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トルニエ、1

「なんで俺がこんな辺境の街でひっそりと飲まないといけないんだよ!ふざけんな!なあ!バルヴァン、お前もそう思うだろ!」

ジョッキに残っていたビールを一息で飲み干し、そのまま無造作に大きな音を立ててテーブルに叩きつける。こんなどことも知れない小さな酒場では酔おうにも酔えない。

「トルニエ様、追われている身、声、大きい。」

無表情なまま向かいの席で注意するバルヴァンの淡白な答えにも少し腹が立つが……、まあ、こいつは初めて会った時からこんなだったから今更それを言っても仕方がない。

そもそもの原因にバルヴァンはまったく関係ないわけで……そうすべては!


「これもすべてガルネシア王国の馬鹿な王様のせいだ!俺を無期限謹慎!?こんなに献身的にあの国のために戦ってきたっていうのによ!武功ならソルナードを含めたとしても一番高いこの俺が!」

そうあいつだ!ガルネシア王がすべて悪い。なんだよ!嫌いって!別に俺のことが嫌いでも構わんがそれが理由で無期限謹慎はおかしいだろ!謎の王命が下されたその日の夜に数人の部下を連れてガルネシア王国を出た。そして、今日で2週間がたつ。ここ2週間はガルネシア王国の国境付近の小さな町で世界の情勢を見つめつつ、ひっそりと身を隠しているが何も進展がない。

「すべてが台無しだ!」

「トルニエ様、ひっそり、できていない」

発狂せずにはいられない俺とは違いバルヴァンは冷静に俺をたしなめようとする。俺のとばっちりで国を追われたバルヴァンがこんなにも冷静な態度でいられるのは、彼に感情というものがないからだろう。弐刀天承という剣術は心を無にし、己の肉体を剣と化す。その最後の修行で失敗してバルヴァンは特に感情の起伏が乏しくなってしまったらしい。そのおかげと言うのも変だが戦の時に熱くなるとまわりが見えなくなってしまう俺はバルヴァンを見て正気を取り戻すことも多い。今日、この酒場にまったく会話にならないバルヴァンだけを連れてきたのも俺が荒れることが目に見えているからに他ならない。

ただ、まだ、このストレスを収めるには早い。このストレスは溜めておいたらどうなるかわかったものじゃない!

「それなりに戦経験があれば味方はもちろん敵国にもガルネシア王国のトルニエ将軍の名を知らないものはいない。それを何だ!俺がお前を嫌いだからだ、だと?ふざけるな!しかもこっちの言い分は聞く耳を持たない!何がどうなってそうなった!」

「トルニエ様、店の主人、困ってる。」

バルヴァンがそっと袖を引っ張るが、こうなったら誰も俺を止められない!

「関係ねー!だいたい俺は武人だぞ!戦場の中でしか生きられないというのに!俺の死に場所は戦場だ!それをあのクズ野郎!ふざけるなとしか言いようがないだろ!」

胸の中に溜まっているものを一気に吐き出す。

毒を体内に溜めておくのはよくない。少しスッキリするとだんだん落ち着いてきた。


「トルニエ様、他のお客さん、笑ってる。」

バルヴァンの言葉を聞いてふと周りを見ると確かに客はちらり盗み見しては声を出さないように笑っていやがる。

……クソ!俺は酔っぱらいオヤジじゃねぇ。見世物じゃねぇーぞ!


「オヤジ!ビールを追加で頼む!」

どっちにしろここで暴れるわけにはいかないことはわかっている。できることと言えば飲むことだけだ!飲まなきゃやってられねぇーよ!

しかし、俺の気分とは反対にバルヴァンが首を横に振る。

「トルニエ様、無理。お金、ない。」

そんな馬鹿な!どうせ戻れないと思ってガルネシア王国にあった家から持てるだけの金を持ってきたんだぞ。酒を飲んだだけでなくなるわけない。この店に持ってきた分がないということだろう。

「うるせー!だったらバーナフでも、ボルドフでも、誰でもいいからここまで持ってきてもらえばいいだけだろ!こっちは飲まなきゃやってらんねーんだよ!」

「トルニエ様、言ってた、無駄遣いしない、今後の目途立つまで」

「武人には現場で起こる突発的な問題に対して臨機応変な対応が必要なんだよ!」

「酒ある、隠れ家、戻れば。」

「ああ、家から持ってきた飲みかけのあれか!あんなの安酒じゃねぇか!」

「安酒も酒。トルニエ様、酔う、マヌケになる。今襲われたら、終わり。」

バルヴァンが断固として首を横に振る。

話し方は単語の羅列でバカっぽいが頭は切れる。戦では俺の立てた作戦の意図を即座に理解し行動に移すし、俺が理に適っていないことを言えばこうやって指摘する。結局のところ、無表情でろくな話し相手にもならないバルヴァンに財布を持たせて飲みに来るのはそういう理由だ……。

「チッ、わかったよ!帰るぞ!」

隠れ家に戻って朝まで飲み直すか。


帰ろうと席を立つと

「ヘイ、ビール!」

とドンピシャなタイミングで店長がまたうまそうなもんを持って来やがった。残すのはもったいない……、ええい、飲んじゃ……。チラッとバルヴァンを見ると怖い顔でこっちを見ていた。

「すまんがこいつはキャンセルだ!」

「それは困りますね、お客さん!」

食って掛かるような顔で店長が返す。なんだ?キャンセルしたくらいで見せる表情じゃない。だが関係ないね!何せ俺は!

「俺は泣く子も黙るガルネシアのトルニエ将軍だぞ!」

「はいはい、さっき聞いたよ。それがどうした!飲まなくてもいいが金は払えよ!」

店長は依然強い口調で返す。何だこいつ。なんでそんなにイラついているんだ?

「お前さっきから馬鹿みたいに大声出しやがって……。テーブルもガタガタ揺らすし、いい迷惑だ!」

さっきまで笑っていた客もいつの間にか静かになっている。


言い終えた店長はそれ以上何も言わずこちらをにらみ続ける。酒場とは思えないような嫌な静寂が漂う。別に一杯ぐらいならいいじゃないか?余計な出費といってもビール一杯分だし。これはもう飲むしかないんじゃないか?

目の前に金色の液体に目が奪われていると不意に名を呼ばれる。

「あなたがトルニエですか……。」

俺を呼ぶ人間。その口調は明らかバルヴァンのものではない。声がした店の入り口の方を見ると野次馬の男が何人かいたか、その中で誰が言ったのかはなんとなくわかった。一人だけ言葉では説明できないが見ただけで明らかに只者ではない雰囲気を醸し出している。一瞬で俺が警戒するほどに……。だが一方で帯刀こそしているが武人ではないこともわかる。その剣は使われたことはおろか抜かれたこともないように見受けられる。

目的は何だ?敵意があればバルヴァンが何らかの構えを見せるが……バルヴァンも不思議な雰囲気に飲まれ、ただ見ていた。


「初めまして、私の名はスライルです。」

男は軽く会釈をする。そう言われても聞いたことの名だ。

「はあ……、俺はトルニエだ。」


この出会いが俺の運命を変えていく始まりになる。




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