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ファレンス、3

この歳になると毎日が今までと大して代わり映えのない生活である。代わり映えのない生活とは言ってもわしの場合身近にレポンス様やイーリス様がいて日に日に成長していくという楽しい変化があれば、体にガタがきて体を動かすのが辛くなってきているという悲しい変化もある。だが全体としては何かに心躍るということはほとんどなく代わり映えのしない毎日である。


と思っていたがいやはやどうしてこんなに今日は心がフワフワ浮かんでいるのだろう……。それはきっと今日が遠足だからだ。今まで行ったことのない場所に行くということはこの乱世では疎開、夜逃げなどのためであり、いい意味を持つことはほとんどない。幸い恵まれた環境で育ったわしはそんな経験はないのだが……。そんなことはどうでもよい。遠足、それもレポンス様とイーリス様と共に!


サッと身支度を整え、熱々に淹れたハーブティーを飲みながら遠足の時間が来るのを待つ。かなり早く目が覚めてしまったのはきっと歳のせいだけではあるまい。

ああもう!


しばらく気を押さえながらハーブティーを飲んでいるとようやく約束の時間が来る。

今までにない軽やかな足取りで護衛兼荷物持ちの兵士を何人か連れて王宮の外へ出る。


王宮の玄関のところでルードに遭ったがあいさつをしてすぐにその場を去っていった。なぜルードは剣を持っているのか?こんな早い時間に……。訓練か?イーリス様への男らしさアピールのつもりか?どこで聞いたかは知らんが相変わらず抜け目ない奴め!やはりあの男からはしっかりイーリス様をお守りしなくては……。


「おはようございます。ファレンス様。」

「おはよう、爺!」

城門につくと既にお二人は準備万端の状態でいた。

「お二人ともおはようございます。」

当日イーリス様はともかくレポンス様は絶対に寝坊するものと思っていたが……、楽しみだったのはわしだけではないようだ。


ガルネシア王国の城の前にはルードを中心に建設された城下町がある。わしが初めてこの街に来た数十年前は建物といえばいまにも崩れそうなボロ小屋みたいなのが並んでいただけだったが、今では嵐が来ても安心して過ごせるレンガ造りの立派な建物が立ち並んでいる。確か実際の現場のリーダーはブロームといったか……。頭が下がる。

そう言う立派な人間もいればこうして城門の前で紙を持って倒れている男もいる。誰なんじゃ、まったく最近の若い者は明け方まで飲むからこういうことになるのだ。意識はあるようだし放っておこう。


それにしてもこの街は本当に素晴らしい。今は朝早くでほとんど人はいないが日中は活気もある。まあ、その時間帯にわしが街に出ることはないのじゃが……。

「あのすみません。そこのおじいさん!」

城を抜けて城下町を歩いていると見知らぬ小娘が声をかけてきた。こんな朝早くから若い娘が活動しておるとは感心じゃな。

「どうかされましたか、おじょ――。」

「この辺で研究所ありますか?」

最後まで言わせなさいな!研究所?そう言えばソルナードの奴が研究所を作っていたような……。確かあの建物……。その建物を指差し、あれじゃよと言おうとすると、

「あれですか。ありがとうございます!おじさーん!」

といきなり大きな声を出して近くにいた禿げ頭のオヤジを呼ぶ。こんな朝早くから元気なことで……。

あれ?そう言えばあの研究所は国家機密だったか?……まあ、あんな子娘と禿げ頭のオヤジでは中に入ることもできまい。……ソルナードにはあとで謝っておくか。


そんなことより小娘と話していたらレポンス様達と距離ができてしまったわ。

「爺!歩くの遅ーい!」

前を歩いていたレポンス様が振り返って不機嫌な顔をする。結構な早足にしたつもりでもいっこうに追いつけない。

「この歳にはきついのじゃ。堪忍して下され!」

「そうよ、レポンス。あなたも王になるのだからあなたの助けとなる方々を労わらなければなりません。」

「はーい。お姉さま。」

イーリス様には頭が下がる。実は二人とも王の子には違いないが、王の正妻の子ではない。そもそも正妻の王妃はこの世にはいない。王妃とは政略結婚の手前、すでに亡くなられている事実を隠すために時節影武者を立てているのが現状だ。王妃はボーネン王国の中でも厄介払いされて嫁いで来た娘らしい。本当の王妃様はお二人が生まれる前に、はやり病で亡くなられている。そのころわしは王宮にはいなかったので詳しいことはわからないし、王をはじめ誰もそれについて話そうとしない。

また、この姉弟は腹違いらしい。王妃様が亡くなられた後、王は正妻をとることなかったが、気ままに夜の欲求を解消した結果、生まれたのがお二人だ。王はもう正室をとる気がないようで次期国王となられるのはこのままだと血統的にレポンス様ということになりそうだ。

二人の母親はどちらももういない。しかし、イーリス様が時に姉のように優しく、時に母のように厳しくレポンス様の面倒を見ている。まだ9つのレポンス様はやんちゃ盛りでわしには時々手におえないときがあるがイーリス様の言うことだけはしっかり聞く。本当の姉弟ではあるが本当の姉弟より本当の姉弟だ。


城下町を抜けると開けた土地に出る。今後、街の規模を大きくするためにルードたちが森を開拓したらしい。開けた土地の周りは未開拓の森に囲まれている。今日はここでピクニックをする。

王宮から持ってきた食材や調理器具を使って野外炊飯を行う。昔はよくやったものだ。本来、王族が自分で料理をすることはないことなのだが、わしが昔の話をした時にお二人がやってみたいということでそうなった。

二人は料理なんて作ったことがないからどんな料理になるかわからないが……、最悪の場合は護衛兼荷物持ち兼味見係の兵士たちに食べてもらおう。でもまあ賢いお二人が段取り通り作った料理ならほとんど失敗しないだろう。兵士に持ってこさせた愛用の折りたたみ椅子に腰かけ様子を眺めている。二人は楽しそうに作っている。その光景を見ているだけでわしは幸せな気持ちになる。未来の王国は安泰じゃ。


数時間後、

「できたわ!ファレンス様、どうぞ!」

イーリス様に渡された料理は……、料理か、これ?

見たこともない色をした何かだった。なぜか飯盒で炊いた米は純白というか光沢まである完璧な仕上がりだというのに……。かかっているものが……。まあ、渡されたからには食べるしかあるまい。

一口、口に含むと一瞬お迎えが来たのかと思うほどの衝撃がそこにはあった。急いでハーブティーを飲み、口の中を洗浄する。


「爺!どう?おいしい?」

レポンス様の笑顔の問いにどう答えたものか……。

「……ハーブティーはおいしかったですぞ。」

「ファレンス様、ハーブティーでお茶を濁さないでください。」

「これだよ。これおいしかったって聞いたのに……。爺、変なの!」

何と言われようとハーブティーがうまい!

それしか言わない。


残った料理は兵士たちが責任を持って全部食べたため、その日の帰りが遅くなってしまった。それはそれで楽しいひと時だった。



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