メイドのいる日常ー1
ーー俺はその日、全てを失った。
中学二年の夏休み。
今でも忘れない、8月の第三水曜日。
日本の市場経済の30%以上を占めていた市場最大にして史上最大の財団ーー白蘭財閥の一人息子として俺は生まれた。言い換えるのなら御曹司というところだろう。
だが、当時の俺は特にしたい事もなく、日々を浪費していただけだった。
今思えば、勿体無いことありゃしない。
小学校の時に経済破綻した孤児院から拾われてきた奈央と出会った。
それでも、俺の人生は変わらなかったが、その時から人生は変わって居ないようで変わっていたのだ。
父はその時から心臓を患っていた。
それが、運命への布石になっていたのは事実だ。
家族旅行の初日、俺の両親が乗った車は事故にあった。
トラックとの正面衝突で、相手側の運転手の居眠りが原因であったらしい。
幸いか不幸か、俺はその前日に夏風邪を引いてしまって奈央と一緒に留守番をしていて無事だった。
父親は事故のショックで心臓停止で死亡。
母親の方は頭部強打による頭蓋骨陥没により死亡。
俺は全てを失ったのだ。
泣いていた俺を奈央がよく慰めていてくれたのを今でも憶えている。
奈央も泣いていたくせに「泣かないで下さい…」とずっと俺の頭を撫でていた。
今では少し恥ずかしいが、それで助けられたのも事実で奈央にはすごく感謝している。
だが、運命は非情なるものだった。
中学生に会社運営が出来るわけもなく、父親の生前の部下たちに上手いこと一杯食わされた俺は父が創った財団までも失ってしまい、親戚の家に引き取られる事となった。(中学生、高校生の一人暮らしには保護者などの保証人がいるので、金があっても一人暮らしは出来なかった。なのでもしもの時の為にと貯めておいたしていた俺の一千万の貯金は今になりようやくその効力を発揮している)
引き取って貰うだけでもありがたく、肩身の狭い俺は奈央を雇ってくれなどと言えなかった。
そしてまた奈央は孤児院の世話となったのだ。
俺はこれ以上肩身の狭い思いは嫌で、東京から離れた京都の名門校を受験した。
勉強するまでもなく主席で通り、一人暮らしも認可されて俺はとうとう自由の身になった。
そして、引っ越しを終え、床に就こうと寝室に入るとーー
俺の服を物色している少女と出逢ったのだ。
その少女こそが高校生になった奈央であり、再び俺の専属メイドとなる少女であった。
幼い頃からのチャームポイントであったアホ毛はそのままに、金色の長髪は月光のように淡く優しい輝きを持っていた。だが、注目すべきはそこだけでない。均衡をとれたは曲線美はまさに男を魅了するためにつくられたかのようで、胸はグイグイと服を押し上げているが、腰は折れるほどしなやかに細く、四肢もスラリとまさに天使のような艶麗を誇っていた。そしてその体躯もさる事ながら、クリクリとした大きな瞳に、よく通った鼻筋にふっくらとした惹きつけられるような薄紅の唇。そしてそれを引き立たせる輪郭線はまさに造形美を思わせた。
俺は一瞬、ーーいやもっと、余りにも大人になった奈央に見惚れてしまった。
女子はここまで成長するのかと舌を巻きながらもその奈央を見つめる視線は身体のあちこちに彷徨わせた。
だが、段々と冷静になってきた俺はふと思った。
「奈央、何してるの!?」
「何ってそれはもう見ての通りこ主人様の匂いをこの嗅細胞に焼き付けているのですよ」
「なんだ、そんな事か……じゃなくって!!なんでここに居るの!?」
すると奈央はすっくと立ち上がって以前と変わらない柔らかな微笑みを俺に向けた。
「また、ご主人様の専属メイドとして再びご主人様に使える為、此方に参りました。この比嘉奈央を再びよろしくお願い申し上げます」
あの時に救ってやれなかった罪悪感もあり俺は奈央との主従生活を受け入れた。
この様にして俺の生活は現在に至る。
なんの変哲のない高校生活に美少女メイドがいる。
これ程恵まれた事は無いだろう。
だから俺はのうのうと生きていく。
過去を見ずに、ただ今を楽しんで。