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創魔の黒狼  作者: あけぼのわこん
12/26

12 初めての剣士

 良い香りとフライパンで肉の焼ける香りで意識が呼び戻される。

 フライパンでカリカリに焼いたベーコン、スクランブルエッグに こんがり焼いてバターを塗ったトースト。

 そんな事を考えながら目を開けると、いつものカウンターでマスターが肉を焼いていた。


「流石だね。匂いだけで起きてくれるとは思わなかった。」


「おはよう、ございます。」


「ああ、おはよう。もう少しで焼けるよ。連日こんなにいい肉が手に入るとは料理人冥利に尽きるね。」


 喜んでもらえたようで何より。


「ところで血抜き品ってなんで普通の肉と違うんですか?」


 血生臭さが無くなるというのは当然だが、それ以上に何かこう、もっと美味しくなっている気がするのだ。


「それは魔素が抜けるからだよ。」


「魔素?」


 初めて聞く言葉だ。


 「知らないって顔してるね。魔物の成り立ちは知ってるかい?」


 首を横に振る。


「魔物は遥か昔、弱者は食べられるしかない世界だったらしい。まあ今と変わりないと言えば変わりないんだが。

 人が圧倒的優位すぎたため、人の数が増え、あらゆる生き物の個体数が激減した。」


 人口増加による食料危機か。どこの世界でも似たようなことは起こるんだな。


「それに憂いた当時の大賢者マティニエル、今では神の一柱とも言われているが、魔素を作って世界に撒いた。

 人型以外の生物は魔物に姿を変え、当時対抗策を持たなかった人型の種族は激減。今では均衡を保っているんだ。」


 そういう事情があったのか。ジュージューと焼ける肉によだれが止まらない。まだだろうか。


「しかし、計算出来たり礼儀はいいのに、歴史に関してはからっきしだねえ。」


「あまりそういう勉強をしてこなかったものですからね。」


「まだ若いのに火属性の上位魔法も使うし、ヴォルフ君は変わってるよ。

 ええっとどこまで話したかな?そうそう、で、その魔素ってのが食べ物をまずくしてしまうんだ。

 だから血抜き品がものすごくおいしく感じる。」


 血抜きの重要性が分かった気がする。でも同じような兎っぽい生き物でも、地球よりはるかにおいしかった。


 実は魔素は味を悪くするんじゃなく、食材自体を美味しくする役割を持っているのかもしれない。


 そう思うと、大賢者が人口抑制・食糧難・味の向上と非常に世界に貢献しているように感じた。



「さて、出来上がりだ。最初はやっぱり定番の肉焼きから行こうか。」


「ついにきたっ!」


 拳大のステーキが出てくる。

 ナイフと先が二本のフォークを使って一口サイズに切り取り、ソースを絡める。

 味は豚のそれに非常に近いが脂が程よく乗っており、その脂は甘ささえ感じるほど上質。

 カラメル色のソースはオニオンソースの様で、少しさっぱりした風味が肉とマッチしている。


「うまいっ!」


「半分はソース、残り半分はこっちの特製の塩ソースを付けて食べてみてくれ。」


 小さな器に入った塩ソースなるものを受け取る。あっという間に半分を食べ終えると、残りの半分に塩ソースをかけていく。


「こっちもうまい!」


 塩ソースは、この世界のネギ塩だれに近い味だった。オニオンソースよりも更にさっぱりとした風味。

 口の中の脂っぽさが一気に解消され、いくらでも食べられそうだ。

 気付けば最後の一切れになってしまったオークステーキ。

 勿体ない気もするが温かいうちに食べてしまうのが一番旨いので、躊躇なく頂く。


「ご馳走様でした。」


「いやあ、実に良い食べっぷりだったね。見てて気持ちいいくらいだったよ。気合入れた甲斐があったってもんだ。もう一品つくるかい?」


「いえ、また後からお願いします。マスターも寝てないでしょう?」


「バレてたか。」


「多分まだ昼前くらいですよね?」


「滅多に手に入らない食材でちょっと興奮してしまってね。少し休ませてもらえると助かるよ。」


「どうぞどうぞ。今夜は宴もあるんですから休んでください。」


 さっと調理器具を片付けると、入り口のボードに『開店は夕方』と書いて1階に降りて行った。

 一人残されてしまったので、休憩スペースでもう一寝入りを決め込んだ。


***


 橙色の光が街を照らし始めた頃、宴の喧騒で目を覚ます。

 ギルドから大通りに出ると、大通りの真ん中には沢山のテーブルが置かれており、徐々に料理が並びつつある。

 殆どが肉と野菜。生魚は食べ物として主流ではないのか、はたまた魔物化しているからなのか。


 ざわざわしている中でも、ひときわ目立ったのがフルプレートの金属鎧を付けた一段だった。

 オーク討伐に参加はしていなかったが何者だろうか。


 大通りの両側に展開されている露店を見ながら時間を潰していると、

 一角に設置された演台の上にマスターが上がってくるのが見えた。


「今回の襲撃は、オークの群れ約30頭・オークファザー1頭の大規模なものだった。」

オークファザーの討伐報酬が金貨2枚だったところから、非常に強いとされる魔物のようだ。


 ファザーのくだりで、ざわざわとしだす住民たち。


「だが、それに対応できるだけの戦力によってオークの群れも全滅、ファザーも討伐に至った!」


 おぉ。と驚嘆の声があがる。


「今回のオークの群れは撃退ではなく、討滅である!今日は存分に祝おうじゃないか!」


 盛大な拍手が巻き起こる。普段はでっぷりとしたコック候なのに、こういう時に絞めるマスターはちょっとカッコいい。


「では、次は領主殿から言葉を頂こう。」


 壇上から降りるマスターと入れ違いで、白い顎髭を伸ばした壮齢の男性が壇上に上がる。


「冒険者諸君、今回の討滅見事だった。聞けば一騎当千の魔法士も居たようで幸運だったと思う。

 さて、あまり長く話して料理が冷めても勿体ない。飲み物の準備はいいか?では、乾杯!」


「「かんぱーい!」」


 領主の挨拶が思いのほか短く、偉ぶった感じもなかったのに好感を覚えつつエールを煽る。

 スーツの俺はどうしても目立ってしまったらしく、住民からは討滅作戦の時の魔法士として歓迎を受けるのだった。

 他の冒険者たちも同様で、皆が一様に住民からの感謝を受けていた。


 しかし、それで面白くない人もいる。


 豚しゃぶサラダのようなものを、食べていると後ろから突然肩を掴んだのは18,9歳くらいのまだ若い少年。

 既にエールで酔っぱらってるのか、足取りがおぼつかない。


「おい、てめえ。折角功績上げれるところを一人で持っていきやがって。」


「ふぉい?ふぁんふぇふふぁ?(はい?なんですか?)」


思い切り口の中にほうばっていたので上手く話せなかった。


「おちょくってんのかてめえ!」


もぐもぐもぐもぐもぐもぐ。


「さっさと飲み込めよ!」


ジェスチャーでちょっと待てのポーズをとる。ジェスチャーは無事伝わったらしく、イライラした面持ちで睨みつけている。


「で、なんですか?」


「変な服着た魔法士さんよ!てめえが全部やっちまったせいでこっちはEランク昇格を逃したじゃねえか!」


 ざわざわ。こんな宴の席で言うもんだから、住民たちは「え?そうなの?」といって遠巻きに見てるじゃないか。


 別に功績自慢したいわけじゃないからみんなで歓迎してもらえばよかったのに。


「先陣切るかと言われたときに手をあげなかったでしょ?」


「当たり前だろう!死にに行くようなもんだ!」


 え~。そこで当たり前言っちゃうんだ。


「別に死ぬために先陣切ったわけじゃないんでいいでしょう?」


「そういう問題じゃねえ!」


じゃあ、どういう問題だってばよ。


「お~?何だ、早速酔っぱらってるのがいるのか?」


 のしのしとマスターがエールと肉を片手にやってきた。完全にオフモードに切り替わってるな。

 良いものを見つけたとばかりに青年はマスターに声をかける。


「ギルドマスター、今回ちょっと働き足りなかったから、こいつに稽古付けてやろうと思ってさ。いいだろ?」


 マスターのこめかみがピクッと動く、そりゃそうだろう折角の宴の席なんだからおとなしく食べててくれよ。


 諦めたようにとため息をつくと、数人のギルド職員を呼んで指示を出した。


「まあ構わんよ。その辺ちょっと準備するから空けてもらえる?ちょっと稽古をつけてもらうといい」


「はっ。話がわかるじゃん!」


 職員が何かをもって一角を人払いしていく。手に持っているのは木製の武器のようで、丁度二人が持っているような大きさの剣だった。


「あくまで余興としての模擬線だよ。武器はお互いこれ。お互いあんまり怪我させないようにね。」


「ふんっ。」


 青年が職員から剣をひったくって人払いした一角に入っていく。


「彼は前から気が大きくてね。ちょっと鼻っ面を折ってやってくれないか?」


「マスターそんな性格でしたっけ?」


「前々から少しばかり手を焼いてるんだよ。新人に絡んだりね。」


 なるほど。マスターの顔を立てるためにも一肌脱ぎますか。


「どうぞ。」


「あ、ありがとうございます。」


 【奈落の剣】には重量が遥か及ばなくて少し物足りない、長さ1mくらいの木剣が渡される。


 とはいえ、この貧弱ボディで振ったりしようものなら遠心力の餌食だ。

 パフォーマンスということも考えながら相手をしなければ。殺さない戦いはここまできて初めてだった。

 それにしても、何故オークを倒した人間に対し、先陣を切れないような奴がここまで食って掛かれるのか。

 似たようなことは今までもあったろうに。マスターの苦労も理解できるような気分だ。


「はじめっ!」


 木の剣に魔力を通す。使う魔力は100、それでも木の剣なら野球バットのフルスイング並の速度が出せる。


「はぁぁぁあ!」


 一直線に駆けてくる。それでは嵌めて下さいと言わんばかりだ。


「ホール」


 落し穴の魔法を言いやすく変えて唱える。毎回戦闘中に「落し穴」と唱えるのは非効率だ。

 青年が切りかかる直前、最後の一歩の足場が10cm沈み込んだ。


「うあっ!?」


 たたらを踏むがその一瞬は実践では命取りだ。

 風切り音を伴って手に持ったままの木剣を魔力で振る。

 こうすることで剣は浮いていないように見える。

 ようするに『魔法士でも剣も使えるらしい』というアピールだ。

 鈍い音で腹部にめり込む木剣。相手の手から離れた剣もそのまま奪い、両手に持って魔力100を付与して振る。

 既に戦闘不能かもしれないが、折角の美味しい食事を邪魔された恨み。多少ボコボコにしてやってもいいだろう。


「がっ!ぐあっ!」


 両手の木剣で、それぞれ左右の手首、肘、肩、鎖骨、腿、膝、くるぶしなどの関節部分を連続して叩きいていく。

 腐っても戦士なんだから、フルスイングでも大丈夫だろう。

 フルスイング木剣の連続攻撃で倒れることもできない青年だったが、攻撃がひと段落しようやく崩れ落ちる。


「こりゃまた派手にやったもんだね。勝者、ヴォルフ!」


 ウオォォォ!


 周りに集まっていた住民達から歓声があがる。片方はぼこぼこだけどいい余興になったようだ。

 結局名前も知らぬ青年は、職員がしょっ引いていった。後からたんと怒られてしまえ。


「兄ちゃんすごかったぜ!」


「そりゃあ、オークもやっちまうわな!」


 観客から労いの言葉を受けていると、突然一角の人混みがが割れた。

 現れたのは甲冑の騎士達を引き連れた領主だ。


「少し遠くから見せてもらったけど、なかなかの腕前だね。とてもFランクとは思えないよ。」


 ここの領主はどうやらフランクな人柄のようだ。とはいえ変に合わせて無礼にはならないように気を付けよう。


「ありがとうございます。領主様にそういっていただけるとは光栄ですね。」


「そんなにかしこまらないでくれ。」


 それで、とちらりと視線をマスターに流す。


「私の下で働く気はないか?」


「すみませんが、冒険者を続けさせていただきます。」


 少々の沈黙。


「おいっ!貴様っ!」


 横に控えていた騎士が踏みでる。


「待て」


 そしてそれを制する領主。騎士は渋い顔をして一歩下がった。


「理由を聞いてもいいかね?」


「私は将来世界を見たいと思っています。少なくとも暫くどこかに所属するつもりはありません。」


「そうか!じゃあ仕方ないな!聞いた話だとギルドに入ってまだ三日目。

 二日目の時点でオークをあれだけ倒しているなら、将来かなり上位のランクも目じゃないさ。」


分かって聞いたんだな、この人は意外と狸なのかもしれない。


「答えがわかって聞きましたね?」


「そりゃあ勿論だ。向上心がない奴はいらない。逆に受けられたらすぐに首にしてた。」


「やっぱりそうでしたか。」


「それを知っても不快さを出さないという点でも、更に評価を揚げさせてもらうよ。」


「光栄に思っておきます。」


 さて、と少し真面目な顔して小声でささやく領主。


「ギルドマスターのバーデン殿には話をしておくので、あとで領主館まで来てほしい。」


 突然の呼び出し。悪い話ではなさそうに思えるが、まぁ立場上行くしかないか。


「わかりました。」


「助かるよ。」


 それじゃ、と言って立ち去る一団。そしてまた周りが喧騒に包まれる。

 宴は夜遅くまで続いた。

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