トラーノ、1
また惜しい人材を失ってしまった。トルニエ将軍、彼はガルネシア王国の治安維持や国境の防衛および拡大。何より彼の特殊部隊は寡兵でも必ず勝利をもぎ取ってくれる懐に優しい将軍だったというのに……。この乱世、優秀な軍人は自分の仕事をしているだけで軍事とは関係なく、ありとあらゆる面で活躍しているというのに……。
ガルネシア王はいったい何をお考えなのだろうか……。
自室でお気に入りの長椅子に腰掛け、シミ一つない美しい天井を眺める。
この世界は長い間ずっと混沌としている。私が生まれる前から、いや、私の父や祖父が生まれるもっと前から……。この大陸では毎日どこかで人が殺し殺され、食料や物資が奪い奪われている。ガルネシア王国に関しては、この大陸の25%程度の規模があり、大国であるせいもあって大きな問題は今のところない。わが国と同等の規模を持つもう一つの大国ボーネン王国とは政略結婚ということになっており、軍事によって脅かされる心配はない。しかし、それはあくまで現状は……の話である。ちょっとした歯車の狂いがいつそう言った事態を招くかわからない。過去にも栄華を誇っていた国が内側から崩壊した例はある。今のこの国の平和が安心して背中を預けられるものではない。そのためにも優秀な人材は宰相である私が守らなければならないというのに……。
現状ガルネシア王国を保つために必要な大きな歯車はしっかり機能している。
ガルネシアの財政を司る財務大臣のルードは自分の感情に正直すぎるところが玉に瑕だが仕事はきっちりこなす責任感がある。また、彼はガルネシア王国の大部分を占める平民の気持ちがよくわかっている。国に取り立てられている官僚のほとんどは貴族の出が多く、幼いころから特に不自由を感じることは少なかったはずだ。しかし、この乱世、不自由を感じることなく生きてきたものなんてほんの一握りだ。私にはわからない国民が本当に望むものに対して的確に少ない予算で提供している。王が大暴れしている昨今、それを国民に気付かせないような彼の国からのサービスのアイディアは脱帽ものだ。ガルネシア王国の首都であるキューレスは今やこの大陸一の街並みである。
軍事はソルナード総司令が国防や治安維持に尽力している。まあ、王の無謀な命令で他国を侵略し、その問題を解決しているだけなのだが……。私に愚痴をこぼすのはやめてほしいが……、まあ、それも宰相として私が王の暴走を止められないせいでもあるだろう……。それでもきっちり仕事をこなすあたりはさすがと言うほかない。トルニエは失ったがわが国には大陸最強と称される武人ザンゾニスがいる。ソルナードが言っていたことだが彼より強い男はこの世にいないそうだ。幸いにも我が国が接している国はどこも小国でありトルニエ将軍級ではなくとも十分な戦果を挙げられる。トルニエ将軍の抜けた穴を早急に埋める必要がないのはせめてもの救いだ。
現在の歯車がうまく機能しているうちに根本である王の目に余る暴挙を抑えたい。やはりその昔、王の教育係をしていたというファレンス様から王にお願いしてもらうしかないように思う。
……いや、それが叶うならとっくにやっているか。ファレンス様は王のご子息であるイーリス様やレポンス様に骨抜きにされており、今やただの好々爺だ。お願いするといつも歳を言い訳にされてしまう。ただ子供たちのそばにいたいだけなのはもはや王宮に勤める誰もが知っていることだ。お前はこの歳のつらさがわかるのか!?と言われたら返せる言葉を持つものは王宮にはおろか世界にもそうはいないだろう。
王国を運営していく上で人材の質はどうにかなっているが、王がずっとあのままだと長くはもたないだろう……。宰相として私はどうしたらよいのか……。
……おっともうこんな時間か。
今日は国王主催のパーティーがある。とりあえず王の機嫌をとっておかなければ、いつまたトルニエのような優秀な人材の首が飛ぶことになるのやら……。
パーティー用の礼服に着替えると再び王宮に向かう。