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バルテニー、3

この前、旅先で商売をしていたところセイナー新聞なるものをもらった。

紅蓮の旗が友好条約を結ぶ。

奪う奪われるのこの世界で友好条約を結ぶことは珍しいことではない。利害が一致する人々が手を取り合う。弱者が強者に勝つのに数の力に頼るのは最も手っ取り早い方法だ。

しかし、これはすごい。直接会ったことがない集団が刃を合わせることなく友好条約を結ぶなんて……。この例は特殊なケースだろうがそれでもその一回が存在すること、そして、それを多くの人に知らせること。できる人がいるということを知るのが他の人にどれだけの勇気を与えることか……。


……スライルか。


そんな世の中になれば私ももっと戦争に関わるものではなく、もっと実用的なものを安全に売ることができる。数年前に工事をしていた大工の持ち物のように……。

いや、平和がいいに決まっている。私以外にもこれを読んで何らかの思いを宿した人はいるはずだ。知った人々がいる、共感した人がいる。それはいつかそんな時代が来る兆しではないだろうか。私が生きているうちかはわからないが……。

私は商人として生きていく、親がそうだったから、そしてその親も……。そして、私の子供もその子供もきっと商人として生きていくのだろう。商人とは常に顧客のニーズにこたえていかなければならない。そして、常に時代の先を見ないといけない。クードル博士の発明品に出会えた私はおそらく商人として大成できる。


新聞を畳み、カップに残っていたコーヒーを飲み干し、博士に会いに帽子をかぶらずに家を出る。私の家系の中で私ほど成功する商人はいないのではないのだろうか。一族一の出世頭はこの私、バルテニーだ!


といつも強気で家を出るのだが……。

はじめてこの山奥のクードル研究所に来たのはもう数年前だ。私は旅商人である以上、この街にいつまでもとどまってはいられない。自宅に帰るたびにめったに会えない妻の冷たい視線を感じながらこの研究所を訪ねるのだが……。まだクードル博士ご本人に一度もあったことがない!今日も来たがあと何日もしないうちに次の街に向かわないといけない。


この研究所の扉をノックするといつものように、

「こんにちは!あら、いらっしゃい!バルテニーおじさん!」

と元気いっぱいな女の子は出てくるのだが……、今日もクードル博士は外出中らしい。前に一度、一日中研究所内で待たせてもらったこともあるがその日ですら会えなかったことがある。もはや、会いたくないだけではないだろうか。この研究所は研究施設だけあって隠れる場所や玄関のほかに出入り口がたくさんある。必然的にそんな雑念も出てくる。

そこまでして会おうとしない人と会ったところで商談がうまくいくとは思えない。本当はこのまま引き下がった方がいいのではないか?

いや、それは違う。クードル博士の発明品が金になるから私はここにきているわけではない。クードル博士の発明品が私の心を打ったから来ているのだ。損得勘定は商人にはなくてはならないものだ。しかし、それを度外視しても彼の発明品は世にもっと普及させるべきだ!私は心からそう思っている。

今までの商売でも十分とは言いがたいが、暮らしに困らない最低限の稼ぎはある。けどそうじゃない。私も男として一旗あげたい。


スケジュール帳に挟まった新聞の切り抜きを見つめる。

セイナー新聞にたびたび出てくる男の名前、スライル。最初は思い出せなかったがずっと引っかかっていた。私はこの男を知っている。そして思い出した。この男はあの時のみすぼらしい姿をしていた男。私に平和を売った男。全部思い出した、貧乏でボロボロで今まで見たことがない真っ直ぐな目をしていた男の信念と覚悟を、そして、その時の私を。

彼がこの新聞に載っているということは無事トルニエ将軍に出会えたということ、そして、彼の理想を実現させ、それに共感する者もいるということ。

私も前に進む時だ。


「ナートルちゃん、クードル博士はいる?」

「いいえ、今日も外出中です。」

「そう……。」

いつもここで食い下がっていた。商人は印象が大事だ。同じ商品を同じ場所、同じ値段で売っていたとしたら、客は何で選ぶか、それはやはり商人の信頼性だろう。来る者は受け入れ、来ない者には遠くから声をかけるだけそう心がけていた。でもそれじゃダメだ。欲しいものは自分でつかむんだ!


「博士はいつ帰ってくるんですか?」

「さあ?」

いや、まだだ!私はくじけない!

「博士はいくつなんですか?」

「55歳よ!」

「博士の好きな食べ物は?」

「食べること自体好きじゃないみたいです。研究の邪魔になるから。」

こんなどうでもいいことを話すということは親娘で私を心底邪険にしているわけではないようだ。

「博士は今どちらにいらっしゃるんですか?」

「さあ?」

ただ行先だけは教えてくれない。いや、本当に知らないのだろう。

「何か聞いてないんですか?」

「ええ、教えてくれないの。何度か追いかけたことはあるのだけど……。」

「どうして逃げられてしまうのですか。」

「馬車が迎えに来ているようなの。それで……。帰ってくるのも突然ふらっと帰ってくるし……。」

馬車……。馬を持っているとすれば行き先は……。

「だから私も近くの牧場に行って何度も探したわ。でも見つからないの。お父様は私のあこがれだからそばでもっといろいろ教えてほしいのに……。」

いや、牧場はないだろう。馬はいても馬車はない。そもそもクードル博士は一介の商人でしかない私でさえ目をつけているのだ。考えられるのは一つ!

「わかったよ。ナートルちゃん。クードル博士はたぶん王都だ!どこかの偉い人のところだよ」

そうとわかればキューレスに行く準備をしなくては!

「バルテニーおじさん、お父様を探しに行くの?」

「ああ、そのつもりだ。」

「私も連れていって!私もお父様と研究したいの!」

彼女の真剣なまなざしにはかつて見たことがある熱い魂が見える。

「わかった。行こう!」

そんな目で見なくても彼女は連れていくつもりだったけどね。だって私、クードル博士の顔知らないもん。


こうして私は重い重いその足をようやく一歩前に踏み出すことができた。




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