トルニエ、4
教壇ねぇ……。
まさか俺の人生に人前で教鞭を振るう日が来るとは……、考えたこともなかった。確かに今後も俺は戦術を売っていかなければならない。戦術論を教えることで俺の分身みたいなのが増え、一度にもっとたくさんの戦場で今と同じことできるようになる。そのためにこうして戦争孤児を集めてまとめて面倒を見るというのも間違いなくいいことだ。スライルと会ってからというもの初めてのことばかりで今までとは全く違う楽しさがある。
しかし、問題は俺の教え方もそうだが、役に立つ戦術を編み出せるほどの頭が子供にあるかどうか、また戦術に限らず座学でたくさんの知識を学ぶよりも一度実践に出た方が得る者は大きいということだ。ここで様々なことを学んだところで実際の戦場に出て活躍できるかはまた別物だ。これは本当に必要な講義なのだろうか……。俺たちについて来させたほうがよっぽど有意義だし、実践的だ。まあ、それだけ足を引っ張られるという問題もあるが……。
「でかい図体して何悩んでいるんですか!とっとと行きなさいよ!みんな待っていますよ!」
スライルが思いっきり背中を叩く。大した力もないくせにかなり痛い。
「そんなことを言ったってよ。俺がここで教鞭をとることが本当に将来役に立つのか?」
「そうじゃないでしょ、あなたが抱えているのは。もっとちっぽけなものでしょう。」
こいつはまったく、何でも分かっているみたいだ。そうだよ、ぶっちゃけ、なに言ったらいいかわからん!彼は皆子供大きくても10歳くらいか……。戦で出会う敵でも味方でもない雰囲気だし……。単純に……接し方がわからない……。
「それに年齢だけ言ったらほとんどがあなたのストライクゾーンでしょう。」
「やめろ!」
俺は子供がすきなんじゃない、あのメリハリのない体がすきなんだ!
いいだろうが緊張したって……。子供と接する機会なんてないんだから。まあ、廊下にいるとこいつがうるさいだけだ。
大きく深呼吸をすると教室の扉を開ける。人生の新しい1ページだ。
中には羨望のまなざしで見つめてくる子供たちが……、ま……眩しい。だが、それが幼さであり、そこがいいところだ。呼吸を落ち着かせよう。はっきり言って戦場よりも緊張する。
「はい。俺の名はトルニエだ。」
……。
沈黙のみが流れる。何だこの雰囲気……。てっきり『こんにちはー』って帰ってくるもんだと思っていたが、見た目からは考えられないほどドライだ……。どうしたらいい?こんな大勢の前に立たされて俺は何をしたらいいんだ?好きなものとか話して関係を……、今までの経歴なんかを……。どうすれば……。敵だったら蹴散らすし、味方だったら士気を挙げるような声をかけるのだが、うまく頭が回らない。
教室の後ろでスライルがニヤニヤしながらこちらを見ている。
むかつく。
もうわからん。理解とかそういうのはどうでもいいからとにかく言いたいことだけ言って終わりにしよう。一回目なんてこんなものだろう。
「ええっと、戦における戦術論という授業をする。この授業は自分よりも力が強い相手や自分たちよりも人数が多い相手を倒す時に必要なことだ。簡単にいってしまえば君たちが俺を殺そうと思ったらどうする?じゃあ、君は?」
とりあえず目の前にいた子に尋ねる。驚いた表情をしたがすぐに真剣な表情になる。
「風のような速さで背後に回り、一瞬で首を――。」
「不正解。」
この子は何を言おうとしたのかわからないが現実的ではないのは風のような速さの時点でわかった。
「まず魔法はなしな!今の自分がってことで!あと風のような速さだろうと君が敵意を持って近づいた時点で俺は気づく。じゃあ次、隣の君!」
さっきの変な子の右隣に座っていた細身の子に振る。
「え……、僕?無理だよ……、無理です。」
まあ、確かに君に殺されることはないだろう。なんか覇気とかないし……。そう言う趣旨の質問だけど、なんか頑張ってほしかったな……。
「まあ、そうだな。自分より強い敵を倒す方法を今後俺の授業ではやっていく。今日は最初だから今度からどういうことやるのかだけわかればいいぞ。今日は短いけどこれで終わり。」
そう言うと教室の外に出る。
「3分くらいで終わっちゃいましたけど、上出来じゃないですか!次は60分お願いします!」
スライルがにやついた顔で近寄ってくる。
「うるせー!無茶言うな!」
このわずかな時間ですごくのどが渇いた。向き不向きか?何回かやっていくうちに慣れればいいのだけど……。いきなり60分は無理だろ!分かれよな!……あっ、からかっているだけか!クソ!こいつここぞとばかりに!
ああもういい!久しぶりに連絡が来て今日はガルネシア王国に残してきた部下に久しぶりに会う。こんなこともう気にしてられるか!
「トルニエ様!」
生徒の一人が声をかけてくる。さっきの変な子のその左隣に座っていた子だ。
「どうした?」
「いえ、僕も戦術に興味があって……。トルニエ様の授業が次いつなのか気になって……。あっ、これ。あの水です。」
そう言って水の入ったコップを手渡される。
「ええっと、言ってなかったか?明日だよ。なあ、スライル、俺言ってなかったか?」
「言ってはいなかったですね。ただ掲示板には告知しておいたはずですけど……。」
「だよな。君、喜んでくれるのは嬉しいが自分でできることは自分でやらないとダメだぞ。」
スライルが俺の肩を軽く叩く。
「私先に教員室に戻っていますよ。それとあまりいじめないでくださいよ。悪気はないのだろうから。」
仕方がないかといった表情でスライルが立ち去る。わかっているけど、俺もいっぱいいっぱいなんだよ!
「はい、すみません。」
「まあ、済んだことだ。俺も初めてで緊張していてな。さっきはああ言ったけど直接そう言ってくれると嬉しいよ。水まで汲んで来てくれたしね。俺、ちょうどのど乾いてたんだよ。……これ普通の水だよな?」
もらった水を一気に飲み干す。
「ありがとな。うまかったぜ!」
コップを返すとその子はニヤリと微笑んだ。
「飲みましたね?」
従順そうに見えていたその子の雰囲気が急に変わった。
「さっきの授業の続きですよ!さっきの水には毒が入っていたんです。」
「何だと!」
さっきの水は無味無臭だった、飲む前に嫌な感じはしなかったし……。
いや、それはあくまで俺の感覚の話……。
緊張からの解放で気が緩んでいたことも確か……。
それで気づけなかったことがあったとしても……。
あの授業を終わってからの短時間で毒入りの水を準備できたのか……。
毒はどこから?
体調は?
変な汗が出る。
俺がこんなところで……。
「……というのはウソです。ただ肉体的に敵わない相手を殺す方法としては正解ではないですか?」
……そういうことか。
「正解……の一つだ!毒殺それも手渡しされたもので目の前にいて成功させるには君と俺の間にある程度の信頼関係がないと成立しない。知らない人からもらったものを何のためらいもなく口にはできないだろ?」
その子は少し肩を落とす。違う、こんなの負け惜しみだ。
「まあ、なんにせよ。この授業は君の勝ちだ。」
俺がこんな子供の裏を読めないなんて……。
「俺の授業をちゃんと聞いて、いろんな知識や考え方、発想を広げられれば君は大賢者になれるよ。」
この子の成長は非常に楽しみだ。スライルはずっと昔からこの感覚のことを言っていたのだろうか……。人が成長していくのを見守る楽しさというのは……。
「困ったことがあったら何でも俺に相談しな!ええっと、名前は?」
「キーデル。」
「あとキーデル!武人は戦でしか輝けない。いつでもさっきみたいな模擬戦を仕掛けてきていいぜ!」
これがあいつの本当にやりたいことか……
なるほど、悪くない。