プレゼント
ハッピークリスマス!
いつも仕事が終わると直帰するのに、今日はお腹が減ってチェーン店の定食屋に晩飯を食べに来ている。
たまに来ると『なす味噌定食』を頼んでカウンター席に座って黙々と食事をするのが常だった。私と同じような仕事帰りに寄ったサラリーマンの話声はもちろん、大きな駅が近い店舗のせいか観光客の異国の言葉も賑やかに聴こえてくる。
私はしっかり揚がったナスと豚肉を頬張りながら、あまじょっぱい普段の味に安心していた。出入口近くのカウンターからは華やかな街の様子が見える。街はクリスマスのライトアップがされ、裸の木々にもLEDのライトが丁寧に飾り付けられていた。
一日歩き回って皺がよってくたびれたスーツを着た自分がちょっとみじめで誇らしい。クリスマス・イブというのに一緒に過ごす人もいない。それでも心は満ち足りている。
田舎を出てからもう六年が経っていた。学校を卒業して、何とか今の会社に潜りこんだ。慣れない営業に配置され、日々の仕事に追われながらも最近は契約件数もとれるようになってきた。
就職したばかりの頃は、毎日がカルチャーショックで涙を堪える日もあった。
そんなとき、いつも隣に同期の奴がいた。奴は都会育ちで、要領も私よりは良いように感じた。そして、心はあったかい人物だった。
「仕事を辞める」
とめげて口走る私に
「一緒に辞めるか?」
と尋ねてきた。そのときの真剣な目を忘れることが出来ない。何とか思いとどまって今に至る。
営業成績は、底辺を走る私であったが、いつもすぐ横に奴がいた。だが、我々は切磋琢磨しいつしか底辺を脱出し、奴は出世して関東に転勤になった。
残された私は、転勤前の最後のクリスマスに奴からプレゼントを貰った。
豪快な奴のイメージには似合わない華奢なピンクゴールドのハートモチーフのネックレスだった。どんな顔をして買ったんだろう。そう思いながらも嬉しさに胸が震えた。いつの間にか戦友はかけがえない愛しい人になっていたのである。
なす味噌定食を食べ終わった私は、コートを羽織り店を出た。冷たい風が身体にまとわりつく。心細くなったとき、ふっと首元に手がいく。それだけで、彼に守られている気がするのだった。華奢で切れてしまいそうなチェーンも小さなラインストーンも彼が選んでくれたというだけで価値を持つ。
地下鉄に揺られ、家路を急ぐ。寂しくなんかない。彼はとても忙しいようだ。クリスマス・イブだからといって邪魔をしたくない。九州くんだりまで来させたら疲れてしまう。そう思って、LINEには
「美味しいもの食べてね」
とだけ送った。
自宅のアパートに着いた。なぜか部屋に明かりが灯っている。消していったはずなのに、鍵は閉めたし……。
まさか、まさか。私は急いで鍵を開けた。すると、そこには彼がいた。
「おかえり」
優しい笑顔で迎えてくれた。それは、幻ではなくもう一年近く会っていない愛しい人だった。
「何で?仕事とっても忙しいでしょ。無理しなくて良かったのに」
そう言いながらも私は鼻水と涙まみれになって泣きじゃくった。不意打ちの訪問は嬉しすぎて、感情のたがが外れてしまったようだった。
「男にはやらねばならぬときがあるなんてな。寂しい思いをずっとさせてごめんな」
「ううん、大丈夫。御守りがあるから」
「去年のクリスマス・プレゼントか。今年もあるぞ」
「こんなクリスマス・イブもったいなくて。明日からどうやって暮らしていいのか」
私は、彼がこの時間を捻出するためにどれだけ頑張ってくれたかを考えると、有難くて感謝の気持ちでいっぱいだった。やっと泣き止んで落ち着いたとき、彼がそっととても上品な包みのプレゼントを出して
「開けてごらん」
と言った。私は丁寧に銀色のリボンを解いて、四角いボックスを開けた。慎重に開ける様子を彼はにこにこしながら見つめていた。そこにはジュエリーボックスが入っていた。心拍数が上がってしまう。いっそ宝石キャンディーが入っていれば、笑えるのに。
そこには、私の誕生石のダイヤモンドの婚約指輪が入っていた。私がおどおどしていると彼はプロポーズを決めた。
「俺と結婚して下さい」
「私でいいの?」
田舎育ちの不器用で、意地っ張りな私でいいのかなという思いがあった。
「君しかいないよ、ずっと隣にいてくれた新人時代。どんなに心強かったか。離れても心の支えだった」
「こんなのずるいよ」
「嫌かい?」
「ううん、嬉しい。ありがとう」
人生最高のプレゼント。彼と生涯の約束をしたこの日を忘れない。
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