トルニエ、0
任されている前線を離れ、バルヴァンと二人で王宮に向かって馬を走らせる。前線も気にはなるが、もうほとんど仕込みは終わっているし、始まる前から残兵掃討のようなものだ。後は誰がやっても同じな状況だから、バーナフで十分だ。俺は前線に出た戦で全戦全勝の破竹の勢いで将軍にまで昇進した。今日の突然の呼び出しもおそらく日頃の労をねぎらおうという本部からの計らいだろう。ほとんど終わっているとはいえ、まだ前線の決着がついていない状況でわざわざ呼び出すあたり、中枢の連中は頭がおかしいが、それは今に始まったことではない。
12歳のとき、一兵卒として初めて戦場に立ち、そこから武功を重ねに重ねた。ガルネシア王国のために向かってくる人間の屍の山を築きに築いた。俺はその当時、ガルネシア王国の平民の下の奴隷の身分だったが、武功が認められて昇進を重ね、今では市民権を買って立派なガルネシア王国の貴族になった。今振り返ると戦、戦の壮絶な毎日だったがあれがあったからこそ、今では首都に大きな屋敷を構えるまでになったと言える。
もちろん俺の昇進は俺に常人にはない体力と頭脳があってこそだが、俺がここまで上り詰めることができたのは隣で馬を走らせているバルヴァンの力が大きい。出会いは千人隊の隊長になったときだ。個の武に強い人材が欲しくて奴隷商から買い取った。そのときは特に考えることなく一番高い……、いや、すでに1番は変われていたから2番目か……。まあ、今更1番も2番もどうでもいいが……。バルヴァンみたいな戦闘に特化した奴隷を育てて売る商人はここでは珍しくない。戦闘のみならず様々なスキルを育てて売られている。初めてバルヴァンに会ったときはほとんど無口で、感情も出さず、不気味で変なのを買ってしまったと思ったものだが、ひとたび戦闘になった時の活躍ぶりには目を見張るものがある。弐刀天承という剣術を使い、1対1ならば傷をつけられることすらなく、奇襲なら相手が20人いても無傷で倒せるほどの腕を持つ。こいつのおかげで俺は思い描いた通りの戦場を表現できている。はっきり言って大当たりだ。こいつの一番いいところは無口で感情を表に出さない上に俺に絶対従順であることに他ならない。
それにしても遠いな、王宮……。
「トルニエ様、着いた。」
バルヴァンとは道中あまり話さないため、必要以上に長く感じた。護衛が一人でいいのが利点だが、簡単な単語の羅列しかしないため会話にならない。バルヴァンは馬小屋で馬の世話をするために残り、俺は一人王宮に向かった。ほとんど戦場で過ごしているため、王宮には数度しか来たことがない。改めて見るとかなり大きい。武人としては攻め落としたい衝動に駆られるが、それと同時に出入り口は大きな門しかなく、突破口が見当たらない。まあ、俺はこの国の将軍だからそんな心配必要ないけどな。もう一つの大国ボーネン王国を攻める日が来たらそのときが楽しみだ。
案内されるままいつも論功行賞が行われる2階の一番大きな部屋である大広間に連れていかれる。壁や天井には相変わらずキラキラしたものが多く、目がチカチカして性に合わないが、まあ、たまになら悪くはないな。
しかし、装飾はいつもと変わらないが部屋にはいつも論功行賞を行うときにいる拍手要因の偉そうなおっさんどもはおらず、玉座に鎮座しているガルネシア王とガルネシア王国宰相のトラーノと王を取り囲む兵士たちが10人くらいいるだけだった。そして、なぜか兵士は甲冑を着ている。
……あまりいい気がしないな。
促されるまま王の前の何もない床に座らされる。これは何だ?俺はガルネシア王国の大将軍だぞ?いったい何の仕打ちだ?
俺が座るのを待ってトラーノが一つ咳払いすると、
「早速だが本題に入る。」
長旅ご苦労とかあるんじゃないのか普通は……。その辺頭おかしいんだよな、こいつら。
「処分を言い渡す。」
「処分!?何の話だ?」
思わず立ち上がる。俺は俺の仕事をちゃんとこなしているし、戦果も挙げている。それも本部が想定する時間も被害も予算も小さくして!
「まあ、座れ。将軍トルニエは本日を持って無期限謹慎処分とする。」
「はぁ!?わけがわからん!」
「これは王命だ。従ってもらうぞ、トルニエ。」
「……。」
王命とあっては返す言葉もない、呆れて……。俺が何かやったか?思い当たる節がない。将軍になる前から全戦全勝の男だぞ!謹慎ってなんだよ!何を考えてやがる!?馬鹿か!
一発ぶん殴ってやりたいがさすがに武装した兵士10人を相手にここで暴れるのは得策じゃない。
「何か言いたいことはあるか?」
中途半端な感情を抱えて、中途半端な体勢でいると宰相トラーノが尋ねる。何か言いたいことなんて山ほどあるわ!だが今は気持ちを抑えよう……。大きく深呼吸をする。聞くとしたらこれしかない。
「謹慎の理由は?」
「それは……。」
トラーノが口ごもる。……どういうことだ。なんで理由もわからないのに俺を謹慎処分にしようとした。この国の宰相はダメだな……。
宰相が関与していないと言うと、……そう言えばさっきこれは王命って言ったか?ってことはこの事態は王の一存……。
俺は王に向き直り聞き直す。
「どうなんだ?王?」
「王に対して言葉を慎みなさい、トルニエ。これはまだ暫定処分なのだから!」
「よい。」
なぜか切れたトラーノを制し、王が静かに口を開く。
「俺はガルネシア王国のために戦に出て、功績を上げ、将軍にまで上り詰め、この国に多大な貢献をしてきたのになぜ処分を受けなくてはならないのかということだろう?ふん、答えてやろう。それは簡単な話だ。それはな!」
王は俺をこけ下ろすような目ではっきり大きな声でゆっくりと言った。
「俺がお前を嫌いだからだ!」
「はぁ!?」
……なんだその理由!言い方も言い分も腹立たしい!そもそも俺には王に嫌われるようなことをした記憶もない。というかこれまで王と話した記憶もない。
「ふざけるな!何だその理由は!」
「理由なんてどうでもいい。お前は無期限謹慎だ!」
冗談じゃない!
「俺が謹慎を受けていたら戦争には勝てないぞ!」
「思い上がるな、若造が!ふん、ソルナードを総司令とした新しい軍体制があれば、お前なんぞいなくても変わらん!お前一人の力でこの王国が成り立っていると思ったら大間違いだ!トラーノに感謝するんだな!」
「感謝?何言ってんだ?」
「本当は死刑にしろと言ったんだが、トラーノがどうしてもというのでな。特別に無期限謹慎だ」
死刑?もはや返す言葉を失った。その王の決断を理解することは俺には永遠にできないだろう。
「もういいだろう、胸糞悪い!とっとと失せろ!2度と私の前に現れるな!」
ガルネシア王は最後にそう言い残すと王座の間から出て行った。トラーノも申し訳なさそうについていく。
それはこっちの台詞だ!
馬小屋に戻りしばらく呆然としていた。
今まで積み上げてきたものを理不尽に奪われた……。
俺のよりどころがすべて奪われた今、俺は何だ?俺には何が残っている?
……俺は武人、戦いの中でしか生きられない。
そうだ、戦うこと自体に意味がある。この国で戦えないというのなら、出て行くだけだ。このご時世、戦場はどこにでもあるのだから……。
いや、それだけじゃない。この屈辱をいつか晴らす。いつかこの国を滅ぼしてやる!
新たな決意を胸に馬のもとに戻ると論功行賞に言ったものだと思っていたバルヴァンが笑顔で寄って来た。何も言わせない!
「この国を出てこの国を滅ぼす!バルヴァン、俺について来い!」
俺の表情から何かを察したかバルヴァンは「はい」と一言だけ返事をする。
大国と呼ばれるガルネシア王国を滅ぼすため、俺の第2の人生が始まる!