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16.リサイクル


勝負は決していた。


両足の負傷。

主武器である刀を失い、副武器である小太刀を破損した憲伸に対して。


ココロちゃんは右腕の負傷のみ。

それも銃弾がかすめただけの傷。

拳銃を撃つに何の支障もない。


「おいおいおい。剣士さんよー。もう終わり?」

「ぎゃはあー。だっさいやつ」

「おめーみてーな雑魚がココロさんに敵うはずーねーだろ」


おまけに、あの様子では予備の拳銃、銃弾を無数に備えているはずだ。

遠距離から発砲を続けるだけで、俺は成すすべなく撃ち殺されるだろう。


「おにいちゃんの負けにゃん」


……上等だ。


奈美が敗れた相手。ココロちゃん。

奈美に続いて俺まで敗れたのでは。

我が国の剣術は、舐められたままとなる。


何より、俺のこれまでの人生。

敗れた相手は、奈美だた1人。

ここで負けるわけにはいかない。


小太刀を手に立ち上がるも……

血を流しすぎたか? 足が震え目がかすむ。


「ココロちゃん。待ってください。あやまります。私も一緒にあやまりますから」


その様子を見て取った撫子が、2人の間に割り入っていた。


馬鹿な真似を……

俺はまだ負けたわけではない。


そもそもが、撫子はこの件には何の関係もない。

それどころか、俺は撫子を一方的に嫌い遠ざけている。

だというのに、なぜ俺を庇う?


「テレビで観戦した剣術甲子園の連覇。そして剣術決定会3連続の準優勝。憲伸さんは私の。いえ、全剣士の憧れの存在です」


剣術甲子園。俺がまだ高校生だったころの出来事。

誰にも。奈美にも負ける気がしなかった時代の話。


それが、いつの間にか奈美に負けるのが当たり前となり。

今また。意気揚々と乗り込んだ異国の地でも、敗地に沈もうとしている。


それを憧れなど……今や天才剣士など自称しようもない惨状。


奈美に続いて、ゴミィまでもが頭を下げていた。


「ゴミィも。ケンシンはゴミィの友達。だからケンシンを許してほしいの」


2人ともよしてくれ……俺のために頭を下げるなど。


ココロちゃんとの勝負。

2人に何の関係もない。


「にゃん。おにいちゃん。とんだプレイボーイにゃん」


その様子を見たココロちゃんは、銃を降ろして懐へしまいこむ。


なんて……ザマだ!


超・天才剣士であるこの俺が。

女子供に守られるなど……


「ただの立ち合いにゃから、これ以上やるつもりないにゃん」


すでに優劣は決定した。

そういうことだろうが……まだ、決定していない。


「ココロさん。甘いですぜ」

「ヤリオがやられたんやで?」

「半殺しにせんと示しがつかんぜよ」

「あとは俺らに任せてくだせい

「ガキだけやない。ガキをかばった女もゴミも」

「同罪や。一緒にとっちめてやりますぜ」


取り囲む貴族クラブが騒ぎ出す。


それも当然。

仲間が10人。やられたのだ。

このまま見逃そうはずがない。


立ちはだかる撫子とゴミィを押しのけ、追い払い。

小太刀を地面に置き、俺は深々と地に頭をつける。


「……参りました……俺の負けです」


頭を下げるなら……それは2人ではない。

みじめに地べたに這いつくばるのは、敗者である俺の役割であり。

報復を受けるのもまた、俺の役目。2人を巻き込むわけにはいかない。


「分かったにゃ。それじゃ覚悟するにゃ」


そう言ったココロちゃん。

憲伸の側まで歩み寄り。


ドカーン


「ぐっ」


憲伸の肩へと銃把を打ち付けた。


「け、憲伸さん! ココロちゃん。もう勝負はついてます。やめてください」


「肩甲骨を折っただけにゃ。全治3ヵ月にゃん」


……俺が貴族クラブへ行った仕打ち。


「これで手打ちにゃん」


その報復であるなら自業自得。


「そんな。ココロさん」

「それで終わりなんて」

「ヤリオは入院したんすよ」


騒ぐ貴族クラブの面々に対して、手を突き出しココロちゃんが制止する。


「また貴族クラブの目につく場所へ来たら。ココロちゃんも知らないにゃん」


今回だけは見逃す代わりに。

尻尾を巻いて日本へ逃げ帰れ。

そういうことだろう。


「それと……ゴミにゃん」


「??」


「奈美ちゃんも憲伸も。足を引っ張るだけのゴミにゃん。目障りにゃから国へ帰るにゃん」


それは違う。

たかがゴミの1匹や2匹。足を引っ張られようが勝利するのが超・天才剣士。

俺の敗北にゴミィは関係あるが、関係ない。


「奈美ちゃんはココロちゃんが無理矢理日本へ送り返したにゃん。おにいちゃんはどうするにゃん? 無理矢理送り返すにゃん?」


そうか。

奈美を救ってくれたのはココロちゃん。

大怪我を負って、どう帰って来れたのか不思議だったが。


「大丈夫だ。奈美のこと。ありがとう」


左右から2人が身体を支える中。

ココロちゃんに礼を述べ、グラウンドを立ち去った。



2人に付き添われ病院で治療を受けた後。

俺はゴミィのアパートでベッドに休ませてもらっていた。


「ケンシン。ゆっくり休むの」


「ありがとう。ゴミィ」


……情けない。

ゴミィを助けるはずが、逆に助けられるとは。


それも当然。


貴族クラブ。ココロちゃん。奈美が敗れた相手。

それを倒すことで奈美の鼻を明かそうなど……元々が無理な話だったのだ。


(直接対決では俺が125勝。お前が110勝。通算では俺が勝ち越している)


奈美にはそう強がってみせたが……それはただの数字の魔法にすぎない。


大学生となってからの勝敗だけでいうのなら。

俺は奈美を相手に4勝33敗。勝率10.8パーセントのボロ負けである。


高校生活最後の大会。剣術甲子園3連覇のかかった大会。

その決勝戦で奈美に負けて以来。

俺と奈美の力関係は、とっくに逆転していたのだから……


天才剣士。それは奈美にこそ相応しい称号。

日本へ逃げ帰る。俺に残された道は、ただそれだけだ。



翌朝。


「ケンシン大丈夫? ボク大学へ行ってくるから、ケンシンはゆっくり休んでいてね」


ゴミィ?

まさか大学へ行こうというのか?


昨日。ココロちゃんの言った言葉。

国に逃げ帰れという手打ちの言葉。


今。貴族クラブの前に顔を出そうものなら。

ただですもうはずがない。


ゴミ置き場にすてられる。

あの日々に逆戻りである。


「ゴミィ……待ってくれ」


だが、俺が一緒に行ってどうする?

それよりも、ゴミィを止めるべき。


連中にいじめられてなお、なぜ登校する?

逃げれば。国に帰れば良いものを。


仮にも海外へ留学するほどの人間。

他にも生きる道はある。

痛い目を。嫌な目をしてまで通う必要はない。


「ケンシン。ココロの言うとおりなの。ケンシンの怪我も。ナミの怪我も。わたしが2人の足を引っ張ったの」


ゴミとして捨てられていたゴミィ。


「わたしも逃げてちゃダメなの。ゴミだと言われても。負けちゃダメなの」


ゴミなどと、とんでもない誤解。


「だから。勉強する。英下衆国の先端技術。全てを学習するまで。帰らないの」


向上心。

常に上を目指す。先を目指す強い意志。


ドアを開け、ゴミィの姿が消えていく。


俺は……無力だ。

ゴミィを止めることも。

後を追うことも出来ない。


しょせん俺は偽物の天才。

自然の荒波に揉まれ、野生で育ったゴミィの強さには敵わない。


そして……奈美の強さにも。


奈美は、ココロちゃんの警告後も。

見つかれば痛い目を見ると。

命に危険があると分かってなお、登校したのだ。


それに対して……肩の痛みに涙がつたう。


今の俺が登校しても、ボコボコにリンチされるだけ。

それを思えば……俺は布団にくるまるしかできない。


今の俺はゴミィに着いていくことも。

守ることもできない。


奈美に勝てないのも道理。

俺は……最低なまでに弱い。



「ただいま」


ゴミィの声に目が覚める。

眠っていたか。


すでに陽は落ち部屋は暗い。


帰宅したゴミィがゴソゴソ部屋を移動する。


電気を点ければ良いものを。


無事な左腕を動かし、部屋のスイッチを入れる。


カチリ


ゴミィは泣いていた。

その髪にゴミを張り付けて。

その頬は赤黒く腫れていた。


「ゴミィ」


思わず抱きしめる。

ゴミィの身体。

プーンとゴミの匂いがする。

ツンと血の匂いがする。


「ゴミィ……俺は……」


俺も泣いていた。


こうなると分かっていながら。

ゴミィを1人。通わせるなど。


本当のゴミは……俺だ。

超・天才剣士などと、いきがろうとも。

今や刀を持つだけのクズ鉄でしかない。


俺は負けたのだ……

弱い。自分の心に負けたのだ。


だが、ゴミィは負けていない。

留学生だと。ゴミだと迫害されながらも。

それでも、前に進もうとするゴミィ。


そして、撫子は憧れだといった。

剣術甲子園2連覇。剣術決定会3連続優勝の超・天才剣士と。

とんでもない誤解。


それでも、憧れだというのなら──


炎が燃える。

俺の心に。弱い心に闘志の炎が燃え盛る。


もはや俺は超・天才剣士ではない。

俺の剣術など、しょせんは我流。

ゴミにしてただのクズ鉄。

見よう見まねの2流の技。


だから──どうしたという!

ゴミは……クズ鉄は、炎の中でリサイクルされ生まれ変わるもの。


頬を流れる涙は、別れの涙。

俺の剣術はここまでだと。そうであるのなら。

弱かった俺に。超・天才剣士に終わりを告げ。


今日。今この時から俺は、超・天才剣士・改として生まれ変わる。


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