8.ゴミ
奈美に手傷を負わせた相手。
銃マスターにして、名前をセーラという。
奴がたむろする極上サロン。
ココロちゃんに案内を頼むも、撫子と一緒でなければ案内できないという。
肝心の撫子はといえば、道場で戦士に混じって剣を振っていた。
「まだまだ。お手合わせ、お願いします」
……まあ、今日はまだ編入初日。
焦ることはない。
極上サロンの探索は明日に回すとしよう。
それよりも、問題は今日。この後。
今日といわず、今後。
留学の間の寝床を確保する必要がある。
昨晩は拘置所で寝泊りすることができたが、今日もというわけにはいかない。
ホテルというわけにもいかず。
2ヵ月の間のために部屋を借りるにも、礼金敷金を考えると躊躇われる。
一番良いのはホームステイ。
現地の誰かの自宅に寝泊りさせてもらう。だ。
そもそもが、その程度の手配。
大学側が行ってしかるべきだというのに。
まあ良い。
さいわい。今。俺の隣にいるココロちゃん。
英下衆国在住の大学生で、俺をおにいちゃんと慕う可愛い少女。
おにいちゃんであれば、ココロちゃんと一緒に住むのに何ら不都合はない。
それどころか、一緒に住むのが当然といえる。
「ココロちゃん。ものは相談だが、俺は寝泊りする場所がない」
「にゃん」
「唐突だが、ココロちゃんの自宅にホームステイさせてほしい」
「いやにゃん」
無念。嫌だというなら諦めるほかない。
「しかし、そうなると俺の寝泊りする場所がない」
「公園でダンボールを組み立てるにゃん」
なるほど。
日本が誇る浮浪者ハウスを、英下衆国に見せつけろと。
ココロちゃんがそう言うのなら仕方がない。
「ゴミ置き場に案内するにゃん。こっちにゃん」
本来は撫子の案内役であるココロちゃん。
親切にも俺を案内してくれるとは感激である。
「好きに探すにゃん」
そう言い置いて、ココロちゃんは歩き去る。
案内されたゴミ置き場には、ゴミがあふれていた。
「む? これはテレビ、冷蔵庫、洗濯機。3種の家電が勢ぞろいではないか」
まだまだ使えそうな物までもがゴミ置き場に溢れているとは、さすがは英下衆国。
その豊かさがうかがい知れるというもの。
「それよりも、まずはダンボールだな」
ゴソゴソとゴミを漁る俺の耳に、何者かがゴミ置き場に近づく足音が聞こえていた。
もしかすると、これはマズイのではないだろうか?
確かに不用品として捨てられたゴミ。
拝借しようが問題ないはずではあるが、マナーという観点からは違反である。
それどころか、地域によっては条例違反となる場合もある。
はたして英下衆国では、どうなのだろうか?
そもそもが、超・天才剣士である俺が、ゴミに塗れてゴミを漁る姿など。
他人に見られるわけにはいかない。
世間が抱く超・天才剣士のイメージが台無しである。
子供たちの夢を守るため、やむなく俺はゴミの中に身を隠す。
ゴミに埋もれて見守る中、ゴミ置き場へと姿を現したのは4人の学生。
「やっぱり、ゴミはゴミ置き場に捨てないとなあ」
「うへへ。おらよ」
ドサリ
3人に背中を押され、学生の1人がゴミ置き場に倒れ込む。
「ゴミらしくて良い恰好じゃねえか」
「2度と顔を見せるんじゃねーぞ」
ゴミに倒れたまま動かない姿を見て満足したのか、残る3人の学生は立ち去っていた。
結果。
ゴミ置き場に残るのは、ゴミに埋もれて身を潜める俺。
ゴミに埋もれて動かない学生の2人だけ。
倒れた際の打ちどころでも悪かったのだろうか。
いつまで待てども身動きしない学生。
……まったく。
俺の邪魔ばかりしくさる奴らだ。
こんな所で時間を食っていては、日が暮れる。
ガバリ
これ以上、隠れているのも時間の無駄とばかり、勢いよくゴミから身を起こし立ち上がる。
「っ!?」
ビクリ。
背後を振り返る学生の目と目が見合う。
女か。それもまだ幼い少女。
ゴミに塗れて表情に乏しい。
俺の姿を認めたにもかかわらず、何も言葉を発しない。
生気に乏しい、空気のような少女。
空気だというのなら、通報されることもない。
俺は俺のやるべきことを続けさせてもらう。
ゴソゴソ
ハウスの外壁、床となるダンボール。
布団がわりのボロ布。
コップ、皿などの各種食器類。
とりあえず、これだけあれば十分か?
他に回収するべきゴミはといえば……
テレビも冷蔵庫も転がってはいるが、電気がないのでは、それこそゴミでしかない。
グルリとゴミ置き場を見回す俺の目に。
先ほどからゴミと一緒に転がり、身動き1つしない少女の姿が目に入る。
もしやと思うが、この少女もゴミなのであろうか?
連れてきた3人は、ゴミだと言って少女を捨てていた。
我が国。日本ではありえない事態ではあるが……
「少女。君はゴミなのか?」
ここは異国。
文化の異なる英下衆国。
確認のため少女に声をかける。
「……わたしはゴミィ」
ただ一言。
ボソリ微かに聞こえる声で少女が答える。
さすがは英下衆国。
このような少女までもが、ゴミ置き場に捨てられているとはな。
ともあれ、これはとんだ拾い物。
「ゴミだというなら回収させてもらう」
転がる少女の腕をとり、引き起こす。
まだ年若い少女。
見た目も悪くはない。
使い道はいくらでもあるというもの。
「着いてこい」
抵抗もなくトボトボ歩く少女を引き連れ、大学構内を歩き出る。
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大学を出た目の前。
樹木の広がる公園。
トイレもあり、ハウスを設置するに丁度良い。
ガサゴソ。ダンボールを組み合わせ、あっという間に完成する。
「ふう……どうだ? なかなか立派なダンボールハウスだろう?」
これが俺のハウス。
英下衆国における拠点。
「……」
だというのに。
何の反応も示さないゴミ少女。
いかに雨風をしのぎ、快適に寝泊りできるか。
このダンボールの組み合わせ方がキモだというのに。
少女に、この匠の技は理解できないか……まあ良い。
時刻は夕暮れを過ぎ、夜へと差し掛かっている。
「夕ご飯にするか。どこか安くて旨い店を知っているか?」
「……なんで私に聞くの?」
ようやく口を開いたと思えば、何を当たり前のことを。
確かに俺は超・天才剣士。
だが、超・天才だからといって、世の中の全てを知るわけではない。
超・天才にとって未知の国である英下衆国。
右も左も分からない中。うかつに動いては危険がある。
現地のことは現地の者に聞くのが一番。
そのためにお前を拾ったのだ。
「私は現地の人じゃないの……留学生」
確かに言われて見れば、ゴミ少女の肌はやや浅黒い。
「もしかしてヤリマンビッチか?」
「? バターナム国の生まれ」
東南アジアに位置するというバターナム国。
元々が褐色肌の生まれなだけで、ピンサロ好きのヤリマン女というわけではないようだ。
しかし、なんということか。
これでは拾った意味がないという。
「仕方がない。一緒に何か飯を探しに行くか」
それでも何の因果か、同じ留学生。
同類憐れむというわけではないが、多少の親近感が芽生えるのも無理はない。
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公園を出て街灯りを目指し2人で歩く。
「そういえば、名前は何というのだ?」
「ゴミィ」
確かにゴミと呼ばれてはいた。
てっきり、あだ名かニックネームかと思ったが……
まあ、世界には様々な名前が存在する。
日本人である俺からすれば、とんでもない名前であっても。
現地の人にとっては何ら普通の名前であったりする。
俺が意識しては逆に相手に失礼。
俺は何でもないよう名前を呼んでみる。
「ゴミか。良い名前じゃないか」
「……ゴミじゃないの。ゴミィ」
ゴミではないではないか。紛らわしい。
「ゴミィ。ちゃんと自己紹介した」
ゴミィを連れて、街の通り。
お弁当を販売する店を見つけ、のぞいて見る。
「しかし……どのお弁当がうまいのだろうか?」
店頭に並ぶのは、サンドイッチ。
ポテト。フルーツ。オムレツ。などなど。
残念ながら、米はない。
「ゴミィは普段は何を食べているんだ?」
「ゴミィ。買わない。これ食べるの」
ゴミィがポケットから取り出したもの。
どう見てもただの雑草。
「ぱくちー。雑草じゃないの」
そう言って、ぱくぱく雑草を食べるゴミィ。
バターナム国からの留学といったか……
きっとお金に困り、まともなご飯を買うお金がないのであろう。
やむなく公園の雑草を引き抜き食べるしかない。哀れな少女。
「仕方がない。今回は俺がおごってやるとしよう。感謝しろよ?」
サンドイッチ弁当を2個。購入。
ダンボールハウスへ持ち帰り、夕食とする。
ぱくぱくお弁当を食べるかたわら。
ぱくぱくゴミィは草とお弁当を食べていた。
「お弁当。おいしい。お礼にケンシンにも、これあげるの」
いや。雑草をもらってもな……
お弁当を食べる間。
話した内容から、ゴミィは3か月前から留学しているという。
バターナム国で成績優秀だったため、国に留学費用を捻出してもらっているそうだ。
といっても、あくまで最低限の費用だけ。
現在はアパートに1人暮らしをしているという。
連れまわしたとしても、家族から捜索願いが出されることもないのは安心だ。
「しかし……ゴミィ。少し臭うぞ?」
俺の言葉にクンクン自分の匂いを嗅ぐゴミィ。
季節は10月。
まだ夏の日差しが残る時期に、ゴミ置き場に埋まっていたのだ。
臭って当然。
「ケンシンも臭う」
今度はクンクン俺の匂いを嗅いだゴミィが言い放つ。
おのれ……年頃の異性に対して臭うなど。
デリカシーの欠片も持ち合わせない非情な言葉。
それでは、モテないぞ?
「ゴミィ。風呂などは、どうしていたのだ?」
「夜に川で洗うの」
いくらお金がないからとはいえ、年頃の少女が川で水浴びなど。
ゴミィの国では常識なのかもしれないが、ここは先進文明の国。英下衆国。
他とは異なる奇行。
奇異な目で見られては、留学先で友達も作れない。
「銭湯へ行くか」
「お金もったいない」
確かに予算は限られている。
だが、疲れのたまった状態で、ベストなパフォーマンスを発揮することはできない。
今は銭湯で身も心も清め、明日からの戦いに備える時。
「何の戦い?」
そんな甘い考えだから駄目なのだ。
男たる者。
自宅を1歩出れば7人の敵がいるという。
そして、ここは自宅を遠く離れた英下衆国。
7人どころではない。
周囲全てが敵といっても過言ではない異国の地。
常在戦場。
常に戦いに備える必要がある。
「金なら俺が出す。行くぞ」
「分かった」
そして、お金は使うためにある。
無駄金を使うわけにはいかないが、必要な投資を惜しんでは勝負に勝つことはできない。
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「お風呂。気持ち良かったの」
銭湯を終えたゴミィと合流。
しっかり洗ったかどうか、クンクン匂いを嗅いでみる。
「うむ。ゴミィ。良い匂いがするぞ」
お返しとばかりにゴミィもまた俺の匂いを嗅ぎだした。
「ケンシンも良い匂いがするの」
当然である。
出来る男は身だしなみを忘れない。
「じゃ、帰るか」
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帰り着いた公園。
そこに、俺のダンボールハウスは存在しなかった。
代わりに張り紙が1枚。
ゴミの不法投棄は禁止。英下衆市清掃局。
なんてことだ……
芸術的なまでに組み上げた俺のダンボールハウスが……
英下衆国の人間は、芸術を理解しないのか?
どう見れば俺のダンボールハウスがゴミに見えるという。
仕方ない……もう1度。作るしかないか。
ダンボールハウスこそが、英下衆国侵攻の拠点。
決して失うわけにはいかない重要拠点なのだから。
「わたしのアパート。ケンシン泊めてあげる。行くの」
あのような下品なダンボールハウス。
処分してくれた英下衆市清掃局に感謝である。
そうして、俺はゴミィのアパート。
四畳一間の部屋で寝泊りする。