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スライル、1

出会えた喜びの勢いで自己紹介はしたものの……。トルニエ、ここに来る途中で出稼ぎに来ていた商人からは戦に強い人物と聞いたのだが……、私の思っていたイメージとだいぶ違う……。むしろ隣にいる体格の良い男の方がよっぽどトルニエのイメージに合う。

トルニエに会ったことはないが彼の名を知っているという人は多かった。それが実際にはただの感じ悪い酔っ払いでしかない。あの商人にガセネタを掴まされたのだろうか……。

……というかそもそも自称トルニエはなんで飲み屋のオヤジと喧嘩などしているのだろうか。


自己紹介した後、立て続けに何か言えばよかったのだが偽物疑惑が頭に色濃く残ってしまい、発言するタイミングを失った。トルニエもまた私を見て誰だという疑問の表情を浮かべており、トルニエと喧嘩していた店長は私とトルニエの顔を交互に見ては状況に困惑しているようだ。私の介入により酒場にいる人々は3人の誰かに視線を向け固唾を飲んで見守っている。ここが酒場とは思えないほどの静寂だ。私が何かを言わなくてはならないのだろうけど、ここからなんて切り出せばよいのだろうか……。

「すみません。お金、払います。酔っぱらいの戯言、許してほしい。」

悩んでいる数秒後にトルニエの横にいた体格のいい男が店長にそう切り出した。


お金を払いますって、トルニエは無銭飲食しようとしていたのか?ますますその辺の荒くれ者と大差ない。本当にこの男はトルニエなのだろうか……。

それにしてもこのトルニエの隣にいる男の雰囲気は異様だ。具体的にどこがとは言えないが人としてどこか違和感がある。


その男が口火を切ったことで話しやすくなったのか、

「なんだよ、戯言って!大体飲んでねぇーものの分も払うとかありえないだろ!」

トルニエは激しい口調そう言った。

飲んでないもの……、あのジョッキに並々注がれているビールのことか?

どう言った経緯で今に至るのかは知らないが無銭飲食ではなく、あの分の支払いだけが問題になっているのか……。飲んでない分の支払いを拒むのもわからなくはないが……、この男、驚くほど器が小さいな……。おおよそ世界に名を馳せた将軍本人ではないと見た。そもそもダメもとで来たのだ、結果ダメだった、それだけだ。


すぐにでもこの場を離れたかったが私がトルニエと発言したことで妙な空気になった手前、このまま店を出て行くのもなんだか気まずい……。

……仕方がない、このトラブルくらいは解決してあげますか。

「店長、これは私が飲みます。はい、お代。」

そう言って店長に手持ちのなけなしのお金を渡し、子供じみた熱気にさらされて若干温くなっているビールを一気に飲み干した。

この行動は本当に正しいのだろうか……。私のこれからが心配だ……。


胃の底から込み上げる何かを感じるとともに視界がどんどん狭まってくる。

数年ぶりのお酒の一気飲みは体に悪い。


目の前が真っ暗になった。



「ここは!?」

目を覚ますと私は箱の上に布を敷いただけの簡易ベッドに横になっていた。部屋に置かれているものもほとんど壊れているし蜘蛛の巣やほこりが至る所に見受けられる。横を向くと体格の良い青年が傍らで本を読んでいた。私はそのまま起き上が……、痛たた、体を動かすと頭が割れるように痛い。

「目が覚めましたか。え~と、確かスライム……さんでしたか?……大丈夫ですか、なんだか顔色が悪いですよ」

青年が心配そうに顔を覗き込む。

「スライルです。心配には及びません、ありがとうございます。」

かなり調子が悪いが見栄を張ってそう答えた。確か昨日何かあったような……。頭が痛い。

「失礼しました、スライルさん。そのままでいいので少々お待ちください。あなたの目が覚めたらお呼びするようにトルニエ様に言われていまして……、すぐ戻りますので。」

そうだ思い出した、トルニエと言う人物を探していたのだ!

「私が……。」

ベッドから飛び降りようとするが、……うう、頭痛が痛い。

「いえ、あまり調子がよくないようですのでそこでお待ちください。すぐ呼んで来ます。」

そう言って青年は部屋を出て行った。


ここに来る途中で出会った商人にガルネシア王国の将軍と同じ名前の男がこのあたりの酒場で見かけたという話を聞いて訪ねてきたのだが、どうやら目的の人には会えたらしい。酒場の入り口まで行ったところまでは思い出せるが、その後の記憶が定かではない。しかし、どうやら昨日の私はうまいこと接触できたらしい。心が変にざわついているのは気のせいか?

部屋に一人残される。この部屋の内装があまりに汚い。将軍と言えばその国では相当信頼に熱い人物のはず。こんなボロ屋で生活しているなど普通はあり得ない。いや、何でも構わない。贅沢は言ってられない。偽者ならそれまでだ。万が一、本物だったら私の夢に対して誠意を見せねばなるまい。なんにせよ、見極めなくてはトルニエが私の新しい夢を託すに値する人物かを……。


しばらくするとがさつそうな男と先ほどの青年よりも体格の良い男が部屋に入ってきた。どこかで会ったような……。そんなわけないか。

そんなことはいい。がさつそうな男の方はともかく体格のいい男からは一朝一夕では身につけられないような百戦錬磨の口では形容しがたいオーラのようなものを感じられる。この人が本物のトルニエだ。私の直感がそう告げている。


「あなたがトルニエですか?」

最後の確認のために私は体格のいい男に尋ねた。

「ああ、それにしてもお前……、酒弱いのな!」

なぜかがさつな男が答える。あなたではな……、お酒?ああ、この頭痛はそう言うことか……。武人は大酒飲みが多いと聞く。どのくらい飲んだのかはわからないが記憶がないのもこの男に相当飲まされたのだろう。

「最近お酒を飲む機会がなかっただけです。本当にトルニエなんですよね?」

確認が取れなかったのでもう一度聞き直す。

「そう言ってるだろ!まだ酔っ払ってんのか?」

……ん?何でさっきからこっちが答えるのだ?あれ?もしかして……。

「彼は?」

体格のいい男に目線で誘導する。戦いに関して素人の私にも見える強烈な武のオーラを放っている。自称トルニエよりもはるかに武に長けた人物だと思える。ただ、今まで見たことないほどとても冷たい目をしている。

「ああ、こいつはバルヴァン、俺の部下だ。」

部下?こちらの方が強そうに見えるのに……。

「バルヴァンさん、私はスライルと言います」

バルヴァンさんは何も言わず頭を下げた。何考えているかわからない……。


その後自称トルニエと他愛のない話をする。内心、この人たちは……、たぶん私の理想を叶えることができないだろう。また旅に出なくてはと心の中で思っていた。しかし、突如として自称トルニエの目つきが変わる。ぎらついた目だ。

「それで?俺に何の用だ?大事な話なんだろ?お前にとって。」

「どうしてそう思ったのですか?私何か言いましたか?」

私が話すに値しないと思った時にすんなり別れられるようにまったく関係のない話しかしていなかったのに……。

「昨日は酔ってはいたがちゃんと記憶はある。お前と違ってな。お前は俺がトルニエと知ってから近寄ってきただろ?けどガルネシア王国の追手という感じはない。」

追手?ガルネシア王国の?この男はガルネシア王国に追われているのか?本物の将軍なのか?いや、もしかして偽者を名乗ったせいで……

「追手なら俺にわざわざ正体を確認して接触する必要はないし何か密約するなら密書を持っているはずだが、それもない。ああ言い忘れたがお前が寝ながらゲロ吐いていたときにお前の荷物はほとんど見させてもらった。となるとお前は俺に会うために……、俺が持つ何かに賭けて俺に会いにここに来たんだろ?」

この男よく観察している。本当に偽者か?

「なるほどその観察眼があなたを百戦錬磨と言わしめる所以ですか。面白い。」

商人から聞いていたトルニエの戦闘スタイルには観察が必要だ。その観察眼がこの男にはある。それに暗殺、密書なんて言葉がそう出てくるものではない。それを警戒しているということは少なからず大物であることは間違いない。この男、私の直感に反し只者ではないようだ。それにしても寝ながらゲロ吐いていたの、私?

いや、私も切り替えなければ、戦に強い人に会いに来たのは私の今後の人生のすべてをかけるほど大事な話なのだ。


「ビールの礼もあるしな。お前の持ち物を全部見せてくれ。その切り札をな!」

「そうですね。せっかく大物会えたのに手ぶらで帰るのも失礼ですからね。私の土産を受けっとってもらえますか?」

「そいつは中身次第だな。」

私も覚悟を決めなくては、世界を変える覚悟を。

「恥も外聞も見栄も虚勢も捨て、無理も無謀も無茶も非現実的なことも承知でお願いがあって参りました。私に力を貸してください。この世界から戦争をなくすために!そして未来を守るために――。」



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