1.幼なじみはライバル
俺の名前は、西古 憲伸。
天才剣士である21才の好青年。
ランクでいうならSランク剣士の凄い奴である。
「誰が天才で凄い奴ですって?」
ポカリ
痛い。
いきなり俺の頭を叩く無礼者。
「そもそもランクって何よ? ランクって」
こいつは俺の幼なじみで、名前は小山内 奈美。
身長160センチ。体重50キロ。
3サイズは上から84、60、80だ。
「ちょっと! なんでアンタがそんなデータ知ってるのよ!」
そんなもの。
俺たちの通う大学。
剣術大学校の健康診断データを、覗き見たからに決まっている。
ポカリ
「この犯罪者! 今! ここで! すぐに忘れさせてあげるわ!」
ポカリ
痛い。
見た目は、まあ、なかなかの美人といえなくもない奈美だが、その中身は別。
ごらんのとおりの野人である。
「どっちが野人よ。アンタ。勝手に他人のデータを覗き見るとか」
「当然だろう? 今度の全日本学生剣術決定会。最大のライバルがお前なのだ」
戦う相手のデータを事前に入手するのは当然の作戦。
相手を調べもせずに戦う者こそ、よほど野人である。
「ふ、ふん。まあ、どうせアタシが勝つんだから無駄な努力よね」
「いや。今度は俺が勝つ」
俺は天才剣士。
しかしながら、こいつ。
奈美も、まあ、天才剣士といえなくもない。
俺と奈美は、幼いころから、お互いの剣術を競い合う相手。
まあ、ライバルといえなくもない関係にあった。
もっとも、Sランクの俺に対して、しょせん奈美はBカップ。
ライバルとはいうものの、もちろん俺の圧勝である。
「なによ? アンタとの直接対決。アタシの圧勝じゃない」
「いや。俺の記録によると」
パラパラと手帳をめくり読む。
「直接対決では俺が125勝。お前が110勝。通算では俺が勝ち越している」
「そうだっけ? まあ、そんなみみっちい勝敗なんてどうでも良いのよ」
良くはない。
過去があるからこそ、現在があり未来があるのだ。
「良いの! いくらアンタが勝ち越してようが……アタシが全日本学生剣術決定会を3連覇してるってことが一番大事なんだから」
奈美のくせにもっともな意見。
全日本学生剣術決定会。
それは学生による剣術日本一を決定する国内最大の大会。
その大会で、奈美は3年連続優勝の偉業を達成していた。
「つ・ま・り。アタシが天才剣士で最強ってわけよ。分かる?」
「そんな偶然も今年で終わりだ。データどおりにいくならば、今年こそは俺が優勝する」
「なーんか。去年もそんなこと聞いたんですけどー? で、結果はどうだったのかしらー?」
昨年の剣術決定会。
その大会当日。
俺は必勝を期すため、最高級ゴージャス栄養ドリンクを飲んで勝負に挑んだ。
……それが失敗だった。
試合開始と同時にお腹の調子を崩してしまった俺は、奈美を相手に無様にボロ負けしてしまったのだった。
だが。
いかに理由があろうとも。
俺が負けたのは厳然たる事実。
みっともない言い訳はしない。
「あれはノーカウントだ。最高級ゴージャス栄養ドリンクはその後メーカー回収となった失敗品。俺は被害者だからして、もう一度決勝戦をやり直すのが筋というもの。そもそもが俺だけ飲んで、お前が飲まないのは卑怯としか言いようがない」
ただ事実を述べるのみである。
「アンタ……アホ。あんな得体の知れない物を。それも何10本も飲むなんて……お腹こわして当然じゃない。アホすぎて泣けてくるわ」
くそっ。
俺としたことが、必勝を期すために服した栄養ドリンクが罠だったとは……
しかし、あれは仕方のない不可抗力。
大会会場で販売する、売り子の少女が可愛すぎたのだ。
おかげで、俺は何10本も購入。
少女の前で、格好良く一気飲みするはめとなってしまったのだ。
「だが。今年は違う。当日は母さんの料理以外は食さない」
「あーはいはい。ま、確かにアンタのお母さん。料理美味しいからね」
思い返せば、自身の力ではない。
他者の力を頼ったが故の敗北。
俺の未熟さが招いた自業自得の事態。
2度と同じ轍は踏まない。
今年こそは、母さんの手料理で勝利してみせる。
はずだったのだが……
「うう。ごめんなさい。憲伸。お母さん熱でちゃって」
「母さん。無理しないで。さ。あとは薬を飲んで安静に」
大会の前日。急遽、母さんが風邪を引いてしまったのだ。
手料理がなくなるどころか看病もかねて、俺が自分で料理を作るしかない。
温室育ちの御曹司である俺。
もちろん料理の経験はないが、そこは天才。
急遽購入した料理ノートで勉強した甲斐あり、なかなかの出来である。
母さんの熱もさがり、すぐに回復するだろう。
それは良いのだが……
「ごほっ」
……風邪がうつったか?
まあ良い。今は大会会場へ急ぐとしよう。
優勝候補筆頭である俺が欠場したのでは、観客が可愛そうというもの。
その道中。
「うわーん。おしっこ漏れそう。トイレどこー?」
股間を押さえてピンチな少女を発見する。
心優しい好青年である俺が無視するわけにもいくまい。
少女を抱きかかえ公園のトイレまで連れ込み、用を足すのを手伝ってやる。
・
・
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「ふー。すっかり時間をくったな」
おまけに余計な道草で走ったため、体力と精力を消費してしまった。
休む間もなく一回戦の開始であるが……問題ない。
雑魚相手になら、ちょうど良いハンデというもの。
「それでは、試合はじめ!」
「行くぞ! 天才流剣術。アバランチ・スラッシュ」
ズバ ズバ ズバーン
「勝負あり! 勝者。西古 憲伸」
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・
そんなこんなで、俺は雑魚を蹴散らし決勝戦まで進出した。
満員御礼となる国立闘技場の中央。
決勝戦の試合に挑むは俺と。
「ふん。ちゃんと決勝まで来たみたいね」
奈美である。
「当然。今回勝つのは、この俺だ」
とは言ったものの。
あまり体調はよろしくない。
が。それでも勝つのが天才が天才たるゆえん。
「決勝戦。はじめ!」
ドカーン
剣光一閃。
「勝負あり!」
決着を告げる審判の旗が上がり。
「勝者。小山内 奈美」
俺は敗北した。
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・
「おかえりなさい。憲伸。大会どうだったの?」
「うん。準優勝だったよ」
「おめでとう! でも、ごめんなさい。お母さんが熱だしちゃったから……そのせいで」
「いや。それは関係ないよ。相手は奈美で、あいつ強いから」
それだけ答えると、階段を上り自屋へと向かう。
ドアを閉め転がるベッドの上。
正直。母さんの言うことに頷きたい気持ちはある。
十分な睡眠がとれなかったから。風邪をひいたから。
少女の世話をやいてしまったから。その他もろもろ。
だが……それは違う。
そのような言い訳を探している時点で。
逃げ道を探している時点で、俺は弱い。
負けるのも当然の、しみったれである。
コンコン
布団をかぶり思考する。
部屋のドアがノックされ乱暴に開かれる。
ドカーン
そして、布団に飛び乗る1人の人物。
「げほっ……だ、誰だよ」
「憲伸。アンタ。なによ! お母さん熱だして寝込んでいたって?」
奈美である。
「ああ。もう元気になったみたいだ」
「で、アンタが看病したんだって?」
「母さんだからな。当然だ」
布団の上から覆いかぶさる奈美。重い。
「それで……今日は剣の振りが鈍かった?」
「鈍ってなどいない。ごほっ」
確かにコンマ5秒ほど。
俺の反応は遅れていた。
「この……バカ。あんた咳してるじゃない」
奈美が布団をまくりあげる。
「熱もある」
俺の額に額をくっつける奈美。
まつ毛が長い。
「まったく。弱ったアンタに勝っても仕方ないじゃない」
奈美は野人にして戦闘民族。
俺との戦いを楽しみにしていたのだろう。
「……すまない」
そんな奈美に対して。
俺は100パーセントの力で応えることができなかったのだ。
「本当。そう思うんなら大人しくしてなさい」
俺の服に手をかける奈美。
「な、なにを?!」
一気に上着をはぎとり、ズボンへと手をかけていた。
「や、やめないか。お、俺は健全な男子学生。ま、まだそんな行為は早い」
「はあ? アンタ汗かいてるから着替えさせるだけよ」
な、なんだ。
そうなのか。
俺はてっきり犯されるかと心配してしまったではないか。
「こ、こ、こ……このアホ!」
顔を赤くして騒ぐ奈美。
「……でも。よく考えたらチャンスよね」
いったい何がチャンスなのか?
「生意気なアンタを懲らしめるチャンスってことよ」
そう言って、奈美は俺のズボンを取り払う。
「よせ。卑怯だぞ。俺が弱っているからといって」
ぎゃーすか騒ぐ俺の腕を取り固める。
「うっさいわね。病人はね。大人しく看病されてればいいのよ」
スパーン
なんてことだ……毛が生えてからは、母さんにも見られたことないのに。
「ふんふーん。ほら。汗を拭いてあげてるんだから、大人しくなさい」
ふきふき。
汗ばむ俺の身体を、奈美はタオルで拭き取っていく。
しかし……
俺が暴れないよう、俺のお腹に座って身体を拭き続ける奈美。
お腹に感じるお尻が柔らかい。
大人しくといわれても、無理がある。
「きゃっ。ちょっと……」
いつの間にか、むくむく体積を増した俺の分身。
お腹に座る奈美のお尻に、触れるまで大きくなっていた。
「こっこの変態! あんた。人が看病してあげてるのをいいことに」
いや。俺は何も悪くない。
健全な男子たるもの。自然の摂理に従ったまでのこと。
「アンタはね。アタシに負けたのよ。敗者はね。大人しく言いなりになるのが筋なの」
奈美のくせに、もっともな意見。
しかし、一度大きくなった今。大人しくしろと言われても無理がある。
「ふーん。何が無理なのよ?」
やむをえん。
どうしても大人しくしろというのなら。
「あっ! ちょ、ちょっと……」
奈美の腕を取り、逆に組み伏せる。
許せ。
一度膨張した物。
大人しくするためには、これしか方法がないのだ。
・
・
・
「アタシ。今度、海外へ留学に行くわ」
奈美との立ち合いの後。
「なん……だと?」
なんでも全日本学生剣術決定会3連覇。
その功績を称えて、国の費用で留学が決まったという。
「いったい何処へ?」
「英下衆大学よ」
なんてことだ。
国を代表する剣士となれば俺のはず。
「アンタ。準優勝じゃない」
英下衆大学。
騎士文化が根付く英下衆国における最高学府。
さらに言うならば、金髪少女が多数存在する国。
留学するのなら俺でなければ意味がない。
「今度。英下衆国で大会があるのよ。最強武闘大会だってさ」
最強だと?
天才剣士である俺が参加しないのに最強を名乗るなど……詐欺ではないのか?
「アンタ。アタシに負けたじゃない」
なんでも、3ヵ月後。
英下衆国で開催される最強武闘大会。
その参加にそなえた留学だという。
最強武闘大会。
英下衆国で開催される国内ナンバー1を決定する無差別闘技大会。
今年度から規模を大きく、他国から選手を招待し、国際大会として開催するという。
「ま。アンタの分も。アタシが暴れてきてあげるわ」
我が国が初参加するにあたり、学生剣術決定会3連覇の奈美に白羽の矢が立ったというわけだ。
俺が選ばれなかったのは悔やまれるが……まあ、妥当な判断といえる。
「大会。俺も応援に行かせてもらう。いっておくが、俺以外に負けるんじゃないぞ?」
「そもそも、アンタにも負けないっての。ま、いちおう応援と受け取っておくわ」
拳と拳を打ち合わせる。
それが、奈美との別れ。