08 にく、うま
ギルドに戻り、今度こそ依頼を完了させる。
当然報酬は血抜き済みとは比べるべくもないが、社会的信用のためにも依頼は達成しておいたほうがいい。
「普通はこんなことする人いませんよ?」
シンシアさんがジト目になっている。
兎狩りにいってゴブリンを20近くついでで狩るやつはいないそうだ。
実はまだ血抜き品を持っているとは言えない。凄く怒られるのが目に見えている。
聞くところによると、実はこの街は結構な辺境に位置していて、冒険者の数は少ないほうだとか。
そのうえ、年下の冒険者ともなると数はかなり少ないのでシンシアが心配している、とマスターに教わった。
「はい、今度はキックラビットの依頼報酬銀貨1枚にゴブリン討伐の銀貨1枚と銅貨90枚。無理しないでくださいよ?」
「あはは、気を付けます。」
カウンターに置かれた小袋を受け取って中を確認する。すると驚いた顔をされる。
「ちゃんと中身を確認するんですね。」
「誤魔化してるとは思ってないけどね。こういう管理は癖なんですよ。」
「もしかして計算もできますか?」
「四則演算ならもちろんです。」
「四則演算?」
四則演算が通じないようだ。丁度人がいない時間帯のようなので、話に興じてみる。
「何か問題出してもらえますか?ちょっと難しめでもいいですよ。」
「じゃあ12掛ける11は?」
「132ですね。」
「おぉ早い!この計算ができるということは相当良い教育を受けてきたんですね!」
どうやらこの世界はあまり教育が進んでいないらしい。魔物という脅威がある以上は頷けることではある。
何問か出題され、それに答えていく。次の冒険者が来るまでの間、暫く談笑をするのだった。
***
「こんばんわマスター。戻りましたよ。」
今日もカウンター席で夕食を。カウンターの中で調理中のマスターに声をかける。
「おかえり。今日も無事で何よりだ。それで、新人キラーは狩れたかね?」
「ええ、先ほど清算してきました。それで何ですが、兎はまだ買取出来ますか?」
「まさか本当にやったのかい?」
調理中にもかかわらず、フライパンを持ったまま振り返る。
「何匹だい?」
「二匹す。一匹はマスターに何か作ってもらえると嬉しいですね。」
二匹という部分でマスターが固まっている。
「まあ無事に持ち帰ってきたと言うことはいいことだろうね。じゃあ、そうしようか。」
袋から兎を二羽取り出して手渡し、金貨を受け取る。日給30万とか昔なら考えられないな。
「昨日よりも腕が上がってるね。狩ってすぐその場で捌いたようだ。」
「まぁ、その通りですからね。」
「無茶するなあ、すぐにゴブリンに囲まれるよ?奴らは匂いに結構敏感だ」
通りで二日連続でゴブリンに遭遇するわけだ。
「囲まれましたが問題なかったです。」
「また逃げなかったのかい?」
「勿論、全滅です。」
「今日の戦果は?」
「20位ですかね?」
「こりゃあ大型の新人かもなあ」
マスターはポリポリと頭を掻く。
他の客のメニューをこなすと、マスターは気合を入れ直して兎の解体に取り掛かった。
曰く、「良い材料の時には、いつも以上に本気を出さないと勿体ない!」らしい。
マスターにお願いして残った兎は職員と居合わせた冒険者に振舞ってもらった。
量は少なかったが、一切れ銀貨数枚と言われる肉は、非常に臭みもえぐみもなく、
程よく柔らかくてしっかりと肉の味が堪能できる大満足の一品だった。
これは冒険者のテーブルでも歓声があがり、感謝の言葉と共に何杯かのエールをもらった。
流石にそんなに飲めないので、いくらかは職員への慰労ということで、マスターからこっそり職員に回してもらったのは秘密だ。
今後も色々世話になるのだから、いい関係を築いておきたいと思う。
カンカンカンカンカン
そんな兎肉に舌鼓を打っていると、最後の一切れをほうばったところで鐘の音が鳴りだした。
「マスター!」
「ちっ!せっかくの血抜き肉だってのになあ!」
ギルド職員とマスターが一瞬呆けた後、慌てて一階に駆けていく。
「鐘の音、この慌てよう...。魔物の襲撃?」
何もわからない状態で慌てても仕方ないので、ざわめきだしたホール内を逡巡し、意識を兎肉に戻した。この肉旨いんだもん。
***
しっかりと味わってから階下に降りると予想以上の混乱状態だった。
その中でも巨体のマスターが聞いたことの内容な大きな声で指示を出していた。
「今いる冒険者でランクが高いのは!?Eの<刃の輩>だけだと?
なんてことだ、それじゃあこの街が終わるぞ!二階の冒険者全員呼んで来い!」
「はいっ!」
長身細身の職員が二階に駆けていく。
『みなさん!緊急クエストです!ひとまず下にご参集願います!』
やはり緊急事態、魔物の襲来とみて間違いなさそうだ。
緊張した面持ちで冒険者の面々が1階のロビーに集まる。それでも辺境だからなのか20人にも満たない人数しかいなかった。
集まった冒険者を前に、マスターが一歩出る。
「一息ついていたところすまない!私がギルドマスターのバーデンボーデンだ!
察しはついているだろうが魔物の群れが向かってきている。種族はオーク、数は20未満だ。」
オーク、Eランクの基準になっている例の魔物か。
「パーティでEランクの諸君にとってオークの相手をするのは荷が重いだろう!だが、20の内5匹でも街に入り込めば、対応できるものはおらず街が壊滅する!」
そんなに強いのかオーク。冒険者たちの息をのむ音が聞こえてくるようだ。
「対象は2.5m級。比較的小さな個体だが、Fランク以下のパーティは複合で挑んでもらう!間違っても単独で挑むな!」
一気に言い切ると、シン...と静まり返る。
マスターはそれと、と付け加える。
「先陣を切って攪乱してくれる奴はいないか。」
パーティメンバー同士で確認すらしない、無謀だとわかりきっている死地に飛び込めと言っているようなものなのだから。
しかし、こっちからすれば丁度良い。魔力も上がって爆破魔法も威力がかなり上がっている。
この機会に一気に魔力を成長させておこう。
「本気か?私が言っておきながらだが、死ぬぞ。」
普段とは違うドスの効いた口調。だが、引く理由はない。
「報酬はいくらですか?」
「・・・今回は全員のランクが低すぎる。先陣の報酬は金貨10枚にする。役目を果たしたら、生きて帰れ。」
「当然です。」
「では先陣はこのヴォルフに頼む!全員1時間後に北門前に集合しろ!薬屋とかは門前に集合させる、時間までに準備を整えろ!」
「オウ!」
と自分を奮い立たせるように声を上げると、周りの冒険者からも気合の雄たけびが上がった。
陽はとうの昔に落ち、街明かりだけが夜を照らしている。
昨日の夜よりも明かりが煌々と焚かれており、北門の前にはキャンプファイヤーのようなものができていた。
薬売りのおばあさんから中級ポーションとやらを銀10枚で10本購入し、担いだ袋にしまったところ、見かねた薬売りが肩掛けタイプの鞄をくれた。
「ボーデンさんから聞いたよ。あんた先陣切るんだって?勿論街は救ってほしいが、あんたも死ぬんじゃないよ。」
優しいおばあさんにお礼を言いその場を後にし、人が集まり始めた門の脇にあるブロックに腰かける。
もっと人が逃げ惑うのかとも思ったが、意外とそうでもないらしい。
どちらかと言うと全員で立ち向かっているようにも見える。
薬屋以外にも、炊き出しをする人、武器屋、道具屋、靴屋など、商売だからとは思えない様なサポートっぷりだ。
「不思議かい?」
ぼうっとその光景を見ていたら口調の戻ったマスターが横にいた。
「もっと皆さん逃げ惑うかと思ってました。」
「逃げないんじゃないよ。逃げる先がないのさ。」
マスターは寂し気な表情で語る。
「この街は言ってしまえば辺境だ。まあまあ人は多いがそれだけ。隣町までは三日三晩歩いても着きやしない。
そんな環境なんだ。女子供連れてたら尚更逃げるなんて誰も考えようとはしないさ。」
「そんなもんですかね。」
「君にも大切なものができたらわかるさ。」
その為には生き残るんだぞ、というのが言葉にしないでも伝わってくる。
「そうですね。」
「オークことだが、まだあったことはないだろう?」
「ええ、ギルドの資料で読んだ程度ですね。」
さっき2.5m級で比較的小さいと言っていたこと。豚鼻の物理攻撃タイプ程度の知識しかない。
「奴らはゴブリンよりも知能がある。知ってるとは思うが女性を攫って繁殖してしまう。
そしてまれに知能が高い個体はその女性を人質というか盾として持ってくる。人が攻撃できないのを分かってるんだ。」
だから、と付け足す。
「仮にそんなことがあっても躊躇ってはだめだ。既に女性は人としての性を終えている。
オークに犯され、病気に苛まれ、魔物の母と罵られる。一思いに殺してやってくれ。」
まさかの要求に困惑する。手を汚すのも、冒険者にしかできないという訳か。
「肝に銘じます。」
「今更大丈夫か、とは聞けない。もうすぐ出立になる。全員で1時間程度進み、そこから先陣が駆け抜ける。
大体全体と離れてから20分程度で戦闘になるだろう。」
そういって筒状のものを渡される。
「これは発炎器だ。戦闘を開始する前に近くに投げてほしい。持続的に炎と煙で場所がわかるから、そこを起点に周囲を囲む。」
「わかりました。」
なるほど、発煙筒というものもあるのか。
職員が「マスター、時間です」と声を掛けると冒険者から視界に入るような位置に移って声を上げる。
「諸君!場合によっては長丁場になるかもしれない。
だが、先陣を切ってくれるヴォルフもいる!ここから北東に1時間後、先陣が先駆ける。
後続組は発炎器が見えた時点で、周囲に展開し一気に攻める。質問は?」
誰も何も言わない。パチパチとキャンプファイヤーの薪の燃える音だけがやたら大きく聞こえる。
「よし、それでは状況を開始する!」
「ウオオオォォォ!!!」
男たちの命の雄たけびが夜の街に響き渡った。