ファレンス、1
ガルネシア王国の一流の料理人が腕によりをかけて作った料理はもはや芸術作品と言っても過言ではない。料理から漂う香りが、心まで和む鮮やかな色彩が隣におられるレポンス様のようにようやく言葉を理解できるようになられた幼子から余命もたかが知れているわしのような老人の心までも震わせていた。
「爺、あれ食べたい!」
レポンス様はテーブルに並んでいる肉団子のような料理を指差す。こんな幼子がタンパク質の塊を摂取して将来この肉団子みたいな体型になったりしないだろうか。ああ、でも食べたいと言っているものを与えないというのもレポンス様の成長の妨げになってしまうのではないか。わしの子供や弟子たちもなかなか可愛げがあったがもう大きくなり、それぞれ独り立ちしていった。今は社会的責任があるわけではなく何のしがらみにとらわれることなくレポンス様を見ているから可愛く感じるのだろうか。まあ、そんなことはどうでもよい。レポンス様やイーリス様のおかげでわしの余生も幸せに生きられそうだ。戦争戦争のこんな世の中ではジジイになれることすら相当な幸せだというのに、さらに……こんなに幸せなことはない。
おっと、子供たちにうつつを抜かしている場合ではない。王主催のパーティーに呼ばれた以上は王にあいさつに行かねば……。
「レポンス様、このままこちらでお食事なさっていてください。わしは王にあいさつに行ってきます。イーリス様、レポンス様をよろしくお願いします。」
「ええ。行ってらっしゃいませ」
お食事中のレポンス様をイーリス様に任せ、王のもとへ向かう。
本来なら3人で向かうのが筋だが王はとにかく自分の子を遠ざけようとする。前にイーリス様を連れて王のところに行ったらまるでその場にいないかのように振る舞っていた。子供を遠ざける理由について聞いても話してはくれないし、知っていそうなほど長くこの国に仕えている者はこの国にいなくなってしまった。
わざわざ王の嫌がることをして変にことを荒立てることもないだろう。
何よりそんな扱いをされている子供たちを見るわしの心が痛い。
「王、お久しぶりです。」
王は一番高い椅子にふんぞり返っておいしそうに煙草をふかしていた。
「おう、ファレンスか。よく来たな!今日は思う存分楽しむとよい。」
「ありがたき心遣い。王の計らいでわしももうしばらく長生きできそうです」
王が皿を手に取って私に見せる。
「最近新しい料理人を雇ってな!これが渾身の作らしい。」
「肉団子……、一見するとそんな感じですが。外見に特に変わったところはないが、まあ、きっとおいしいのでしょうね。」
さっきレポンス様が食べたいと言ったものがまさにそれだが敢えて初めて見たようなそぶりを見せる。ここでは二人の名前は禁止だ。前一度口を滑らせたらその場で王は無言のまま退出されその場でパーティーは中止となった。わしの首が飛ばなかったのは王の教育係をしていた過去があったからだろう。こういう場にわしを呼ぶのもそう言った昔の礼を兼ねているのかもしれないがあんな態度は見たことがなかった。王が即位されてから十年近くこの国を離れていたが、その前と後で王はまるで別人になっていて……、もうわしの知っている王はいない。
わしがここにいる理由は王の子供たちの成長を見守るということ以外にない。それがわしに残された人生の何よりの楽しみだ。でもその子たちが本来最も認められたい人には相手にされないどころか認識すらされていない。こんなに悲しいことがあるだろうか。
「どうしたファレンス?急に黙り込んで。いいから食べてみよ。」
「ええ、ありがたく。」
なるほど……、一噛みすると口いっぱいに肉汁が広がり、閉じ込められていた香りがその場で爆発し広がる。レポンス様が癖になって将来この肉団子のような体型にならなければよいのだが……。
「月並みな表現で恐縮ではありますが、確かにおいしいですな、これは……。」
「そうだろう。もう一個どうだ!?」
王はたいへん得意げだったが、今、同じものを食べているレポンス様を思うと……おいしいけどもいい味はしなかった。
「この老体は夕飯を節制しておりますゆえ……。わしはこの辺で……。ジジイになると年々夜が短くなってしまいましてね。まだ回らないといけないところがありますので失礼します。」
「そうか、その体大事にされよ。」
そのいたわりが子供たちに向かわないことに歯がゆさを感じながら王のもとを離れた。




