セイナー、2
スライルさんたちが去ってからどれほどの時が過ぎたのだろうか……。
人数は出会ったころは数十人だったが、今では数百、いや千を余裕で越えるまでに増えた。
彼らが来る前はわが身、ひいては娘を守るために敵の動向に敏感になり、明日をちゃんと迎えられるかどうかもわからず周りの国や賊に目をつけられないように細々と暮らしていたが、今は違う。人数が増え、我々の中で兵団ができ、土地を得て農作物を作れるようになり、見違えるほどに生活は潤っている。
彼らによってもたらされた幸福はもはや形容できないほど大きい。その一方で私たちが払ったものは……、この紅蓮の旗を掲げることだけ……。紅蓮の旗を掲げることによってもたらされた代償は……、まったくない。この旗を見たことで逆上したり戦いが過激になったりすることもない。この旗が目印になって敵に狙われやすくなったこともない。あの人たちがやろうとしていたことがまったくもって何も理解できない。
この旗を掲げることと引き換えに得たものが多すぎる。殺す殺される、奪う奪われるの世界で得た安寧に対して私たちは何もできない。それがたまらなく悔しい。私も一人の人間として、このままもらうだけでなく何かを返したい。しかし、この恩を返す方法がわからない……。彼らは今どこにいるのかもわからないし、たとえ場所がわかっていたとしてもここでできた作物を分けたり、肩を揉んだり……そんなことでは絶対に返せない。
我々は……どうしたらいいのだろうか……。
街の男は交代で見張り台に立つのだが今日は非番だ。村の規模が大きくなり学校ができ、娘は今家にはいない。立派な家で一人横になって考えていた。
「敵襲―!」
街中に大きな声が飛び交う。
人が増えて街が大きくなると当然敵に狙われやすくなる。この世界ではそれは普通のことだ。
非常事態には非番など関係なく、武器を手に取って戦わなくてはならない。
しかし、一方で敵襲の声にそこまで怯えていない自分がいる。これが果たして成長か、堕落か……。私もこの街や娘を守るために戦わなくては……。
淡々と身支度を整えると大きな声が聞こえる方へ走って向かう。
いつもは現場に近づくにつれて血の臭いや武器と武器がぶつかる音がする。そのにおいを嗅ぐたびにや音を聞くたびにやるせない気持ちになる……。それだけは未だに慣れない、いや、慣れてはいけないのはわかっているが……。
しかし、今日はいつもと違った。
いつもの緑が生い茂る匂い、人の声は聞こえるが金属音は聞こえない。
前線の後ろの方に族長がいた。
「どうしたんですか、族長!」
「わからん。ここまで敵が進撃してきたのだが急に敵の動きが止まってな……。」
村の端ではあるが一応領土内に入っている。こちらが武器をとって追い返してもよいのだがそこで止まるとはいったい何が起こっているのだろうか?
「そちらの代表のものはおられるか!?」
向こうの男が大きな声を上げる。
「セイナー、お主行ってこい……。」
族長が私の背中を軽く叩く。
「なんでまた。」
「ここに最初からいたものではないか。こういうのは若い奴が言った方が良いのじゃ。」
このジジイ、村の中ではいつもでかい顔しているくせに……。あまり知りたくなかったのだが、実は族長は結構な臆病者だった。それも街が平和になってわかってきたことだが……。
だが仕事しろ!
「……いや、ジジイなんだから矢面に立つのも仕事でしょ!」
「そんなこと言っていいのかな?せっかく次の族長にお主を指名しようと思っていたのに……。」
安いわ!
「もっと他にないんですか!そんなんじゃつられませんよ。」
「わかった。秘蔵コレクションを挙げよう。」
「いらないです。」
私だって行きたくない。当然、最前線は死ぬ確率が一番高い。族長同士の決闘とかになったらたまったものではない。私はこの村を守る責任感でここまで来たが、実際戦は苦手だ。
「そちらの代表のものはおられぬか!?こちらに敵意はない!決して手は出さないことをこれに誓う」
向こうの代表だろうか……、声を張り上げる。
これと言われてもわからないが、決して手を出さないというのならまあいいか、族長の代わりになってあげても……。
「しょうがないですね。私がいきます。族長は後ろの方で腰を抜かしてていいですよ。」
「何を言っているのじゃ。話し合いには知に長けたものがいくべきじゃろ!つまりわしじゃ!」
……族長?
この人は死なないとわかったらこれだ!
ええい、私が行く!
「何が知に長けた者だ!族長この前子供たちが作っていた落とし穴にはまってたじゃないですか。」
「それをどこで!いや、あれははまってやったのじゃ。大人の余裕じゃな!」
「じゃあ、その余裕とやらで達観していてくださいよ!私が何とかしてきますから!」
「なにを言う!お主は引け、コレクションあげるから!」
「だからいらないって言ってるでしょ!コレクションを処分したいならゴミ捨て場に持って行ってください!」
取っ組み合いをしているところに敵の代表と思しき人物が歩み寄ってきた……。
「お主らがここ代表か?」
「ええ。セイナーと申します。」
「族長はわしじゃがな!」
「もうかっこ悪いんで引っ込んでてくださいよ。」
「お主がな!」
族長のやっかみを適当に流していると相手方の代表の口から思いがけない言葉が飛び出てきた。
「少し尋ねたいことがあるのだが……、スライルもしくはトルニエという名をご存知か?」
片時も忘れたことはない。しかし、知らない人からその言葉を聞くとは思いもせず思考が少し止まる。だがそれも男の後ろの方でなびく紅蓮の旗を見たときすべてを理解した。
「ええ。あなたも?」
「そうか、もしかしてあなた方もあの方たちに救われたのか?」
「ええ。」
「……そうか、紅蓮の旗を掲げることが約束で、別に紅蓮の旗を持つものを攻撃してはならない。とは言われてないのだが……、なんだか冷めてしまったな。あの方たちには返しきれない恩がある。ここは引かせてもらう。」
「そうですか、それは助かります。もしよければあなた方とは定期的に連絡を取っていきたいと思うのですが……。」
「そうだな。日を改める。次会うときは上等な酒を持ってくるとしよう。それではまた。」
そのあと名前や拠点を教え合った後、今日の嵐は何事もなく過ぎ去った。
族長の小言という名の小雨は少し長引いたけれども……。
そうかこの旗にはそういうことも……。
またしても返せない大きな恩ができてしまった。
彼らは争いがなくなればいいと言っていた。
これが狙いだったのかはわからないが……。
そうして今日の出来事がきっかけで私の道も見えた。
我々はこの旗のことをもっと多くの人に伝える。そうすれば紅蓮の旗を持つもの同士が争わなくなれば世界が少し平和になる。この大陸にあるすべての国やコミュニティーがこの旗を持つようになれば……。
私には彼らのように心に訴える語りやあっと驚く戦術を編み出す力はない。
私にできることは伝えること……。
会う人会う人に伝えていけば……、いや、それでは遅い。
私は旅人にはなれない。娘がいるこの土地で生きていくしかない。
それだとここに来る人だけにしか伝えられない。
いや、今日の出来事や彼らのことを紙に書いてそれを旅人に配ってもらおう!
この紅蓮の旗のこと、スライルさんやトルニエさんのことを書いてその紙を大陸中に広めるのだ!それが私たちにできる数少ない恩返しになるだろう。
私にできることはないか……。
私もこの時代にあらがってみたい。
彼らの背中を見てそう思わずにはいられなかった。
そうだ、新聞をつくろう。私の人生で一世一代の大決心だ!
名前は……、セイナー新聞。
族長がなんか言ってきそうだがこれでいく。




