肆ノ刻 ~上弦ノ月~
夢を見ている――……
白黒の夢を見ている――……
満月の下――……
優しい顔の兄――……
その兄に寄り添う一人の少女――……
◆◆◆
目が覚めると凄まじい疲労感が私を襲った。
しかし、そんな疲労感を吹き飛ばす激痛が両腕に走る。
見ると縄のような青い痣が右手首だけではなく左手首にまで現れていた。
凄まじい痛みに悶えていると、私は水の中にいた。
気が付くと私は手足を縛られて水の中にいた。
手足を縛られているせいでもがくことができず、水中にいるため呼吸をすることもできず、ただ暗い水底に沈んでいく。
さらに光が届かないほど深く沈むと、青白い複数の手が現れて私の身体を引っ張る。
私は必死に縛られている手足を動かして抵抗するが意味もなく、引きずり込まれる。
やがて、息が持たず私の意識は暗い水底に吸い込まれていった――……
ハッと息を吸い込み、目を開けると元の部屋にいた。
手足を確認するが縛られてはいない。
身体を抱き締めてみるがどこも濡れてはいない。
あれは夢、幻だったのだろうか?
それにしてはあまりにも現実的だった。
私はふらつきながら立ち上がり、おぼつかない足取りで鍵の束まで歩き拾い上げ、扉の鍵を開けて部屋の外に出た。
部屋の外に出て拾った鍵の束を確認する。
鍵の束には2つの鍵が括られている。
取っ手の部分にそれぞれ月を象った彫金が施されている。
それぞれ三日月と半月が彫られている。
私は半月の鍵で開く扉を探すことにした。
◆◆◆
目的の扉はすぐに見つけることができた。
私は扉の鍵を開けて部屋の中に入る。
すると、中には座敷牢があった。
座敷牢の中を照らすとあの薄い青色の着物を着た少女がいた。
私は思わず少女に尋ねる。
「あなたは……一体……?」
少女は何も言わず座敷牢の片隅を指差す。
私は指差されたところを照らす。
すると、そこには1冊の本があった。
再び少女がいたところを照らすが、少女は消えていた。
私は座敷牢の格子を開けて中に入る。
そして、少女が指差した本を手に取る。
本の裏表紙に名前が書いてある。
“日浦月夜”
これがあの少女の名前なのだろうか。
私は本を開いた。
『七月一日――
今日、夢を見た。
満月の夜、美月と見知らぬ男の人が寄り添い合う夢を見た。
七月二日――
昨日と同じ夢を見た。
とても幸せそうな夢なのに、なぜだろう? 起きたら涙が零れていた。
七月三日――
来週この屋敷に男の人が泊まりに来る。
なんでも母の遠い親戚だそうだ。
島の人でも滅多なことがない限り屋敷に招くことがないのに……
どんな人なのだろうか』
日付が飛んでいる。
『七月十一日――
今日、男の人がこの屋敷に宿泊しに来た。
民俗学の学者で先生らしい。
この島の風習や風俗を調べに来たそうだ。
とても優しそうな人だった。
七月十二日――
今日、美月に先生の話をした。
美月は楽しそうに話を聞いていた。
しかし、時折寂しそうな顔を見せた。
美月は言葉にはしなかったが、たぶん先生に会いたいと思っている。
なんとなくだが、私には分かる。
なぜなら、私たちは双子だから……
七月十三日――
燕に昨日のことを話した。
美月が先生に会いたがっていることを相談した。
燕は最初は反対していたが、私の話を聞いて渋々協力してくれると言ってくれた。
七月十四日――
今日は燕と協力して美月を先生に会わせた。
美月は最初は緊張していたそうだが、先生と話しているうちに緊張が解けたようで楽しそうに話をしたそうだ。
七月十五日――
今日も美月を先生に会わせた。
私が身代わりになって座敷牢にいる間、美月は霜月先生とどんな話をしているのだろうか?』
日付がまた飛んでいる。
『八月一日――
今朝早く先生は島を出たらしい。
このことを美月に話したら、美月は動揺して悲しんでいた。
八月二日――
今日、夢を見た。
儀式が失敗する夢を見た。
皆に話したが、燕と美月以外は誰も信じてはくれなかった。
八月三日――
燕と協力して美月を島から出す方法を考えた。
島の裏手にある林、そこに誰も使っていない小舟が一隻ある。
それを使えばもしかすると……
あとは時機を待つだけ……
月 日――
ごめんなさい美月……
ごめんなさい燕……』
ここで日記が終わっている。
私は日記を閉じて元の場所に戻そうとした時だった。
日記から何かが落ちた。
私はそれらを拾い上げる。
満月の彫金が施された鍵と札鍵だ。
あの子を……助けて……
鍵を取った瞬間後ろから声がした気がした。
私は後ろを振り向くが誰もいなかった。




