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2.帰国

奈美が英下衆国に留学して早1か月。


「憲伸。聞いているか?」


いきなりそう言われても、何のことかは分からない。

構内のカフェで優雅にくつろぐ俺に話しかける、この男。

構内に限らず世間の話題。情報一般にくわしい妙な男である。


「奈美ちゃん。今。自宅に帰ってるって」


「……どういうことか?」


ガタリ。思わず席を立つ。


そんな話。幼なじみであり隣に住むはずの俺が初耳である。


そもそもが大会まで後2か月。

奈美が帰るには未だ早いこの時期。

嫌な予感しかしないこの話題。


「なんでも……ヒドイ怪我を負ったらしいよ」


奈美は腕が立つ。

もちろん。俺には敵わないまでも。だ。


「……具体的には?」


その奈美が? ヒドイ怪我だと?


「大学構内の立ち合いで怪我したんだって」


なんだ……つまらん。

ガタリ。再び席に着く。


奈美とて人間。

負ける時もあるだろうし、怪我をする時もある。


まったく文化も風習も異なる異国の地。

武器も異なれば、流派も異なるのだ。

どうせ情報も何もなしに、考えなしに挑んだのであろう。


それならば、負けて当然。

負けて学習。再戦において勝利するのが一流の剣士である。


しかし……仮にも俺のライバルを名乗るのだ。

負けて怪我した程度で、逃げ帰るなど……


「情報。感謝する」


情報をくれた男に背を向けカフェを出る。


「どこへ行くつもり?」


決まっている。



ピンポーン


大学を抜け出した俺は、奈美の自宅を訪れていた。


負けたショックに自宅で落ち込んでいるのだろうが……情けない奴だ。

布団にくるまる惨めな姿を見て、思いきり笑わせてもらうとしよう。


だが……まあ、本当に落ち込んでいるのであれば。

多少は、ミジンコ程度には優しく慰めてやるのも、やぶさかではない。


「はーい。あら? 憲伸くん?」


ドアから姿を見せたのは、奈美のお母さん。

いくつなのか知らないが、相変わらずの美人である。


「こんにちは。奈美が帰っているって聞いたもので挨拶にきました」


いつものように上がろうとする俺の手を、おばさんがつかみ止める。


「……誰から聞いたの?」


「? いや。大学の知人からですけど?」


先ほどまで笑顔の顔がうつむき、曇っていた。


「そう……内緒で帰ってきたのにね。憲伸くんに知られたくなかったでしょうから」


まったく。

負けたのが恥ずかしいのだろうが、何を今さら。

負けるだけなら、俺がさんざん負かしているだろうに。


「怪我したと聞きました。昔からよくあることでしょう。お見舞いして大丈夫です?」


「……奈美は寝ているわ。今のうちに少しだけ合わせてあげる」


おばさんに先導され、辿り着く奈美の部屋。

そういえば、部屋に入るのは久しぶりかもしれない。


ガチャリ。室内へ足を踏み入れる。

ベッドの上で眠る奈美の姿。


その顔は、包帯でグルグル巻きにされていた。


「……怪我をしたと……ですが……これは」


おばさんが布団を持ち上げる。


その身体中に怪我をしていた。

ギプスで固定された両手両足。

そして、包帯から覗く地肌に無数の赤黒い傷跡。

鋭利な何かを突き刺されたような……


なんだ……これは?

普通の立ち合いで、ここまで怪我するものか?

これは……まるで……集団相手にリンチされたかのような。


「おばさん……奈美に何があったのか……ご存じですか?」


丁寧に布団を戻してやる。


「分からないわ。奈美は教えてくれないから。でも。もしも憲伸くんが来ても追い返せとだけ」


奈美は天才剣士。

こんなの……通常の立ち合いの怪我ではありえない。


眠る奈美の枕元。

お見舞いに持参したリンゴを1個。

頬のそばに置き寄せる。


おばさんは、奈美は俺に内緒にしてくれという。

今の姿を見られたくないと。

奈美がそういうのであれば、俺は無言で立ち去るだけだ。



奈美の自宅を後にする。

門の前には、情報をくれた男が立っていた。


「……なんの用だ?」


「おっと。そんな怖い顔しないでよ」


俺は冷静。

それでも、言葉に若干の怒りが含まれるのは、人である限り、如何ともし難い感情。


「奈美ちゃんのこと。まだ続きがあるんだ」


そうだろう。


「立ち合いで怪我したまでは話したよね。そのあと」


いいから早く言え。


「奈美ちゃん。気が強いから。怪我をおして大学に通っていたんだけど」


当然。

立ち合いに負けた程度で逃げ帰る。

アイツは、そんな軟弱な奴ではない。


「それが癪にさわったのかもね。生意気だって」


馬鹿が……いっそ逃げ帰れば良かったものを……


「海外からの留学生なんかの場合、よくあることだけど……集団リンチだよ」


いじめなど何処にでもよくある話。

過去には俺も奈美も。

強すぎるが故に恨まれ報復を受けたことは、数えきれない経験。


そして、そのいずれをも打ち倒してきたのが俺たちだ。

相手が50人だろうが100人だろうが。

俺と奈美が揃うなら、負けようはずがない。


そう……揃うなら。だ。


周囲は敵ばかりといっても過言ではない異国の地。

その地で1人。戦い抜くのは、難易度の高い所業。


だからといって。

アイツが大人しくリンチされるようなタマか?


多少の怪我があろうとも。

多少の数が集まろうとも、並の腕で奈美をリンチすることは不可能である。


「憲伸。お前。銃って知ってるか?」


銃だと?

なんだそれは?


「英下衆国が開発した新しい武器。弓を強化したようなもの。と言えばイメージしやすいか?」


弓を強化したような武器。

すなわち遠距離武器ということか。


しかし、こういっては何だが、例え弓矢が100本。

振りかかろうが、その全てを切り落とすのが奈美である。


相手の得物が何だろうが、ようは使い手次第。


リンチというからには、怪我を負った奈美より強い者が複数いるということ。

英下衆国には、それほどの達人が無数に存在するということか?


「それがな。銃があれば、子供でも大人を倒すことができるんだ」


子供が大人を倒すだと?

俺のような天才でもなければ、普通は無理である。


「まあ。これ。極秘の映像なんだが……見てみろ」


男が差し出す小型テレビ。

画面に映るは、小さな鉄の筒を抱えた子供が一人。

筒の長さは130センチ程もあるか。


子供が鉄の筒を眼前に構える。

瞬間。


バァン


乾いた音と同時。

筒の先端が火を吹き。

子供の前方。100メートル先に置かれた鉄鎧が破裂する。


「……なんだ? 今のは? 何をしたんだ?」


「これが銃だよ。まだ英下衆国以外には出回っていない。最新武器だ」


「……もう1度。見せてくれないか?」


再度、確認する。

鉄の筒。

音と閃光。

同時に筒から飛び出す黒く小さな固まり。

瞬きする間もない高速で飛来する固まりが、はるか彼方に位置する鎧を打ち砕く。


これは……初見では無理だ。


子供が扱ったとしても、この威力。

複数を相手に、怪我を負った状態で対抗するのは、厳しいだろう。


……そうか。

奈美の身体に無数に開いた傷。

それが銃による傷。


英下衆大学で開かれるという最強武闘大会。

それに参加する者からすれば、奈美もライバルとなる。


そうであれば、弱った敵を叩くのは正しい戦術。

だが。それは戦いでの。戦争での話。


最強武闘大会はあくまで試合。

学生生活において、弱った者をいたぶるなど……


「情報。感謝する」


情報をくれた男に背を向け、歩き出す。


「どこへ行くつもり?」


決まっている。



ドカーン


ドアを蹴とばし無断で踏み込む先。


「な、なんじゃ? なにごとじゃ?」


剣術大学の学長室。

齢60を超える老人で頭はハゲかけているが、ただの学長ではない。

国内一の権威を誇る剣術大学の学長。


「学長。俺を英下衆国へ留学に行かせてください」


卑怯にも怪我した奈美を叩くしか能のない英下衆国の雑魚どもが。


奈美は俺のライバル。

奈美を倒して良いのは俺だけであり、そのピンチを救うのもまた、俺だけなのだ。


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