メイドのいる日常ー3
学校に着き、教室に着いた俺はふうっとため息を吐いた。
奈央とはクラスが別々なのでもう気兼ねすることはない。
メイドというものは居るのは有難いが此方も気を使うものだ。
今日は朝から色んなことがあった。
日常的と言ってしまえばその通りなのだが、それでも疲れる。
俺は机に突っ伏す。
なんかこの時が一番落ち着く気がする。
身体の力を抜いてだらんと脱力しきる。
ーーが、平和というものは永く続かないのが人の世の常で…
「わはっはは…つちょっとまって…笑い死ぬ…くっはははーー」
突如とした敵の襲来に俺はただ苦悶に身を捩らせることしかできない。
くすぐりの煉獄から解放されると俺は息も絶え絶えに再び机に突っ伏した。
「にゃはは!やっぱり、恵は反応が面白いにゃあ」
その少女の声は快活といった言葉が一番似合う。
猫を連想させる語尾はなんとも愛らしく、獲物を見定める猫のように大きな瞳は大海の如き蒼く、深い。
コンガリと健康的に焼けた肌にスラリと小柄な体躯はチーターを思わせる健康的均衡が取れた肉体美を持っている。猫耳と猫の尾が似合いそうとつくづく思わせられる。
そんな彼女の名前は乙葉ねここ。
両親がどう思ってつけたかは知らないが凄くピッタリな名前であると思う。
ねここは俺の前の椅子に座る。
「どうしたのかにゃ?難しい顔して?」
「ああ、まあいつもの事だよ」
「我輩にはいつもそうやってはぐらかすにゃー」
ああ、そうかそういえばねここにはまだ奈央の事は話していなかった。
別に減るものやないし、俺は話す事にする。
「ーーという訳で、奈央と一緒にこの学校に通っているのだけど、奈央が最近おかしくて困ってるんだよね」
と、俺と奈央の半生を語り終えると流石に退屈すぎてねここは寝ている……と思いきや。
「にゃぁああ!恵は大変な人生を送ってきたんだにゃぁ!!」
号泣していた。どこか涙する部分はあったのだろうか?
確かに両親の死は俺にとっても悲しいものであったが白檀家の方々にはいいようにしてもらっていた。なので俺はそこまで人生に苦労はしていない。
「これからは私が守るにゃ!安心するにゃ!この乙葉ねここがついてるーーにゃあ!!??」
刹那、ねここの眼前1センチを音速の如きナイフが走った。
ナイフはそのまま壁にヒビを作りながら突き刺さった。
ねここは何が起こったのか分からないようで椅子から滑り落ちただガクガクと震えている。
俺は冷静にナイフが投げられたであろう方向を向く。
するとそこには案の定、奈央が居た。
「あら、手が滑ってしまいました。大変申し訳ありません。まさかご主人様に手を出していたのは豚ではなく猫であったという事に驚いてしまってたまたま持っていたナイフを滑り落としてしまいました。ですが、猫は猫でも泥棒猫の様でしたけどね」
と、俺を光が失われた目で見てくる。
「な…奈央さん?」
「いえ、ご主人様は何も悪くないのです。ですからそのままお座りくださいませ。私はすこし猫とじゃれ合いたいだけですから。その後猫の身体がバラバラになっていようと私は知りません」
俺が知っています!!やめて、ねここ殺さないで!
俺の数少ない友人だから!
「奈央、取り敢えず落ち着いてその振り上げたナイフをおろそうか」
「ご主人様はお優しいのですね…でも私は大丈夫です。たとえ世界を敵に回してでも私はご主人様のお側におりますので」
話が通じてない!
ヤバいヤバい!奈央はすこしづつねこことの距離を縮めて行っている。
何か打開策は……そうか!怒りの矛先を俺に向ければいいんだ!
俺は妙案をすぐさま実行に移す。
と言っても簡単だ、今朝の様に俺は奈央の頭をポンポンと撫でた。
すると一瞬にして奈央の頬は真っ赤に染まり、持っていたナイフを床に落とす。
金属特有の甲高い音が教室に響き渡るが奈央はそんな事すらきにする余裕がないのかただ呆然としてこちらを見ていた。
「奈央?」
「ひゃ…ひゃい!」
噛みまくってる。怒らせすぎたかもしれない。
俺は叱責を覚悟する。
「…うぅ……失礼しまちた!!!」
が、今朝同様に叱責は来ることなく、奈央は落とした、ナイフすら拾わずに一目散に教室から出て行った。
ふう、助かった。
「ねここ、立てるか?」
「にゃぁ……」
涙目のねここに俺は手を差し伸べる。
いつもはあれほど元気なのにここまで弱っているとなかなかに可愛らしい。
ねここは涙を制服の袖で拭うとその手を受け取った。
「……ありがとうにゃ。でも助けてくれなくても全然怖くなかったにゃ!大丈夫にゃ!」
そう顔を真っ赤にして言うねここはいつもの活発なねこことは違って護ってやりたいという気持ちが働く。
子供見守る父親の様なかんじなのかと、俺はいつからこんなになったのだろうかと一人苦笑いした。
「ああ、そうだな。ねここは一人でも強いもんな」
「にゃ?馬鹿にしてるにゃ!?我輩はすっごく強いにゃ!!」
「ああはいはい、世界最強ですよ、ねここは」
「にゃぁぁぁぁ〜!怒ったにゃ!我輩怒ったにゃ!」
悔しさを滲ませながら言うねここを置いて、俺は自席に戻る。
平和そのものの日常。
これがこのまま続けばいいと思うがーー
その時から、俺を日常から逸脱させようと監視する影はいたのかもしれない。




