまだ気持ちの整理がついていないし、とにかく彼は自分がぐちゃぐちゃになっていると感じていた。


「そういえばあなたはこれからどうするのかしら。まだ聞きたいことがあるならいくらでも答えてあげるけれど、ちゃんとあのネーヴァの素体はもらうわよ?」

「……そうだ、リリィの身体!」


 エリカの言葉にハッとして、アスターは顔をあげた。

 あろうことか彼女はリリィの身体を資源にする、つまりいまアスターがミレスにしているように、解体しようと言っているのだ。

 そんなこと、彼の気持ちが許すはずがなかった。


「ダメって言っても、それは筋が通らないってものよ。ここであなたが死んで契約をなかったことにするか、彼女の素体であなたの命を買うか、どちらかを選びなさい」


 そう言って、彼女は鞘から僅かに刃をのぞかせた。

 刃こぼれ一つ無い、少しだけ反りの入った美しい刀身。

 ここでもしもアスターが否と言えば、次の瞬間にはあの美しい刀身が赤く染まっていることだろう。


 どうやら彼に選択肢はないらしい。

 それに一度救われた命を無駄に落とすことなど、あのリリィが望んでいるはずがない。

 アスターにしたって、死にたいなんてもう思うことは出来ないのだ。



 だが、それでも。



「たとえ僕の命を差し出すことになったって、彼女の身体は彼女のものだ。筋が通らないのはわかってるけど、でも彼女という一人の人間をないがしろにするような君の言い方には納得できない」


 その言葉を紡ぎ出す唇は震えていた。

 けれど瞳には、はっきりと彼の意思が宿っているようだった。

 この地に降り立ち、何度も挫け色を失い続けた彼の瞳は、この時だけはハッキリと彼自身の色を宿していた。


「君は……エリカさんはいったよね。ネーヴァは確かに人間だって。でも君が言っていることは、同じ人間のはずのネーヴァをただのモノとしか見ていないと言っているのとおんなじだ。それこそ筋が通らないってものじゃないかな」


 アスターの言葉に、エリカはただ黙って耳を傾けていた。

 まるで彼の気持ちを確かめ、彼の人間性を試すかのように。

 果たしてその答えは彼女にとって満足のいくものだったのだろうか。


 沈黙があたりを満たし、数秒間、二人はただお互いの目だけをじっと見つめ続けた。

 アスターはこの世界に降り立ち初めて、誰かと戦うことを選択したのだ。

 出来るできないで決めたのではなく、自分の気持ちを信じて選択したのだ。


「ふ」


 永遠に感じられる、長い長い沈黙を破ったのは小さな笑い声。

 常勝無敗の少女が、少年の勝利を認めるかのように小さな笑いをこぼしたのだ。


「これは一本取られたわね。参ったわ。あなた、ただの腑抜けかと思っていたのだけれど、意外と芯は強いのかもしれないわね」


 怒らせてしまったのかもしれないと不安になってきたところで浴びせられた言葉は予想に反して彼を褒めるような内容であり、そのことにアスターは混乱してしまった。

 一度は強い意思を宿していた瞳も、今ではすっかりそのなりを潜めてしまっている。


「ええっと……」

「そうね……何か方法がないか考えてあげるわ。あの()()を無駄にせず、一つの命として尊厳のある供養の仕方を」

「それって、どういう」

「譲歩してあげるって言ってるのよ。私があの身体を貰うことは決定事項だわ。けれどただ資源として解体するんじゃなく、私があの子を大切に有効活用してあげるってことよ」


 やっぱりイマイチ分からなかった。

 これは単に世界が違うからではなくて、ネーヴァの考え方とヒトの考え方が違うだけなのかもしれない。


「まだわからないの? 売り払うんじゃなくて、私の身体の一部にしてあげるっていう意味よ。コアも、身体も、全部ね。あなたの気持ちを知っているネーヴァの中で生き続けるっていうんなら、少しは納得できるんじゃないかしら?」


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