誕生9
セイナー
トルニエ様たちは部下のバルヴァン様がなぜかしていた敵の本拠地への抜け道を知り、そこから突破を図る作戦に出たらしい。メンデルさんは軍全体の負傷者の状態を把握や明日の作戦の説明をするために本陣を離れて駆け回っている。2日目の夜、本陣のテントの中で一人座る。今日も疲れた。思わず大きなあくびが漏れる。
1日目はゴルジオ殿の負傷というビッグニュースがあったせいもあるだろうが、2日目の今日は全体的に勢いが小さかったように思う。戦の戦術などの細かいことはわからないが、相手の士気には終始圧倒されていたように思える。私たちは大いなる戦争をしている。世界が平和になるための最初の一歩だ。なのに士気で負けるというのはどういうものか……。メンデルさんはそんなものだといっていたが、本当にそんなものなのか?まあ、明日から負傷したゴルジオ殿が前線復帰するらしいから士気は多少戻るだろう。それにしてもゴルジオ殿はすごい。初日の伝令係の報告では全治半年の大怪我だと聞いていたのに一日休んだだけで再び戦場に立つとは……。そんな不死鳥のような男が味方にいて士気があがらないわけがない。
……いや、ゴルジオ殿に任せていいのか?私はこの戦で紅蓮旗団のまとめ役を仰せつかった。味方の士気を上げるのは私の仕事なのではないか?これは気の利いた一言を何か考えておかなければ……。兵の状態を調査しに行ったメンデルさんが帰ってきたら、いろいろ聞いてみるか……。
……それにしても外が妙に静かだ。ここは戦場だ。一日の戦いを終えて静かというのはおかしい。いや、遠くで騒いでいる声は聞こえる。だけど、本陣の周りが異様に静かだ。妙な胸騒ぎがする。最近ではなかったが、妙な胸騒ぎがする夜は決まって敵襲があった。いや、それは考えすぎだろう。私の戦といえば強敵から逃げるだけのものだったから、生死をかけた状況下に1日中、しかも2日続けていることなんてない。それにこんな大規模の戦に参加することがはじめてな上に、さらにこの軍の高い身分が与えられたのだ。きっと一日目は緊張しすぎていて何も感じなかったが、今日は2日目ということもあって少しなれて疲れが出たのかも知れない。そもそもここは陣営の中でも中心に位置する場所だ。敵襲なんてあるわけがない。それにメンデルさんもすぐに戻ってくる。問題はメンデルさんが戻ってくる前に眠ってしまわないかってことだ。檄なんかとばしたことないからな……。
……せめて……メンデルさんが……戻ってくる……までは……。
背中に衝撃が走り、目が覚める。背後に誰かいる。背中が妙に生暖かい一方、首元に冷たいものを感じる。
「お前がトルニエか?」
耳元にこもった声がする。
「ち、違う。誰だ!」
咄嗟にそう答える。そう答えたとき、ようやく今の状況を飲み込めた。こいつらが誰なのかは知らんがこいつらの目的がなんなのかははっきり。狙いはトルニエ様、もしくは……。
「暗殺部隊カラスとだけ答えておこうか。では次はこちらの質問だ。お前はスライルか?」
「……ああ、そうだ」
そう答えた、いや、そう答えるしかなかった。こうなったら私はどうにもならない。これは戦争だ。それもただの戦争じゃない、この世界の命運をかけた大事な戦争だ。覚悟は始めからしていた。ここでセイナーだと名乗ってもこいつは私を殺すだろう。それに本陣に一人でいるのだ。こいつらは私を只者ではない人物と判断するだろう。例え、トルニエ様やスライル様じゃなくても大きな痛手が出ると考える。どうせ死ぬにしてもうちの総大将と間違われて死ぬのなら、こんな名誉な死に方はない。それで少しでも敵が油断するのなら私の思う壺だ。私はやはりこの戦に勝つのに必要だったのだ。私がいなければここで戦が終わっていたかもしれない。私の命一つでこの戦が……。
「そうか。長旅ご苦労だったな……」
そういって背後の男が短刀を振り上げた。その瞬間、体は硬くなりすべての考えが吹き飛んだ。
どんなに自分の生き様を肯定し、どんなに自分の誇りと名誉を讃えても、結局、心から込みあがったのはたった一人のかわいい娘の姿だけだった……。
その夜の冷え込みがすべての熱を奪っていった。