01 魔力の無い魔法使い
物心つく前、魔法使いに憧れた。
物心ついた頃、魔法使いはいると思っていた。
中学二年生、魔法使いになれると思った。
高校卒業時、この世界には魔法がないことを悟った。
社会人三年目、異世界にはきっと魔法があると信じた。
社会人十年目、パソコンで何でもできる魔法使いと呼ばれるようにいなった。
三十路前日で、もうすぐ魔法使いになると思っていた。
使ってみたかった魔法、使えると信じていた魔法、そう思って魔法に使えそうな知識を勉強し続けた。
30歳になったらサッパリ諦めることにした。
もしも、魔法が使えたら。
そう思って三十路の誕生日に向かって床についた。
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突然だが我が家のベッドはそれはもう柔らかい。
彼女も作らず結婚もせず(決してできなかったわけでない)大枚をはたいて最初にした贅沢は、数十万のベッドとマットレスだった。人生の三分の一、だらだらするのを含めたら独り身には更に長い間付き合う友、いや相棒なのだ。
そんな我が家のベッドが今日はやたら固い。そして青臭い。
目を開けると映ったのは、青々とした草。
「どこだここはっ!」
跳ねるように起きると、膝までの緑の絨毯が永遠と続いていることが分かった。
前方には遥か地平まで届く草原、だが不思議なことに何一つ動かない。青々としている筈の草は生気がなく、音もせず、風も感じない。
「え?あれ?」
確か三十路の誕生日に向けて早めに床についた筈。少なくとも草原まで来た記憶もなければ、今までの人生でこの場所に来た覚えもない。
そして何より
「時間が、止まってる?」
キィィィィンと高く、神秘的な音が聞こえる。
ぺらり
眼前に1枚の古ぼけた紙が落ちてくる。
拾い上げると手書きで書いてあったのは
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レベル 1
筋力 … 10
体力 … 10
器用 … 10
敏捷 … 10
魔力 … 1
魔力回復 … X
技能:魔力接収、創製魔法
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これは所謂ステータスだろうか?ということは異世界に飛ばされた?
赤い紙に飽きたと書いた覚えもないし、エレベータに乗っていたわけでも、乗客のいない終電電車に乗ったわけでもない。
ただ、今考えるべきは恐らく生き残ることだろう。
技能欄の創製魔法というのは非常に気になる。だが魔力1だ。魔力1で何ができるというのだろうか。
他の能力が10というところから1という数字は非常に心もとないことがわかる。
裏側には何か
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後三秒
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三秒?何
ボォッ!と持っていた紙が燃え上がる。
「うぉあっ!」
後三秒?そんなに経ってた!?と思考が追いつく間もなく世界が動き始める。
「後3秒で燃えるってことだったのか」
誰が召喚したわけでもなく、何の説明もない、はっきり言って驚きだった。
現実の異世界転送は思った以上に、何一つの情報もない不親切さだった。
***
誰が予想しただろう?異世界の最初のピンチが脱水と餓死というのは。
既に数時間、快晴の中、果てしない草原を歩いているが一向に草以外が見えない。
いい加減、喉も乾いてきたが、持ち物はなぜか一張羅のスーツに革靴だけ。
就寝中だったのにスーツに変わっているのは、前世で一番着ていたからだろうか?
「あ、魔法!」
そうだ魔法だ。でも魔力は1しかない、MPがないところから恐らく魔力そのものを消費するのだろうか?1で何ができるかというところだが、不思議とこれならできるという確信があった。
「ウォーター」
手のひらから水が湧き出る。乾いた喉にがぶがぶと流し込む。
一瞬くらっと来たのは、気が緩んだからだろうか?
コップ1杯程度の水が一瞬で胃に消える。水があれば人間1週間は生きられると聞いたことがある。
少なくとも寿命が数日確保できたことに、まずは満足することにした。
さて、暫く歩きながらいくつかわかったことがある。
魔力というのは恐らく自分自身が持っているもので、消費型のようだ。一定時間で回復するのが魔力回復のステータス。
その後も何度かウォーターを使ってみたが、毎回起こる眩暈の様なものは魔力枯渇と考えられる。
毎回同じくらいの時間、同じくらいの眩暈というか気持ち悪さがあった。
ステータスに魔力回復Xと書いてあったのは、瞬間的にかなりの量が回復できるんじゃないだろうか。
いや、魔力1だから多分だけど。
そしていくら魔力の回復速度が速くても魔力1までの魔法までしか使えないようだ。
ただ、そこは創製魔法、工夫次第色々なことができることがわかった。
着火<イグニッション>は火を一瞬出す。でも燃焼はしない。
扇風<せんぷう>は一瞬送風できる。手で仰いだほうが涼しい。
落し穴<おとしあな>は1cm四方の穴を地面に作れる。
ウォーターは自分を中心に1mの範囲にコップ1杯程度の水を発生させる。
しょぼい。正直これでどうしろっていうんだとは思う。
調子に乗って全力で「着火<イグニッション>!」と大声で叫んで、一瞬だけ火がでた時には、誰もいないけど恥ずかしい気分になった。
ちなみに影響できる範囲は大体1m程度。こんなので異世界名物の魔物討伐などやれるものか。
1cmの落し穴なんて蟻しかかからないだろう。
まずは何とかして魔力を上げなければ。
レベル?もしくはもう一つの技能の『魔力接収』に期待するしかない。
接収というからには触れた相手から奪い取るとか、そういうのだといいな。
「いかんせん何の説明もなかったのが痛いな」
創製魔法はなんとなく字面でわかったのが幸いだった。もう少し分かり辛かったら今頃脱水で死んでたかも。
気を取り直して街の明かりが見えたのは、陽が落ちた頃だった。