13 領主様のおねがい
深夜まで続いた宴の後、ギルド二階のいつものカウンターでマスターと話をしている。
「マスター、領主様から何か聞きました?」
「ああ、聞いたぞ。軽く説明してほしいと言われてるからな。
これを聞いた後で一緒に行こうじゃないか。」
多分ギルドマスターのメンツもあるんだろう。
断らせはしないというような、わずかにそんな気迫を感じた。
「では、説明をお願いします。」
「まず、この国の事をどれくらい知ってる?」
「全くって言ってもいいと思います。」
「よくその知識で今まで生活できてたな。」
「山奥に住んでたもんで。」
適当に誤魔化す。
「じゃあそこから話をしようか。この国はバントデン。で、ここの街はジーン。
この街に数日いて、どう思った?」
「長閑ですね。それと街の雰囲気が良いです。
宴を見ていてわかりましたが、街全体の生活レベルも不自由なさそうです。」
どう考えても、剣と魔法が必要になる世界の一部とは思えない。この街にはほとんど闇の部分が見当たらないのだ。
「これが普通だと思う?」
「違う、んでしょうね。」
「気付いていたかい?ギルドの職員の半分は奴隷なんだよ。」
そうだったのか。でも扱いが悪いようには見えなかった。
「そう、領主様はまず街の全ての業界を横に繋げた。そして、流通や交流を促進することで、
街の生活レベルを上げ、奴隷を人並みに扱うように意識改革までやってのけたんだ。」
「凄い人だったんですね。」
「その通り。そして街の生活レベルが上がったことで税収も増えて、後はわかる?」
「国に払う税が増えて、面白くない輩がいる?」
マスターがにやりと笑う。
「その通り。貴族達は奴隷を鞭うって使うことしか考えていない。
効率的に働いてもらうにはどうすればいいのか?何故税収が増えたのか理解できない貴族は、結局やっかみで領主様を攻撃するしかないんだ。」
ということは、今回の依頼は護衛か何かだろうか。あまり人と行動するのは避けたいんだけどな。
「今年は二年に一回の国全体の会議がある。そこでその功績を取り上げられるという話になってるらしくて、間違いなく妨害、もしくは暗殺をされるだろうと言われている。」
予想以上の重大さだった。たった一人の冒険者にそこまでの防衛は無理だろう。
「で、君にやってほしいのは、冒険者として首都までの同行。だそうだ。」
「護衛じゃなく?」
「流石にそこまでの責任は負わせられないさ。というか直属の騎士がいるからそこは問題ないんだよ。」
あれ?なんかちょっと拍子抜け。いきなり大きな依頼じゃなくて助かるは助かるんだけどさ。
「受けてくれるよね?」
断らせないよ。と笑顔が言っている。
「報酬はおいくらですか?」
「流石私が見込んだ男だ。報酬は聞いて驚け金貨80枚だ。」
「受けましょう。」
「そういえば、今回の功績で一気にだけどDランクまで上げたから。」
「え?そんなに?」
昨日までは全く上がってないGランクだったはずだ。
「オークファザーの討伐基準がDだからね。
ファザーはDの最弱だけど、他の群れと合わせての討伐だからね。本来なら戦力があると認めるレベルだよ。」
そういうもんなのか。
「功績と合わせてCランク以上は試験あるからね。」
「楽しみにしてます。」
それじゃ行こうか。とカウンターを出たマスターと連れ立って、街の中心にある領主館に向かった。
***
どうも~、と門番に声をかけて館に入り込むマスター。
ギルドマスターだけあって顔が広いようだ。
屋敷の外観は暗くてあまりわからなかったが、中はまさに豪邸のそれだった。
建材は殆どが白を基調にしており、城のような内装にも見える。
壺や謎の絵画があるのは、きっとどこの世界もそういうものなのだろう。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。こちらへどうぞ。」
使用人が声を掛けて先導する。
廊下を歩いていくと執務室に向かうにつれて謎の絵画が増えた。
「絵が気になるかい?」
「領主様はこういうのが趣味ですか。」
謎の造形、犬のような猫のような兎のような動物が書いてある絵が貼られている。
「ふふふ、これは娘さんが書いた絵でして。領主様は大変子煩悩なんですよ。」
使用人が口元を抑えてうふふ、と微笑みながら説明してくれた。
暫く歩き3メートルもあろうかという、周りから見てもひときわ大きな扉の前で止まる。
「お客様をお連れしました。」
「入ってくれ。」
使用人が扉を開けたところに入ると、領主が書類の山に埋もれていた。
「すまないね!机の上が困難だから、そっちで掛けててもらっていいかな?」
入ってすぐ右側にこれまた高価そうなソファと、机があったので二人で腰かける。
その間に使用人が冷たいお茶を持ってきた。
ここまでエールと水くらいしか飲んでこなかったが、ガラスのコップを作れる技術とお茶の産業があるということにもわずかに驚いた。
お茶は紅茶と同じような色、そして一口飲んだが、味もこれまた同じだった。
「マスター、この飲み物は?」
「茶と言ってね。葉を乾燥させて作るのさ。貴族の嗜好品の一つだよ。」
そこは茶なんだ。というか実は言葉がこっちに伝わるように変換されてたりするのだろうか?
「待たせたね。」
額の汗をぬぐいながら壮齢の領主がテーブルを挟んだ反対のソファに座る。
「単刀直入に聞こう。ヴォルフ、依頼を受けてもらえるな?」
有無を言わせない圧力。断る理由もない。
「あなたが善政を敷いているのが、マスターの説明からもわかりました。お受けしますので詳細を聞いても?」
「助かるよ。」
お互い少し息をついて緊張を解く。
自分の計画に対するある意味行き当たりばったりっぷり、それでもこの人はこんな博打で今までも勝ってきたんだろう。
「期間は1か月後、出発の二日前には合流するが、首都への移動に同行してもらう。
ちなみに戦闘については正直どちらでもいい。Fランクに期待しすぎると騎士も拗ねてしまう。」
肩を竦めて苦笑いする領主。今日の絡んだ青年のような事態が起こりうる、と言外に伝わってくる。
「それだけじゃないんですよね?」
「いや、実際それだけでいいんだ。」
「何故ですか?」
「無名の若い冒険者を連れている。どう見えると思う?」
「やりこめられそう、ですか?」
「ご名答。」
この人思ったより狸だった。いや、この人がいい領主でよかったというべきか。
「それで突っかかってきた向こうの貴族様の護衛とか冒険者をボコボコにしてやってくれ。」
「Fランクにそれを?」
「もうDランクだろう?」
知らんとでも思ったか、とでも言いそうな顔をしている。思っていた以上に情報は早いようだ。
「はあ。わかりました。ですが、1か月間は自由にさせて頂きます。十分な準備もしたいので。」
「勿論。まだこの街に来て何日も経っていないんだ。この街の良さをたくさん見ていってくれ。」
「この街は居心地がいいですから。楽しみですよ。」
そういって立ち上がる。
「君はギルドで泊まっていると聞くが、合流するときの連絡先はマスターでいいか?」
「ええ、多分毎日マスターの食事を食べに行くと思いますので。」
マスターが少しビクッとしてこちらを見た。どうも気配が薄いと思ったら半分くらい寝てたようだ。
「わかった、それじゃあ今回は宜しく頼む。じゃぁ送ってやってくれ。」
ドアの前に待機していた使用人が「どうぞ」と先導し、屋敷の外まで案内した。
「マスター」
「なんだい?」
屋敷を出て、二人だけになったところで声をかける。
タイミングが正しいのかはわからないが、何も知らないこの世界のいざこざに巻き込まれて死ぬのはごめんなのでここで宣言しておくことにした。
「今後何か直接の依頼があるなら、ギルドを通してもらえると助かります。
正規のギルドの仕事なら断りませんが、誰かの派閥とか利用されるのは御免です。」
マスターは少し肩を落として答える。
「そうか。そう思うなら早くランクを上げるといい。」
「どういうことですか?」
「Bランク以上は下位貴族と同レベルの発言力がある。貴族を相手取って戦争する気がないなら、そこを目指したほうがいい。」
Bランクで貴族と同じような発言力か。思った以上に冒険者の地位は高いようだ。
「今のところ一番信用おけるのが、ギルドしかないので。マスターも何かあったら依頼してください。」
「お?指名依頼はいいのかい?」
「勿論です。それにマスターの依頼なら断る気はありませんよ。」
「それは助かるね~。」
その後は、オーク肉をいかにおいしく食べるかについて語り合いながらギルドに戻った。
***
シンシアさんがぷりぷり怒っている。
「なんでそんな無茶してるんですか!!先陣切ってるとか死ぬ気ですか!?」
「はい、すみません。」
あの後夜も遅く、今日も今日とて間借りして寝ようと思ったところで、夜勤のシンシアさんに捕まった。
マスターにも何故こんな登録して数日のFランクを先陣にしたのか、問い詰めていた。
今まで見たことなかったのだろうその剣幕に、マスターすら若干引いてた。
「いや、ほら、でも余裕、でした...よ?」
「そういう問題じゃありません!」
じゃあどういう問題なの!
その後も今後は危険なところに行かないとか、準備しっかりするとかとか、かなり遅い時間までお説教を受けるのだった。