トラーノ、3
遥か昔、建国のときから先祖代々私の一族はこのガルネシア王国の宰相を任されてきた。それは我が一族の栄誉であり誇りだ。父も祖父もその父も皆この国のために命を燃やした。
このガルネシア王国が大陸随一の大国となり、これほどまでの栄華を極めたのはもちろん歴代の王の力もあるが、我が一族が振るってきた縁の下の力を無視することはできないことも確かである。
このガルネシア王国が大陸屈指の大国たる所以は街並みを見れば一目瞭然だ。道は舗装され、建物はちょっとやそっとでは崩れないレンガ造り、長雨などによって河川が増水してしまった時のための堤防、また、それでも防ぎきれなかったときの避難所など人がただ生きるだけではない。人が安全に生きられる設備も充実している。その為に研究施設もいくつかある。さすがにここまで充実しているのはガルネシア王国の中でも首都であるここキューレスだけだが、それでも他の国の他の街となるとそうはいかない。例え、もう一つの大国であるボーネンと雖も例外ではない。我がガルネシア王国は大陸一。少なくとも私はそう思っている。
そうこの国を、この街を支えてきたことが私たち一族の最大の誇りだ。それは今も昔も変わらない。
しかし、……。問題は……やはり王だ。
先代の宰相である父上からも王がこんなに荒れているという話は聞いたことがない。私の言うことはまるで聞く耳を持たず、いつも王の尻拭いばかり。私は幼少のころから一流の宰相になるべくあらゆる学問を学んできた。政治学も帝王学も……。しかし、現王の突拍子もない奇行に振り回されるだけでそれらが全く生かせていない。
先王がなくなられて、そして、王が即位されて20年近く経つのか……。最初の10年近くは父上も元気に働いていており、私はまだここにはいなかった。しかし、ある日、仕事で失敗しその責任を追われて父は処刑された。詳しいことは母上も知らなかったが、王に楯突いたという話を聞いた。それから父の跡を継いで私が宰相となった。とにかく王の意向に逆らわないように……、それだけを心掛けて……。
しかし、それは間違いだ。何がどんな理由で王に楯突いたのかは知らないが父は正しかったのだ。このままではだめだ。王を恐れ、王の言う通りに、王の思うままに……それで尻拭いばかり得意になっても意味がない。私は宰相だ。この国の王を支える者……ではなくこの国を支える者!今の王のやり方は間違っている!最初父が逆らって殺されたと聞いて萎縮していたせいだろう、今になってようやくこんな簡単なことに気付くなんて……。私は何をしていたというのだ……。どんな最後であろうと私の父は私の誇りだ。
それに気付いた今、私はどうすればよいのか……。私自身の思うこの国のより良い方向とは……。その理想と現実の最大の障害たる王をどうするか……。
それが問題だ……。憎まれっ子世に憚るとは言うが、王が死ねばもっとガルネシア王国は栄えるのだろう。
いやいや、そんなことを考えてはいけない。たらればで考えても意味がない。
大事なのは今をどうするかだ……。
今日も机の引き出しに入れてある王の観察日記を書く。これをつけて10年近く経つな。だいぶたまった。今では王の好きなもの嫌いなもの、逆鱗に触れること、触れたら命がなくなること、大概のことはわかる。
私が王を知り、ここで働くものにそれを伝えることで被害を未然に防ぐことができている。しかし、これからはその先に向かわなくてはならない。王を相手にどうするか……。とにかく王に政治的権力がなくなることが大事だ。しかし、王位を継ぐことが可能な方はまだ、王位を継げる歳ではないレポンス様のみ。どうしたらいいものか……。
……いや、私一人の独断でことにあたっても何もできないうちに潰されてしまう。私の考え、特に王を疎ましく思っている者を集め、結束することが大事だろう。私のように王を疎ましく思っている者は少なくはないだろう。ただ、その言葉を口にしてそれが王の耳に触れてしまった時はその者の命はない。だから本音を明かすことはせず皆王に付き従っているふりをしている。
今度個室でガルネシア王国の今後と言う題目で会議を開こう。そこで本音を引き出して結束し、王に立ち向かう準備を整える。
呼ぶのは……、財政面で支え続けてきたルード、軍事面で支え続けてきたソルナード総司令、そして、ある意味、王の育ての親と言っても過言ではないファレンス様かな……。
そう言えば今日はソルナードと会う約束があったのだった。軍事の近況報告を私にも入れてくれるのは助かる。軍人も文官も皆等しくガルネシア王国の血肉である。それらを守るのが私の役目だ。日記をそっと引き出しに戻す。
ソルナードとの話が終わったら早速招待状の準備をするか……。その前に王妃様の影武者を準備しなくては……。
この国に仕える者としてよりよい未来を築くために!