七年後
朝を告げる小鳥たちの囀りが彼女の睡眠を妨げる。爛々と照りつける光が彼女の意識を浮上させる。
大理石に包まれた四角い部屋。その余りに大きな部屋の中央には大きなベットが堂々と鎮座しており、その中から何かが動く物音が聞こえる。ベッドスプレッドが不規則に蠢きそこから鬱々げな様子ををした少女の顔がでてきた。
「んぅ」
少女はその将来は大層な美人になる事間違いなしな愛らしい顔を眉八文字に顰めながらベッドから飛び降りる。
一度の大きなあくびと伸びをすると、そのままトコトコと小さな歩幅で少女一人では広すぎる部屋を歩くとなんとなしに姿見の前に立つ。
その姿見は一般的な女性が服装などをチェックしたりする物で今のやっと身長が一メートルを超えたところの少女(幼女?)には少々大きすぎるのだが、しかしそんな事はお構いなしとでも言うように少女は姿見の前に立つ。
そこには青銀の髪を肩まで伸ばし、瑠璃色の瞳を気怠げに開く一人の少女の姿があった。
彼女は姿見に近づき、頬をその華奢な手でむにーとひっぱったり、叩いたりすると最後には手を胸の前で組み、ふんすっと鼻息荒く一息つくと。
「うん。今日も可愛い」
そう、自慢げな顔でそういった。傍から見れば少女が格好をつけて仁王立ちしているというかなり滑稽な姿に見えなくもないのだが‥‥。
どうしてだろうか、中々様になっているというこの不可思議極まりないこの状況。
きっと物心付いたときからいつもそうやって来たのだろう。
そして、その状況を見ている一人の少女。
「また、姿見の前で可愛さチェックをしているのですか?」
その声に少女は体をビクッと一瞬震わせると声がした方に振り返る。そして先ほどベッドからでたときにはいなかったその人物へと声をかける。
「‥‥アルカ。いつからそこに?」
アルカと呼ばれたその少女。
頭の横から大きな角を生やしており、身長が子供並みにしかないその少女は今は目を閉じて自らの主へと頭をたれたまま口を開く。
「なんの事でしょう?私は先程からここにおりましたよ?」
「‥‥‥‥」
「そんな事よりティアお嬢様。お食事の用意は出来てますので早く降りてきてくださいね?」
アルカは自分の仕える主人ティア·ミストルテインにそう言い残すと一度そこいらのメイドも惚れ惚れするだろうお辞儀をし、部屋からティアの部屋から退出していった。
部屋に残されたティアは、そんなアルカのメイドとしてはどうかと思われる行動に一度ため息をつくと、窓に映される幻想的な、それこそ昔いた所では絶対に見られない景色を見ながら。
「あれから、七年か」
―――静かにそう呟いた。
▲▽▲▽▲▽▲▽
この世界でティア·ミストルテインは転生者であると言うと信じる者がどれだけいるだろうか?それも性別が逆転して。
ふとそんな事を思いながらティアはトントンと、緩やかな段差を築く半螺旋の階段を降りていた。
暫くすると階段の終わりが見えて来るのと同時にどこからか賑やかな声が聞こえてくる。
ティアは降りるのに数分を要した階段にお別れを告げながら、賑やかな声の発生元。リビングへと足を運ぶ。
リビングにやってくると、そこでは賑やかな声が響き渡っていた。
およそ、大学の食堂かそれ以上の大きさがあるティアの家のリビングには老若男女問わず数百人もの人で溢れかえっていた。
その光景を始めて見たときにはかなり驚いたが、それも今となってはいつも通りの風景だ。
ティアはそのままトコトコとリビングを歩くと、一人の強面のおっさんが此方に気づいた。
「おっ、嬢ちゃんおはよう!今日は早起きだな!」
「ん。おはようアレス。今日も煩い」
片目に鋭利な物で斬りつけられたような跡がある筋骨隆々なおっさん。アレスはティアからの苦言に豪快に笑うと、他の者にもティアが起きたことを知らせる。
そうすると、またたく間にリビングが特に女性陣の猛烈な挨拶により騒がしくなる。
まあ、それの殆どはティアへの挨拶なのだが。
それでも煩いものは煩いので思わず眉を顰めていると、何処からかパンパンッと手を叩く音が聞こえた。それは然程大きくない音なのに一気に騒がしくなったリビングが一斉に静まりかえる。
皆がその音の発生元に目を向けるのと同時にティアもそちらに目を向ける。
そこではでかいお玉を肩にのせてトントンと叩いている一人の女性の姿があった。その額には青筋を立てて、後ろにはどことなく般若の顔が浮かび上がっている気がする。
彼女の美しくされど目は笑っていない笑顔にどこからともなくゴクリッと唾を飲み込む音が聞こえる。
彼女はその猫をも思わせる琥珀色に輝いた鋭い瞳に全員を納めると、先程までの笑顔が嘘のような無表情で。
「で?誰から調理されたいの?」
そう静かに彼女から呟かれた言葉を聞いた瞬間。そこにいた全員は脱疾の勢いで外に出ていった。あまりの勢いで扉が詰まり、扉から出れないものは三角跳びで壁と柱を蹴って窓から飛び出るほどの必死さだ。彼女はそれにため息をつくと、ティアに近づいていった。
「ティアちゃんおはよう。今日は早起きなんだね?」
「ん。おはようシーニャ」
「皆が煩くしちゃってごめんね?それにしても酷いよね。本当に調理するわけ無いのに‥‥」
「‥‥‥」
シーニャと呼ばれたその女性は何処か拗ねたような顔をする。いつもはニコニコとしてるのだがこういう何処か子供っぽい仕草に男はドキッとくるのだろうが、今はそんな事よりもそれは無いと言う思いのほうが強かった。
彼女はどちらかと言ったらやると言ったらやる人間だ。実際この前今日のように珍しく早起きした日に、アレスが悪ふざけしたあまり腕一本切り落とされそうになっていたりした。
まあ、あれぐらいの切れ味なら彼の腕に刃は通らないからシーニャもそれを知っていてやったのだろうが、それにしたって分かってるからと言って普通はしないだろう。
ティアはジトっとした目をシーニャに向ける。すると彼女は動揺したように目を泳がせると。
「あっそうだー!火を消し忘れてた!って事でじゃあねティアちゃん!バイバイッ」
そう言いながら、そそくさと厨房へと戻っていった。
自分でも自覚はあったのだろう。まあ、あれはアレスが全面的に悪いのだが。当時五歳のまだ幼女ともいえる年頃の女の子にぐへぐへ言いながら近寄るのは流石にどうかと思う。
それから数分が経って、扉が開く音がした。逃走した家族たちが帰ってきたかなーと思い扉に目を向けると。そこにはティアの母親のアリューシャがいた。彼女は先にリビングに来ていたティアに気づくと一瞬驚いた顔をしながらも片手で手を振る。そんな彼女に目を綻ばせながらも手を振り返すと、アリューシャはティアの隣に座った。
「おはよう。ティア」
「ん。おはよう」
「?今日なんか元気ないわね?」
「ん。早起きしすぎた」
そう言ったティアに思わず苦笑いするアリューシャ。
実を言うと、ティアはそこまで早起きをしていない。今日だって起きたのが七時頃だっていうだけで、何時もは十時過ぎに起きてくる。とそこでアリューシャの腕から何やら赤ちゃんの泣き声が響いてきた。
そちらに目を向けると、彼女の腕の中には生後五ヶ月ぐらいだろうと思われる赤ちゃんがいた。彼女は赤ん坊の背中をトントンと叩いたりするが一向に泣き止まない。
何時もはこれで泣き止むのだが、今日に限っては泣き止まない赤ちゃんに少し困った顔をするアリューシャ。
「ご飯じゃないの?」
「さっきお乳はあげたばっかだし‥‥」
「じゃあ、トイレ?」
「おむつも変えたばっか」
一向に泣き止まない赤ん坊に、とうとう本当に困った表情をする親子。
「では、姉が恋しいのではないですか?」
バッ!とどこから出てきたのかアルカがそう言った。
そのいきなりの登場にビクッとする二人だったが、それも一瞬の事でアルカの言うとおりにティアに赤ん坊を抱っこさせると今までのが嘘のように泣き止んだ。それから暫くティアの腕の中で赤ちゃんをあやすと赤ん坊は泣きつかれて眠ってしまったようだ。
ホッとする二人はアルカにお礼をいうと、赤ん坊の寝顔を見て頬を綻ばせる。
「やっぱり、お姉ちゃんが好きなのねーこの子は」
「ん。おねえちゃん明利に尽きる」
「ふふっ何よそれ?立派なお姉ちゃんになる為に頑張らないとね?」
「ん。アーシャは私が守る」
ティアは腕に抱いている赤ん坊。アーシャのことを見ながらそう言うのだった。
誤字脱字お願いします(*´∀`)