鈍麻の病
鈍麻の病に落ち
リュックサックを背負い
橙を通り過ぎた道を
歩いて行く
嘆きながらでも無く
焦燥を引き摺りながらでも無い
心情に巣食う
鈍麻の病には
如何なる生命体の呼び掛けも
全く聞こえない
形が何処にも居ないのだ
滑り落ちる急角度
登ったのはスニーカーを履く足
日が暮れた山道を
踏み外し
横道に身体が持っていかれる
滑り落ちる
止まるまで
滑り落ちる
切り株に
腰を酷くぶち当て
漸く止まる
声は出ない
出なくなった
出させないのだ
鈍麻の病が重なる心情だから
仰向けになり
木々の間から空を見れば
まだ空だと認識できる明るさ
薄い青のビニール越しみたいだ
身体五人分をしがみつき
滑った分を登った
元の道に戻れば
また山を登るのだ
だから登った
何を掴んでいるか分からず
何が刺さったかも分からない
それでも登った
だから登った
突き刺さった枝が
手の平に貫通している
ストラップを気にする手
そこから流れ出た液体は
手首を伝い
肘の先端から
雫を落とす
服に染み上がり
一種の模様となっているが
鈍麻の病は
それを気にしない
させない
動かさない
自らの身体に
刺さったままの手が
打ち当たろうとも
汚れたスニーカーと
汚れた足音が
満月の明るさに響く
足首には蛭が付き
身体を図太くしている
それを払う事は無い
状態に無関心だからだった
前を向いて進むからだった
そして
症状だからだった
人は獣に成りたかったが
獣には成れ無かった生き物だ
道が違うのだ
自然を儀文めいた心地で語る
居ないのだ
そんな生き物は居ないのだ
だから道が違うのだ
違う生き物が
更に違う生き物だと言っている
滑稽である
広場へ出た
より景色の良い場所を
目指して
足は方向を変える
岩肌が目立ち始め
大きさも変わる
上がっては下り
下っては上がる
そして吹き抜ける
ぽっかりと空いた風景
星と空と海
遠くの街明かりと島
見ていながら何も思わない
懸命と呼べない
行動とも呼べない
一つの無が
認識されながら
有るだけである
突き出た平らな岩の上
先端まで行くと
そこでタンタンと飛ぶ
爪先には
岩の感触があったり
無かったりする
半歩先で
何かが待っている
症状が出てくると
綺麗な思い出が
流れて来るのだ
大抵の人が
頑張れと声を掛けた
信頼した人が
頑張れと声を掛けた
大切な人が
頑張れと声を掛けた
答えなければならない
思い立ち
半歩先へと飛ぶ
進む事は頑張る事だ
あるはずの地は
そこには無いが
落下する
足先から落下する
細い木を折りながら
落下する
バチバチと火花が散り
激烈な痛みが左脇腹に入った
太い木に当たり
肋骨が折れる
身体は右に持っていかれ
うつ伏せになる
上向きの太い木が
目に映ると
肝臓を貫いた
重さに耐え切れず
木も折れる
突き刺さったまま
側面の岩肌に打ち当たり
顔が窪んだ
二回目で
全ての痛みは消えた
消え去るしかなかった
烏の鳴き声は
早朝にも響く
見つからない物は
誰にも見つけられない
鈍麻の病は
誰にも止められず
声も意思も届かない
そんな症状を引き出していく
落下するだけなら
まだ良いのかもしれない
目的と幻想を
綯い交ぜにして
街中で発作を起こし
他人を巻き込んで
消え去る事もある
心情に巣食う病は
黴のように根が残る
表面を綺麗にしても
気を抜けば再び起こる
二倍になるのか
半分になるのか
それとも
置き去りにした物に
比例するのだろうか