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機械乙女は世界を改変する  作者: にしだ、やと。
第二章 逃げ出すための、はじまり
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#009_風剣の少女

「それで、依頼っていうのは?」


 二人は遣いの男に連れられて、門の近くの小屋にやってきていた。

 小屋の中にはいくつものモニターが並べられていて、街の外の映像が映し出されている。

 アスターが小声でエリカに訊ねたところ、この小屋は街の防衛を司る設備で、壁面いっぱいのモニター群は外敵がいないかどうか監視したり、来訪者を街に入れるかどうかを判断するためのものらしい。


「ああ、つい三十分ほど前、救難要請の通信が入った。どうも商隊の連中がミレスの集団に襲われているみたいだ。時期から考えて、襲われているのは次の定期便で間違いないだろう」


 防衛室でエリカを待っていた主任らしき男がそう言いながら、部屋の中央にある巨大な地形図の一点を示した。

 街から北に二十キロメートルほどの地点、地図の読み方が間違っていなければおそらく渓谷になっている場所だ。


「ぎりぎり通信が届く距離ね。その商隊は運が良いんだか悪いんだか」

「ま、通常の護衛部隊じゃ太刀打ちできないほどの集団に襲われたんだ。運が悪いに決まっているだろう」


 エリカと防衛主任は軽口を叩きあっているが、冗談を言い合っている場合ではないだろうとアスターは思っていた。

 あの恐ろしいミレスが一体ではなく、集団で襲い掛かってくる。

 そんな目にあったら、数秒と持たずに殺されてしまうのではないだろうか。


「でも運がいいとも言えるわ。私に助けてもらえるのだから」

「ははは、そりゃそうだな。おい、解析はすんだか?」


 不遜な態度でエリカがそう言えば防衛主任は笑い、遣いだった男に肩越しに問いかけた。

 問いかけられた男はコンソールの前で笑いながら当然といった顔つきで答える。


「とっくに済んでますぜ。反応の数は小さいのがおよそ二十。ゲイザーの反応があるんできっとこいつに見つかったんでしょうな。ハイエナが十とハウンドが五、ハミングバードが三ってとこですな」

「小さいのが、ってことは大きいのがいるのね」

「その通りですぜ、姐さん。センチピードが一体確認できとります。持ってあと十分ってとこでしょうなあ」


 戦況分析をする彼らは真面目な顔つきをしていたが、しかし随分と気楽そうに見えた。

 そのことに強い危機感を覚え、アスターはつい叫んでしまう。


「あと十分って……急がなきゃ間に合わないよ!!」


 二十キロ先の地点に十分以内でたどり着かなければならない。

 そんな緊急の用件なのに、こんなところでのんびりしている場合なのか。

 自分が焦ったところでどうこうできる話ではないと頭では分かっていても、今のアスターには自分の感情を抑えることができなかった。

 もう昨日のように、誰かが死んでしまうのを放っておくなんて彼にはできなかったのだ。


「おいおい坊主、てめぇが誰だかは知らねえ。だがよぉ、てめぇと一緒に来たこの嬢ちゃんが誰なのか知らねえのか? 【風剣(ふうけん)】エルリカリシアだぞ?」

「風剣?」

「ちょっと、その呼び方好きじゃないからやめてもらえるかしら。一体どこのバカがそんな俗称使い始めたんだか……」


 不満そうな目をするエリカに対し、防衛主任はかっこいいと思うんだがなと笑っていた。

 どこまでも気楽そうに喋っている彼らの態度に、アスターはなんだか毒気を抜かれたような気持ちがしてきた。


「ま、でも彼の言うとおりね。その位置までだったらそうね、私一人なら急がなくても三十秒もかからないわ」

「さ、三十秒!?」

「ええ、全力で移動すれば十秒でつくわ」

「ええと、エリカさん、君は一体……?」


 この世界の移動手段は自分の常識が通じないのだろうかと、アスターは目眩がする気持ちだった。

 しかしそんな移動手段が一般化しているなら、その商隊とやらも高速移動すれば安全なのではとも考え、そうなっていないことからきっと常識ではないのだろうと結論づけた。


 つまり、目の前の少女が常識破りなのだと。


「あら、言ってなかったかしら。私はネーヴァよ。それも特別製のね」


 本当にただ言い忘れていただけど言わんばかりに、エリカはけろりとした様子で告げる。

 その言葉は、波紋のようにアスターの心の中へと衝撃を与えていった。


 ――この子も身体の中身は機械で出来ている?


 とても信じられないが、だが同時に全て納得がいくことだとアスターは感じた。

 あの口ぶりも、ネーヴァが人間であると強く信じているようなあの目も、すべて自分自身がそうであるからこそだったのだ。


 そして、受け入れ難かったリリィが機械であるという事実が、このときからアスターにとっても正しく真実となろうとしていた。

 彼の目には、自身をネーヴァだと主張する彼女こそ、本当に人間らしい少女に見えていたからだ。「ま、そういうわけだからそろそろ行くわね。あなたはここで留守番でもしていなさい」


 アスターが呆けている間に、エリカは颯爽と翻して防衛室を飛び出していった。

 その腰にはいつの間にかあの大きな刃物が吊り下げられており、カチャリカチャリと小気味良い音を室内に残していった。


「さてと、俺たちも廃品回収に向かう支度をするぞ! おい坊主、いつまでそこで突っ立ってるんだ? ここでエリカの嬢ちゃんを待つのは構わねえが邪魔にならないところにいてくれよな」


 言われて、アスターはハッとした。

 ここでただ指を咥えて彼女の帰りを待つだけでよいのだろうかと、自分自身に問いかけていた。


 ただ待つだけで、そして帰ってきたらまたこの世界について質問して、そしてそれからどうするのだろうかと。

 自分は見なければならないのではないだろうか。

 この世界で何が当たり前のように行われていて、どうしてこんな絶望的な世界で人々が生きることができているのか。

 必ず自分の家に帰るためには、生き抜くための知識を身に着けなければならないのではないだろうか。


「……あの、廃品回収っていうのはもしかして……エリカさんがやっつけたミレスの死体を回収しに行くってことですか、資源として」


 気づけばアスターは周囲に指示を飛ばす防衛主任に問いかけていた。

 エリカが言うにはリリィの身体は資源としての価値があるという。

 なら同じように、動かなくなったあのミレスとかいうやつらの身体も資源として使えるのではないだろうか。

 現に彼は先程、廃品回収と明確に口にしていた。


「ん? ああその通りだが……なんだ坊主、手伝ってくれるってのか? バラシの経験でもあるってのか?」

「ええ、多分解体はできると思います。それに、見ておきたいんです。彼女の戦いを。この世界で生きるということがどういうことなのかを」

「ま、確かに嬢ちゃんの戦いは一見の価値があるかもな。見えるかどうかはさておいてな。いいだろう、あんたがきちんと仕事をするってんなら連れて行ってやるよ」


 このときのアスターの目にはまだ覚悟の色は見えなかった。

 けれど、少なくともその言葉には、前に進もうと言う気持ちが確かに現れていた。




 ◆ ◆ ◆




 商隊の護衛たちは自分たちの仕事に誇りを持っていた。

 対価を貰い、命をかけて敵から依頼主の命を守る。

 人々が生き続けるためには必ず誰かがやらなければならない仕事であり、誰にでもできるような仕事ではない。

 だからこそ鍛錬を怠ることも、武装を強化することを怠ったことも一日だって有りはしないし、それゆえに彼らは自分たちに自信があった。

 どんなミレスが襲ってこようと、自分たちが護衛につく限りは生涯安泰であると。


 けれど、それは間違っていた。

 今彼らは、自分たちが結局の所ただの弱いヒトでしか無いのだと実感しているところだった。

 訓練を積み、最新鋭の武装で身を固め、数々の戦術を学んだところで、ヒトにはヒトの限界というものがある。

 数体程度のミレスの群れであれば彼らだって決して負けることはない。

 その程度には彼だって強い。

 だが、その程度なのだ。


 二十体近くの小型ミレスと、それらを従える巨大なミレス、センチピード。

 街の近くになんてまず現れることのない規模の集団に、彼らは防戦一方とならざるを得なかった。

 なんとかまだ死者は出ていないが、負傷はどんどん増えていく。

 どうあがいてもここから自分たちだけで立て直すことは絶対にできない。

 誰もが命を諦めてもおかしくないし、他の誰だって彼らを責めたりはしないだろうという状況だった。


 それでも彼らが諦めずに戦い続けていたのは、誇りと、そして何よりこの世界で生き続けたいという強い想いを皆抱いていたからだろう。

 もともと過酷な大地に生きているのだ。

 僅か一滴でも水があるならばそこに命を見出すし、ほんの僅かでも勝利の可能性があるのなら、最後の瞬間まで抗い続けることができる。

 それがこの地に生きる民なのだ。


「あと十分だ! 十分もすれば街から救援部隊が来るはずだ!! それまで死んでも商隊を守り切りやがれ!!」


 護衛部隊のリーダーらしき男が、銃器でミレスの動きを牽制しながら叫ぶ。

 その言葉に部隊の面々は気を引き締め、一体でも多く倒してみせると、引き金を引き続けた。

 弾丸は放たれ続け、ミレスたちにも僅かばかりのダメージを与えているように見える。


 しかし結局、彼らの奮起には何の意味もなかった。

 リーダーの言葉からわずか数十秒後のことだ。


 ミレスの一体が、部隊員の死角に回り込んでいた。

 ハイエナ――あるいは群猫――と呼ばれるこの個体は、単体の性能はそれほど高くはない。

 機動力は高いが、攻撃力はそれほど高くなく、装甲も分厚くないので落ち着いて対処すれば雑魚同然の一体だ。

 けれど、ハイエナはその名の通りに群れを作る。

 複数の個体があらゆる情報をリアルタイムで共有しあい、複雑な連携を取ることで敵を狩る。

 それがこのミレスの特徴であり、最大の武器であった。


 護衛たちは優秀だった。

 苦戦しつつも複雑な連携にもなんとか対応し、仕留めることは出来ずともこちらも同様に重傷者を一人も出さずに戦い続けることが出来ていた。

 だからこそハイエナは戦術的な行動を取ることにしたのであり、だからこそ彼らは敗北することになった。

 背後から刺す一撃(バックスタブ)――前方の主力部隊が惹きつけている間に、隠密行動をする個体が背後を取り奇襲を仕掛けるという、ヒトもよく使う極めて単純な、だが最も効果的な戦術だ。


 戦場に血が飛び散った。

 死角からの銃撃によってついに部隊員が重症を負ったのだ。

 一人が戦線から離脱した影響は大きい。

 防衛線に穴が空き、一人また一人と負傷し、戦闘不能に陥っていく。

 ついには部隊を引っ張ってきたリーダーを残すのみとなり、いよいよ彼は自身の運命を悟った。


 ――ああ、俺の人生もここまでか。

 ――悪くねえ人生だったが、せめて一回くらいは噂に聞く【剣の乙女たち】ってのを拝みたかったなあ。


 リーダーが迫りくるミレスの一撃――ハウンドと呼ばれる犬型の個体だ――を受け入れようとした時のことだった。

 せめて道連れくらいにはしてやろうと、手榴弾のピンに手をかけた直後、彼の目は信じられない光景を捉えた。


 喉元を食いちぎらんと飛びかかってきた猟犬が、自分自身を避けるように割れたのだ。

 文字通り、縦に真っ二つに裂けたのだ。


 彼は夢でも見ているのかと思った。

 その次に、まだ自分が生きていることに驚愕した。

 そして最後には、また自分が夢を見ているに違いないと思い込みたくなってしまった。


「一体何が起きて……?」


 救援部隊が来るにはまだもう少し時間がかかるはずだと思っていた。

 だが、彼は間違いなく何者かにいま助けられた。


 呆然と、周囲を見渡す。

 あらゆる戦闘の音が止み、戦場には無数の残骸が散らばっていた。

 ほんの数十秒前まで激しく動き回り、自分たちを苦しめていたはずの機械の獣たちが、スクラップへと成り果てていた。

 あれだけの数いたミレスの群れが、いまや大型のセンチピード一体を残すのみ。

 そして、そのセンチピードの目の前に人影が悠然と立っている。


 彼は、自分たちには到底及ぶことの出来ない世界というものがあることを今ようやく実感した。

 あれこそがこの舞台の主役なのだと、あれこそが自分の命を救い、恐ろしいミレスの群れを圧倒した英雄なのだと理解した。


「風、剣……」


 重傷を負いながらも、なんとか意識は保っていた部隊員の一人が呟いた。

 その言葉にハッとなり、呟いた隊員を見、そしてまたその剣の名を持つ人影をよく見ようとリーダーは目を凝らす。


 立っていたのは、一人の少女だった。

 背丈は自分よりも一回りか二回りくらいは小さい。

 女性としては小柄ではないが、しかし戦場に立つ人間としては間違いなく小柄だと言えるだろう。

 その手に持っているのは細身だが随分刀身の長い剣。

 今どき近接武装なんて水鉄砲よりも役に立たないというのに、その異様な存在感は彼女の圧倒的な強さを象徴しているかのようだった。


 隊員の言葉と、その姿から彼はある噂を思い出していた。


 風よりも疾く動き、風となって敵を斬る。

 その剣が一度振るわれれば、一陣の風が戦場を支配し、歯向かうものは塵となって風にさらわれるであろう。

 数多の戦場を渡り歩き、気づけば彼女自身が歩むよりもなお早くその名が遠くの街へと響き渡る。

 その名を【風剣】。

【剣の乙女たち】と呼ばれるネーヴァ達の一人であり、無敗を誇る傭兵の少女である。


 呆然とする男たちの目の前で、剣の乙女は静かに呟いた。


「さあ、踊りましょう――私達の命の意味を知るために」


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