17 なまえは
まずギルドカードを見て驚いた。驚愕の4桁。
そりゃ、さっきあれだけ魔力を奪ったが、そこまで言っているとは思わなかった。
これなら実践レベルでも剣を同時に7本操れるだろう。
今度はどんな魔法を使おうかと考えていると少女が少し動いた。
この調子なら少し食事がとれるかもしれないな。
ポーチから食器類を取り出し、ソテーとスープを切り分ける。
少女にはまずスープを。自分はソテーとスープだ。
「食べていいよ。」
座って視線だけ食器に移した少女に声をかける。
わずかにビクッとした少女だったが、おずおずと手を付け始めた。
一口、二口と口に運んだところで嗚咽が聞こえてきた。
少女の嗚咽を聞きながら、何も聞いていないようなふりで食事を続ける。
ハーピー肉は確かに鶏肉だった。
スープを飲み終えると、少女が口を開く。
「あの、ありがとう、ございました。」
「偶然通りかかった何かの縁だ。気にしなくていいよ。もう一杯食べられる?」
コクン、と小さくうなずく少女。
そういえば、まだ服が破れたままだった。
「スープ持ってくるから。これ、着ておいて。」
服を渡すと自分の姿を見直して、すみません、と謝りながらゆっくりと着替え始めた。
振り返って驚いたが、大きな胸に少しぶかぶかのワイシャツは威力がありすぎた。
慌てて予備のズボンも渡す。スラックスではない、冒険者用の少し余裕のあるズボンだ。
その後も何度か恐縮しながらもお代わりを繰り返し、食べ終わったところで再び少女が口を開いた。
「本当にありがとうございました。私はルナ=フォルド=メセタニアと申します。」
さっきの騎士も言っていたが森の国か。身なりを少し整えたのだが、何より気になるのが柴犬のようにピンと上を向いた耳。
これは所謂獣人さんという奴だろうか!!
「事情は騎士からある程度聞きました。で、どうしたいですか?」
「お願いします!私もいっしょに連れて行ってください!」
可愛い子と旅をするのはやぶさかではないが、如何せん信用ができない。
後ろからズブリ、となんて冗談じゃないので本当は一人がいいのだが。
黙って見つめていると何かを察したのか、再び口を開いた。
「奴隷でも構いません!」
「奴隷!?」
そういえばこの世界には奴隷という制度もあるんだったな。
「奴隷のルールをあまり知らないんだけど、奴隷にするとどうなるの?」
「まず行動を制限できます。他には絶対に命令に逆らえないです。」
「本当にそれでいいの?」
「一緒に連れて行って頂けるならお願いします。」
覚悟が宿った目をしている。何を言ってもダメなんだろう。
奴隷化の魔法か...。作れるのかな。
奴隷化のイメージをすると必要魔力が足りている事がわかった。
「じゃあ、奴隷化の魔法を唱えるけどいいね?」
「え?魔法?首輪じゃなくてですか?」
あ、普通は首輪なんだ。
「あ、うん、そうそう、魔法でもできるんだよ。
じゃあ、1つ、裏切らない。2つ、魔法とステータスについて他人に話さない。破ろうとすると意識を失うから気を付けてね。」
「はい、わかりました。お願いします。」
「サーヴァント」
魔法を唱えると首筋に黒い輪が現れる。ここまで指定したつもりはなかったが、仕方ない。
「ルナ、とお呼び下さい、ご主人様。」
少し姿勢を正すと、ルナは深くお辞儀した。
それから色々と話を聞いた。
曰く、森の国の貿易摩擦でアルフデリック家が無理を言い跳ねのけた森の国に対して報復に出たのがこの仕打ちだと。
また、森の国とは獣人が住む町であり、はちみつや林業が盛んな、まさに森の国だそうだ。
獣人は筋力体力共に高く、接近戦闘に向く種であるとも教えてもらった。
夜が深まるまで二人の話は続き、実はルナが戦闘に長けていないことなども知った。
***
朝食を作るために火を作っているとルナが目を覚ました。
「私がやりますから!ご主人様はお待ちください!」
「ダメだ!これは自分でやるから楽しいんだっ!」
命令すればよかったのかもしれない。だけど、奴隷という存在にまだ困惑しかない以上、不用意な命令は何となくはばかられた。
最終的にはこちらが折れる結果となった。ご主人様って何なんだろうな?
「わかった。ある程度身の回りの事は任せる。その代わり食事だけは自分で作るから。」
「わかりました。」
少ししゅんとするルナ。まだ、体力も戻ってないんだろうから大人しくしててほしいと思うのは勝手だろうか。
簡単な食事を食べ終え、動く準備を始める。
「昨日の今日だけど、昨日の馬車を見に行こうと思う。辛ければここで待っていても良いけど、ルナはどうする?」
「戦闘のお役には立てないかもしれませんが、ご一緒しても良いですか?」
「ああ、そんなに遠くはないから良いよ。その代わり無理しないこと。わかった?」
「はい。」
二人で外に出るとかまくらを解体し平らな地面に戻す。不自然に一か所だけ耕されたみたいになっているが、まあいいだろう。
昨日の馬車の近くまで戻ると周囲を確認する。
ハーピーは周囲には見当たらない。素早く馬車まで移動すると内部を確認する。
外装とは打って変わって煌びやかさは一切なく、まるで牢屋のような作りだった。
宝石位あればラッキーといった盗賊根性でここまで来たのだが、思いがけないものを見つけた。
大きさは約1.5m幅広なブロードソード型の大剣は、刀身が黒く青い模様が入っている。
多分これは魔力喰いの一種だ。
「ルナ、これ持ってみてくれ。」
浮力を操作して軽くしたものをルナに渡す。
「これはっ!魔力が吸われてっ!」
ルナが手放したブレードソードはそのまま地面に落ちた。
「も、申し訳ありません。」
「いや、ごめん。魔力喰いってそんなにつらいものとは思わなくて。」
「今、ほとんどの魔力を一瞬で持っていかれました。手放してなかったら魔力枯渇で倒れてたと思います。」
「ごめん。」
「ご主人様は平気なんですか?」
大剣を操作魔法で持ち上げて背中までもってくる。
一人でに動いた大剣にルナは驚いて飛び退っていた。
「魔力回復がとても速いらしくてね。こっちも魔力喰いなんだけど問題ないんだ。」
「それはすごいですね。でも二本も使えるんですか?」
「さっき、動いたの見たろ?」
「なるほど。っ!敵襲!ハーピーです。」
バッと振り向いてルナが警告する。
「じゃあ、早速さっきのを使ってみようか。ルナ、後ろにいてもらえる?」
馬車から外に出ると持ってきていた騎士の剣のうち四本を右の背に、残る二本と奈落の剣、魔力喰いの大剣を背後に並べる。
魔力喰いの大剣は、使う気はなかったが見た目的に欲しかった。
後に控えていたルナが「まるで翼みたい」と呟いてちょっといい気になってしまったのは誰にも秘密だ。
上空に位置するハーピーに左側2本の騎士の剣が殺到する。
魔力200で亜音速まで加速された剣はハーピーに刺さらず、二本ともがそれぞれ貫いてしまった。
予想以上の威力が出たが、1本の剣が舞い戻り落下するハーピーを剣の腹で殴ってこちらに飛ばす。
上空から叩き付けられたハーピーは衝撃で命を落とした。
亜音速で突き進んだ剣は急激に方向を変えると、また別の標的に接近する。
そして残った6本も魔法によって操縦しながら同じように空を舞う。
倒すたびに魔力が追加されるため、途中から大剣も参加させて乱舞する。
だが、8機のラジコンを手動で操縦するのは難しく、大剣を追加したことで攻撃に粗が生まれてしまった。
一瞬の隙に立て直すハーピー。だが、増加した魔力で魔力喰いの二本を残し、操縦魔法を修正。
視認した相手をターゲットとして判断し、追尾、攻撃、そして回収までをルーチンとして組み込んだ。
切っては叩き切っては叩きを繰り返し、ハーピーの山が出来上がった頃には昼を回っていた。
「ご主人様は不思議な魔法を使われますよね。」
「そうだね。ちょっと特別性なんだ。」
「それで奴隷化の魔法というのも?」
「ああ、創製魔法といって新しい魔法を作り出せる。あまり不用意に人に見せる訳にもいかない魔法なんだ。」
「その割に剣は飛ばしてますけど。」
そういうとハーピーの死骸の山に視線を向ける。まあ、あれも特徴的な魔法だもんな。
「何か特徴のある戦いの方が本当に隠したいことを隠せるからね。」
「だから剣を使った魔法なんですね。」
「そういうこと。」
さて、討伐報酬を剥ぎ取らなければ。
「ルナ。ハーピーから風切り羽むしってきてもらっていい?」
「かしこまりました。」
返事は良かったのだが、その後ルナの方から何かを地面にぶちまけた音が聞こえたような気がした。流石に突っ込めなかった。
「大丈夫?」
「何のことですか?」
困ったような笑顔で答えるルナ。さっきのはなかったことになったらしい。
「いや、何でもない。一応、目的は達成したから戻ろうかと思うけど良いかい?」
「ご主人様の思うとおりに。」
「じゃあ、戻ろう。」
風切り羽も回収し、騎士の剣はその場で溶かして金属の塊にしてマジックポーチに移す。
あのまま使ってもいいけど、全員が同じものを持っていたということは、持ち歩くと出どころがバレる可能性がある。
それならただの金属隗として、刀身部分だけの剣を作ってもらうのもアリかもという結論に達した。
ルナをお姫様抱っこの要領で抱き上げ、ハイジャンプで木の上まで飛ぶ。
そこにステップで足場を作り、全体の半分、約1000の魔力でほぼ水平にハイジャンプで蹴りこんだ。
新幹線も目じゃないほどのスピードで去っていく景色。
途中で3度程空中ハイジャンプで進んだところで、行きで五日間かけた道のりを戻ってきてしまった。