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誕生6

バルヴァン

「ファル、お母さん、本当のことを言いに行こうと思うの。やっぱり兄さんのやっていることは許されることじゃないわ。」

「どういうこと?」

「あなたは知らなくていいわ。何があってもあなたは私が守るから。」

「わかった。母さんを信じているよ。」



「なんだと!殺す!クライムのやつ、絶対許さない!皆殺しだ!あいつの一族は皆殺しだ!お前もだ、クリーム!」

「でも、お願い。あの子はあなたの子だから!あの子だけは!」

「ええい、うるさい!数年前に確かにお前と関係を持ったことがあったが、あいつが、あのガキが俺の子である証拠なんてないだろ!」

「証明なんてできない。けど、それは間違いないわ!だから、お願い。あの子だけは!」



「何で母さんを殺した!」

「何でも何もない!あいつは俺を裏切った!裏切り者の一族だからだ!」

「母さんは違う。母さんは本当のことを言ったんだ!母さんは正直者だ!」

「ええい、ガキが!貴様に何がわかる!お前に俺の何がわかるって言うんだ!」

「わからない。俺は一生お前をわからない。俺はお前を殺す!いつか必ずお前を殺してやる!」



「坊主、こんなところで何やっている。風邪を引くぞ!」

「……。」

「こんなにやせ細って……。かわいそうだ、引き取ってやろう。来なさい。わしは剣の稽古をしている。君もうちの門下に入りなさい」



「バルヴァン!」

自分を呼ぶ声がする……。しかし、顔を上げることができない。ザンゾニスに斬られた傷口がズキズキしている。この強い痛み……。

「おい、バルヴァン、大丈夫か?」

「……、トルニエ様……。」

息をするのもつらい。絞り出した声でトルニエ様の名前を呼ぶ。しかし、地面に敷かれている絨毯はふかふかで心地いい。このまま眠ってしまいたいくらいだ……。


その昔、走馬灯が本当にあるならバルヴァンは何を見るのか。そんなことを思ったものだ。

まさか今更になってこんなことを思い出すとは……。

場所がここっていうこともあるのかな……。


俺はもともとこの国の財務大臣の家系に生まれた。俺のおじさんが財務大臣だった。俺は別にその家系の正統な跡継ぎではないし、ガルネシア王国の上流階級に過ぎなかった。母子家庭だったが優しい母に育てられ満足した日々を送っていた。しかし、そんな生活はある日突然激変した。俺は母親に連れられて突然この国の王子になった。それまでのいわゆる上流階級で何の不自由もない生活が一変、立場こそ上がったが不自由な生活になった。俺の名はファルニール。幻の王族……。


なんだかよくわからないうちに王族になり、なんだかよくわからないうちに王族ではなくなり、それからは戦場暮らし……。最後がこんなふかふかの絨毯の上で迎えられるなら今までの周りに振り回されてばかりの人生にも思い残すことはない……。いや、そんな風に割り切れるほど俺の人生は振り回されてばかりじゃない。予想もつかない作戦を立てて勝利をつかんでいくトルニエ様に出会って世界の広さを知り、無謀と思える夢を少しずつ現実にしていくスライルさんに出会って世界の鮮明さを知り、自分の目標に向かってひたむきに努力するグレンに出会って世界の深さを知った。せめて、せめて……、

「……グレンだけは!」


トルニエ様に声が届いたのか、トルニエ様は静かな声で答える。

「ああ、あそこに倒れている。剣は急所から外れているし、出血もそこまでひどいもんじゃなさそうだ。意識もしっかりしていたから手当てをすれば大丈夫だ。この戦争で再び剣を握ることはできなさそうだけどな……。お前の反対していた理由がようやくわかった気がするよ。」

体の力が抜ける。スライルさんも来てくれるだろうし、グレンの命は大丈夫なのだろう。なんだっていい、グレンさえ生きてくれれば……。それだけで俺は満たされる。


「問題はザンゾニスだ。もう敵兵はあいつしかいないが……、勝てる気がしない。今はボルドフが戦っているが……、防戦一方でどうにかなるとは思えない。ここまできてあいつ一人に負けるなんて……。」

トルニエ様が悔しそうに声を震わせる。ザンゾニスを倒さないと俺たちは負けるのか……。負ける?負けるってことは、例えスライルさんたちが来たとしてもグレンは、グレンの手当ては……。ここにいる人間を生かしておくわけない。例え生かされたとしてもその先に自由はない……。


今、ザンゾニスをやらなくては……。

そう思うとさっきまで一切動かなかった体に力が戻る。『俺』の体が動く箇所は?足はまだ動く、左腕は厳しいが右腕は問題ない。今、ザンゾニスを倒す方法があるとすれば……。

やるしかない。今まで積み上げてきたもののため、そして、これから積み上げていくもののために……。これが心だ、ザンゾニス。『俺』は弱くなってなんかない!


「トルニエ様、お願いがあります。」

トルニエ様の腕をつかむ。

「なんだ?」

「俺の名前はファルニール。」

「俺?どうしたんだ、急に?ファルニール?」

「ガルネシア王国の王子だった。」

「何の話だ!?関係ない話はあとでにしてくれ。……王子?お前の過去のことは知らないが……、なるほど、それでお前はあの隠し通路のことを知っていたのか……。」

「そうみたいです。今、すべてを思い出しました。あれは王族しか知らない避難用隠し通路です。」

「何でそれを今言った?ガルネシア王国に未練があるわけじゃないだろうな?」

「ええ、それはないです。俺も昔、この国を滅ぼそうと思っていたみたいですから。」

「それは傑作だな……。」

「本当ですね。」

横になったまま大きく深呼吸をする。肺が裂けているのか呼吸するだけで全身に痛みが走る。だけどさっきほどじゃない。

「この王宮を離れたおかげでいっぱい楽しいことに出会えた。トルニエ様たちと共に旅をしたこと、村を救ったこと、戦略を練って戦ったこと……、初めて育てた弟子のこと……、もう数えきれないくらい……。」

「……やめろ。お前はこの局面をどうするかだけ考えておけ」

震える声でトルニエ様はそう言った。これから『俺』がしようとすることを察したのかも知れない。だけど『俺』はやめないよ。『俺』はファルニールでもある、トルニエ様に従順なだけではいられない。そして、『俺』はバルヴァンでもある、この肉体は大切なものを守るために鍛えられてきた。


トルニエ様の腕を掴んでゆっくり起き上がる。

「『俺』からあなたに最初で最後にお願いがあります。」


すべての記憶が戻り、過去の価値観や思い出が一度に押し寄せ混ざり合った今、『俺』の覚悟は決まった。今のこの瞬間、ファルニールでもバルヴァンでもあって、ファルニールでもバルヴァンでもない『俺』のためにある。

『俺』は幸せだ……。



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