chapter4:朝食
ロベリア・イェーガーの朝は遅い。
大体7時頃に目を覚まし約15分は布団から出ない、普通の起床時間かもしれないがもっと早起きな人間が此処の住人には大勢いるので相対的に遅い部類へとなってしまうのだ、あと低血圧。
特に理由もなく早起きな連中はわからないが同居人たちは色々な理由がある、良い機会なので住まいを紹介したいと思う。
私の住む雑居ビルは三階建て、一階はオーナーのガレージ兼趣味の保管所となっている。
地下室もあるとのことだが未だ確認はできていない、秘密の地下室だなんてロマンの薫りがすると思うがどうだろうか?
二階は事務所、これについては後で詳しい説明をさせてもらう。
最後に三階が私たち居住者の住むスペース。そこそこ広さがあり個室が完備されていて快適な暮らしをさせてもらっている、キッチンはダイニングにあり誰でも利用できるし、共有スペースの冷蔵庫は誰の物か分かるように名前を書けば問題はない。
御手洗いは複数あり浴場は時間帯による交代制になっているが使いたい時は事前に住人に相談すれば基本的に利用ができる。
言ってしまえば普通の寮生活と変わりはないので気楽なものだ。
「だが一つだけ納得がいかないことがある」
脳内モノローグで語っても意味などないが言っておきたい。
此処の住人は何故かカケル以外、私を子ども扱いもしくはマスコット扱いをしてくるのだ。これは誠に遺憾である。
覚えている知識の年代から推測すれば私は優に二十歳を越えている大人なのだというのに。
可愛いウサギの着ぐるみパジャマ(なぜかサイズがぴったり)やら一抱えもある大きなテディベア、黒猫のマグカップにフカフカわんこのスリッパだのやたらとファンシーなグッズを入居祝いに送ってきやがった。祝いの品を返却するわけにもいかず私の部屋の新たな住人としてしぶしぶ彼らを歓迎するしかなかった。
「おはよう、スティーブ(クマ)今日も良い天気だ」
椅子に座る物静かなスティーブに挨拶をして窓の外を眺める、霧もなく晴れた空には雲一つない。
欠伸を噛み締めて足元のわんこスリッパ(タロ&ジロ)を履いて部屋をあとにする、何か言いたいことがあるだろうか?
ピコピコと軽快な音を立ててダイニングへと足を踏み入れキッチンへと向かう、がすぐに妨害が入る。
「おっはよーう! ロベっちはやっぱりうさたんが似合うネ!」
あー、早速やって来た。
ハイテンションな隣人こと、ハチェット・ローズウッド。
赤毛のショートカットに碧眼、モデル体型の美少女の皮を被った朝になると何処からともなく現れる害虫系少女。
コイツからロップイヤーのパジャマをプレゼントされたのだ、恥ずかしかったので着るのを拒否したら隣りの部屋から啜り泣く声が毎晩聞こえるようになった、深夜に「うさたん…うさたん…」と悲痛な声をBGMに寝ていられるほど私も図太くはない。
結果、垂れ耳ウサギのパジャマを着ることになった。
着たら着たで鬱陶しいことこのうえないがな!
「おはようハチェット。あと抱きつこうとするな暑苦しい」
「えー、いいじゃん少しくらい! それにハーちゃんって呼んでって言ってるのにー」
「誰が呼ぶか、汚らわしい」
「ちょっ、そこは普通に恥ずかしいじゃないの!?」
毎朝のやり取りをこなして仕方なくテーブルにつく。
いくら起床時間を変えても必ず私の前にコイツが現れるから最近では極力干渉しないことにした、絶対に隣りの部屋で聞き耳を立てているか出待ちをしているに決まっている。何故ならば入居してから一度も朝に会わなかった日がないくらいだから。
うんざりした表情で座る私の前に可愛いらしい黒猫のデザインのマグカップが置かれる、中身はミルクと砂糖が入った私好みの珈琲だ、これも毎朝の習慣になりつつある。
「おはようロベリアさん、調子はどう?」
「ああ、問題ないよ。おはようカケル」
私が起きる時間には散歩から帰ってきたカケルが珈琲を淹れてくれるようになった、切っ掛けはなんだったか覚えていない。
「おっはー! カケルん、あたしにも一杯!」
「はい、少し待っててください」
そう言うとカウンターの裏に姿が隠れる、そして何故か当たり前のように隣に座るローズウッド。
「せめて名前で呼んでよ!」
うっさい。
「あれ、どうかしたの? なんか怒っているみたいだけど」
困り顔のカケルが珈琲のポットとマグカップを手に戻ってきた。馴れた手つきでハチェットの珈琲を注ぐと朝食の準備をしにまたキッチンへと戻っていく。
最年少でありながら家事全般の手際が私たちの中でも一番というカケルはこのビルの管理人のような立場になっている。
オーナー直々に指名したので管理人そのものなんだが……日に日にカケルに頭が上がらなくなっている気がするのは気のせいなのだろうか。
隣でカラフルな謎生命体のイラストの入ったマグカップで珈琲を啜る残念美少女の図太さを少し羨ましく思う。だがそこまで堕ちるつもりはないので心のなかで深くカケルに感謝する。
「お、集まっているな」
「とーちゃんだ、おはようー!」
「……なあ、そのアダ名やめないか?」
「え、かわいくない!?」
のんびりとやってきたのは藤堂邦正。
名前のアダ名がクニちゃんやマサだと格好悪いから名字の藤堂で呼んでくれと言われたが、とーちゃんという斜め上の最悪なアダ名を付けられて全てが無意味に終わった報われない人物。
顔立ちも良く、頭の回転も早い、運動もできるのに何故だろう格好良くないのだ、うん。
ハチェットとは方向性が違うが残念な青年である。
あ、因みにタロ&ジロは彼からの贈り物だったことを追記しておく、やっぱりなんか残念だなマサ。
「おはようマサ、今日もなんだか不幸そうだな」
「おいおいロベリアちゃん、なんで当たり前のようにマサって呼んでんのさ! 藤堂ね、藤堂!」
「とーちゃん?」
「……あ、とーちゃんもアリだわ」
「あーっ! ズルイよ! じゃあ、ママって呼んで!」
「土に帰れ」
「いぃーやぁーだぁーっ!」
「ママってお前、完全にオレのアダ名わざとじゃねーか!」
何かどんどん五月蝿くなっていくのは気のせいか?
というか、朝からテンションが高過ぎるんだよ、特に約二名。
まあ、とにかくあと一人を含めて五人での共同生活をしている。
退屈をする暇だけはないのだが時々でいいから少しは静かに朝を過ごさせて欲しい。
「あら? 朝から賑やかですね」
噂をすればなんとやら、最後の一人の登場だ。
長い黒髪は艶やかで優しげな目元には泣き黒子、大人の色気と少女の可憐さを併せ持つ大和撫子こと貴船百合花なんだが相変わらず緋袴の巫女姿で登場である。
コレか着物のどちらかしかみたことがない純和風なイメージ通りなんだが……実はこの人も結構厄介だったりするのだ。
例えば可愛いらしい洋服を街中で見かけたら私に着せようとする、ファンシーな小物があれば私に使わせる、女の子に大人気のぬいぐるみがあれば私に持たせようとする……スティーブもこの人から渡されたのだ、あははははは。
「御早う御座います、ロベリアさん。そういえば昨日ロベリアさんに似合いそうなリボンを見つけたんです」
「え、あ、おはようユリカ……そうなんだ」
笑顔でグイグイくるから、こう、何かやりづらいのだ。
上手く言えないが善意しかない相手に恥ずかしいからって断りを入れるのも何か違うような気がして対処に困る。
どっかの少女みたいに欲望まみれなら即拒否できるのに。
髪を弄られ可愛いらしいさ全開のツインテールにされるがままになる、楽しそうにパジャマのウサミミをピコピコと動かしているがはたして楽しいものなんだろうか。
「おぉー、ツインテもいいネ! あ、ユリ姉おはよー」
「御早う御座いますハチェットさん、藤堂さん」
「あ。どうも、おはようございます百合花さん」
この五人が同居人だ、そして私は既に疲労困憊。
住人の紹介だけで凄まじく疲れてしまった……そして早く朝食になって欲しい、私だけでこの三人の相手は無理だ!
いや、逆に考えればいい。
相手はせずにカケルの手伝いに行けばいいじゃないか、そうすれば無駄に精神を削らずに済む。
「おーい、カケルー。手伝いに来たぞー」
「あ、すいません。あとはこれを運ぶだけなんですけど……」
思いっきり出遅れた、ちくせう。
仕方ないのでピコピコ音を立ててカケルの後ろについてダイニングに戻ってくると全員テーブルに着いて朝食の準備を整えていた、なんだお前らは静かにできるんじゃないか、私が居ても静かにしてよお願いだから。
「準備は大丈夫みたいだね。それじゃあ食べようか?」
手早く朝食をテーブルにセッティングしたカケルの合図にそれぞれいただきますを言ってからトーストやサラダ、スープに手を付けていく。やはり一人に全員分の食事を用意させるのは心苦しいがここまで鮮やかな彩りの料理なんて私にはできない。
隣で会話を楽しみながら珈琲を飲むカケルをちらりと盗み見る、逆の右隣から私を凝視しているヤツは無視する。
「……いつもありがとう、カケル」
「ん? 何か言った?」
「いや、なんでもないよ」
「兄を想う妹かー。青春だねー」
何か言っている気がするけど無視しておく。
一つ訂正するならば私の方が姉なんだがな、そう見えないけど。
右手でアイアンクローしつつ私も珈琲を口にして朝食を楽しむことにした。
「痛い痛い痛い痛い、あっ、コレヤバいヤツだ。私が生きてきて聞いたことのない音が頭の中からするよ!? 凄いギチギチいってるってホントに!」
私の爽やかな朝を返して欲しい。