バルヴァン、1
「……。」
トルニエ様は何やら考え込んでいる。
トルニエ様は何を考えているのか……、バルヴァンにはわからない。ただ、トルニエ様には野望がある。まだ何も話してはいないが最初の台詞から察するに結構な大事のようだ。予定が狂ってしまうのはトルニエ様にとっても本意ではないだろう。ゲロの介抱をしてあげた貸しで、昨日の借りは返した。この段階でもう聞く必要はない。
しかし、トルニエ様の考えは違った。
「……お前は面白いな。具体的な話次第では協力してやってもいいぜ。それなりにあるんだろ、ビジョンが。」
「ええ。」
意見が違っていてもトルニエ様がそう判断するならバルヴァンはそれに従うだけ。
それからスライルとトルニエ様は革命の計画について長い時間語り合った。
彼らの会話はバルヴァンにはわからない比喩や例え話が多く、一緒にいたがほとんど理解できなかった。しかし、もともとバルヴァンの理解は関係ない。トルニエ様の決定に従うだけだから。
バルヴァンはほかの人にはない力があるがそれと同時に他の人にはあるもの……、感情、自分の気持ちがないとよく言われる。だけど、心なんて戦いに邪魔なだけだ。バルヴァンの師匠もそれがよいところだとよく言っていた。バルヴァンは人間兵器だ。その力を使うことがバルヴァンの存在意義で、それ以外のことは最高の武人であるトルニエ様にしたがっていればいい。
「うーん、全体的にお前の計画の立て方が甘いな!はっきり言ってそれでうまくいくとは思えない。お前の立てた計画で成功する気が全くしないし、直そうにも具体的にいい案はない。うーん……、原因は全体的に不確定要素が多いせいだな。失敗する可能性とその挽回方法も考えないといけないが……。」
どうやらトルニエ様はスライルの話に否定的なようだ。トルニエ様の目的を第一としたら、スライルの未来とやらは別にどうでもいいことだ。
「だが、気に入った!面白い!ガハハ、この高揚感!いいぜ!協力しよう!」
やはり、トルニエ様は時々わからない。どうやらバルヴァンたちは彼の計画に協力することになったようだ。バルヴァンたちはトルニエ様の部下であり手足。トルニエ様の決定には逆らわない。
「本当ですか!?」
スライルは念を押すように確認をする。最初はトルニエ様に対して懐疑的な目を向けていたが、今ではすっかり打ち解けている。それにしても、バルヴァンが聞いてかろうじてわかる範囲ではこの作戦の成功率は無に等しい。トルニエ様然り、スライル然り何を考えているのかわからない。きっと思考とは別のところに彼らを動かす何かがあるのだろう。バルヴァンにはわからない。
「ああ!俺は武人だ。戦いの中でしか生きられない。ガルネシア王国を抜けた今新しい戦場を求めていたところだった。ワクワクしてくるぜ!これでお前が新しい俺の主君ってわけだな!」
「忠臣二君に仕えずって言葉を知っていますか?」
「それをお前が俺に言うの?お前のお願いを聞くのをやめてもいいんだぜ。」
「あっ、えーっと、そういう意味じゃありませんよ。私たちは対等ということです。」
「……まあ、そういうことにしておこう。……絶対俺をからかっただけだろ。」
二人はすっかり仲良くなったようだ……。
トルニエ様は一息つくと両膝を叩き立ち上がる。
「よし、飲むか!」
「何ですか。酒盛りですか?このタイミングで?私ちょっと頭痛いんですけど……。」
「酒盛りをするのはお前の夢が叶った時だろ!今はその時の一杯のために仕込みを入れるんだよ!」
「仕込み?あなた酒を鋳造できるんですか?」
「馬鹿ちげーよ!誓いの乾杯だよ!常識だろ!」
「すみませんね。常識知らずで……。それで?」
「いいか。誓いを立てた後、酒を開けて飲むんだ!そして、その誓いが、夢が叶った時、つまりこの話で言うところだと世界を見下ろせる場所でまたいっぱい酌み交わすんだよ!武人は戦の前によくやるんだぜ。その酒の味をもう一度味わうためにやるぞーって気になる。」
「あー、武人の常識だったのですか。道理で知らなかったわけです。皆が武人の常識を持っていないという常識をあなたは知らないんですか?」
「ガハハ、減らず口だけは一人前だな!まだ酒が残ってんのか?」
「ええ、痛みだけですけどね」
スライルは頭を指差すと二人は声をあげて笑った。バルヴァンも二人のやり取りを見て鼻で笑った。
トルニエ様に言われたとおりにバルヴァンはとりあえず昨日トルニエ様が安酒と馬鹿にしていた一升瓶を持ってくる。
「トルニエ様、お持ちしました。」
トルニエ様に手渡すとお猪口を三つ用意する。持ってきた一升瓶をスライルさんが興味深げに見つめる。
「この酒は?見たところ安物のようですが……。」
「いいんだよ。この酒は誓いの酒だ。お前の夢が叶う時まで俺は酒を飲まない。この酒が最後で、最初になる酒だ。」
「禁酒の期間は長くなると思いますよ。」
「覚悟はできてるさ。」
「まあ、確かにあなたの場合、飲まない方がいいかもしれませんね。今、思い出しましたが、あなた、飲むとひどいバカになりますよね。」
「余計なお世話だ!」
「「乾杯!」」
二人で声を合わせて一気に飲み干した。
バルヴァンの見立てではこの夢が叶う見込みはない。
それでもトルニエ様が本気を出したらその限りなく0に近い可能性でも実現できるかもしれない。
それは数年後か数十年後か……。
そのときこの酒はどんな味がするのだろうか……。
バルヴァンはそのときにこの酒が悪くなってないことをただただ祈る。