ファレンス、4
ここで悔やんでいても仕方がないことじゃが、わしはこれからどうするべきなのじゃろう。
いや、それもわかっている。逃げているだけじゃ。わしにできることは王が変わってしまった事件を知り、理解し、その上で王を包み込むこと。この歳まで生きていることが不思議なくらいでおそらくわしには時間がない。生きているうちに王への贖罪を……。それがわしにできること、そう思って今日はここに来た。
もう30年も前の出来事ではっきりと思い出すこともできない。でも王妃のお腹は前より少し大きくなっていたかもしれないし、それは単に太ってきただけかもしれない……。映像として残っていればよいのだがそればかりはどうしようもない。曖昧なことを語る意味はない。確かな証明が必要だ。
誰も口には出さないが王がこういうふうになってしまったのは私が勉学しか教えてこなかったために、ちゃんとした人間ができていなかったせいでもあろう。こちらに戻って来てもちゃんとした指導をしようとしなかったのは王の変わってしまった姿に少なからず心を痛めたからだと思う……、それだけではないと思うが……。結局、わしは立派な教育者などではなかったのだ……。
ただ、それと今の話はまったく別の話じゃ。
「ファレンス様はどうしてそう思うのですか?」
と素っ頓狂な顔でルードが質問してくる。何やらわしの言葉に救いを求めているような……。これだから庶民は……。
「それならば仮にXが存在していると仮定しよう。今までそんな噂を聞いたことがあるか?わしがここを離れている間もお主らはこの国にいたのじゃろう?」
「私は聞いたことはありませね。そもそも事件が起こったのが30年も前となると私なんかはまだ10歳児程度の子供でしたからね。……わかりかねます。それに私の父は感情のない殺戮兵器なんて言われておりまして、そう言った中枢とは縁がありませんでしたので……。私が前の総司令に弟子入りした後も聞いたことありません。」
ソルナードは残念そうに溜息をつく。
「私も下級貴族でしたので当時の王宮の内情については……。トラーノさんなら知っているんじゃないですか?彼はなんせサラブレッドですからね。」
そう言ったルードがトラーノを見る。元からルードに何かわかるとは思っておらん。
「……私も聞いたことはありませんね。」
「じゃろ?何よりわしが聞いたことがない。教育係がダメになったからと直接指名されて呼ばれたわしさえもじゃ。育ての親と言っても過言ではないのに、王自身が苦しくなったときに呼び出されるほどであるこのわしが、子供が生まれて連絡の一つも寄越さない無礼者に育てた覚えはない。じゃからそんなことがあり得えないじゃろ。」
すみませんとソルナードが手を挙げ、
「今のこの国の中心になっている人物の中で誰も知らないということは意図的な何かがあったと考えるべきです。現に今の王の暴挙の数々を国民が知らないように当時もおそらく箝口令を敷かれているか、知っている者はすでに王に処分されたという可能性はあるのではないですか?」
「ああっ!」
それを聞いていたトラーノがかなり驚いた表情で大きな声を上げる。
「私が宰相についたのもそのころです。私の父上は王に楯突いて処刑されたという話を聞いていたが……、もしかしたら……。タイミングにはあっているかもしれません。」
「なるほど我々が40代という若さで国を牛耳るポジションにいるのもそのおかげかもしれませんね。」
ソルナードがうなずく。そうじゃろう、何かはあったじゃろう……。それは間違いない。
「ふむ、確かに何かはあった……。じゃがそれがXと言うことはないじゃろ。まず誰にも知られないというのが本当に可能か考えてみよ。王に子供が生まれたということはすなわちその子供はこの国を次の世代を背負って立つ使命があるわけじゃ。それを実は生まれていて大きくなっていきなりこの人が次の王ですと言われて誰が納得するのじゃ……。敵にいつ滅ぼされるかもわからない小国と違い、ガルネシア王国は今まで存亡の危機に瀕したことすらない。つまり、生まれた時点で国民が総出で祝福するはずじゃろ?けど誰もお祝いした記憶はない。その場にいなかったとしても世話になったわしにそう言った連絡の一つも寄越さないというのもあの時の王ならば考えられない。さらにソルナードの言う陰謀論が本当ならそれは生まれた時点から隠されていたということになる。これだけの矛盾をどう説明するのじゃ?」
「……それは。」
そのままソルナードはもごもごしていると、ルードが嬉々として大きな声で話し出た。
「そうですね!ファレンス様!確かにそうです!私がイーリス様を直接見たのは王宮に勤めるようになってからですが、存在は勤める前から知っていました。イーリス様が生まれた、レポンス様が生まれたといううわさを街で聞いたことがあります。側室の子と言うことであまり盛り上がってはいませんでしたが……。誰にも知られずに出産するなんてことありえない!それもおそらく第1子ですよね、Xは!2番目3番目は跡目争いで国が割れる恐れがあるため、意図的にということはあっても第一子は考えられない!」
「まあ、そう言うことじゃ……。」
正確にはイーリス様やレポンス様の母親は側室ですらないが……。それにしても声がでかいのう……。
「これは参りましたね」
トラーノが腕を組んで考え込む。
「結局、わかったことはファレンス様がいなかった10年間に何かあったということだけですね……。」
ソルナードが手で額をこする。完全に話し合いは行き詰ってしまった。
トラーノがしばらく眉間にしわを寄せて考えていたがゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「これはもう……原因の特定は諦めた方がいいですね。対策面についてのみ考えていきま――。」
「それは待つのじゃ!」
思わず立ち上がってしまった。でも今、その対策の話をすることだけは避けねば……。この対策について考えてしまえば行き着く結論は一つ……。もともと王はフォローできないくらいに人を殺しているし、今の若いものからすれば庇う価値もないクズだと思う人がいてもそれは不思議ではない。
ただでさえ今の話し合いは硬直してしまいどこにも進みそうではないし、何よりこの国がよりよい方向に向かうために王の過去に目を向ける意味もない。ここでそう言う話になるのも、トラーノの気持ちもわかる。
でも王がああなったのはわしの教育が間違っていたからかもしれない。じゃが、だからこそ……。
「トラーノや、気持ちはわかるがそれはすべてわかってからでも遅くはあるまい……。頼むもう少しだけ老い先短いこのジジイの願いを聞いてはくれぬか?」
押しに弱いトラーノに深々と頭を下げる。
すまんな。お主の気持ちもよくわかるのじゃが……、今はわしもわしの過去に決着をつけねばならんのじゃ……。
わしが育てた子供たちの何が失敗で成功だったのかをはっきりさせなければ……、死ぬまでわしは教育の探求者じゃ。
しかし、まさか、この後……。




