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chapter2:現状


 あの後、行き場を失った私が元の部屋へと戻るとアノ女性職員に捕まってしまい色々な話を聞かされた。

異能者の監督官への福利厚生やら職員の勤務体制やら人員不足やら愚痴は聞き飽きた……しかしながら、有益な情報が無かったわけでもない。


 私たちが現れた場所は神宿(しんじゅく)というらしい。

神が宿ると書いて神宿、読みは地名の名残がそのまま残っているので実に分かりやすい。

今から五年前に世界各地で空間の歪みが生じる怪現象が起きた、歪みはまるでシャボン玉の泡のような形をし一定の量まで増えると弾けて濃霧が発生し、晴れると私たちのような異世界の住人が姿を現したようだ、当時の混乱はそれはもう凄いものだったらしい。

 コミュニケーション手段も確立されていない、見た目もバラバラ、嗜好も常識もまるで違う、てんで手に負えない。

世界中がパニックに陥り、色々と犠牲やら出費が嵩んだとのことだが数字が大き過ぎて聞かされても実感が湧かず、よくわからないが大変だったとしか思えないが。

これにより各国共同による異世界の研究と取り決めが決まった。


 歪みは特定の場所でのみ引き起こされるので発生地域は即隔離された、これが隔離地区。

他にも否干渉地域やらKポイントやら名称はあるらしいけど一番使われるのが隔離地区、隔区(かっく)の通称で通っている。


 異能者は必ずしも災いになったわけではない、知識によるブレイクスルーが引き起こされたという点は大きなプラスだった。

特に医療の分野は科学とは別のアプローチによる治療により根絶された病は両手の指では数えきれない、死と隣り合わせの世界で医療が発達したのは皮肉なのか自然の摂理なのか。

なんであれ様々な分野の発展に貢献したこの出来事は歴史的大事件となり異世界との接触は慎重になった。


 最初の歓迎云々言っていたのは敵対心がないこととこういう背景ありきの言葉だと後から理解した、下心があるのは当然だ。

生きるためには金銭や財産は必須なのだから寧ろ裏がない方が怖いぐらいだ。


 さて、管理というよりは共生といった立場で異能者は生活を始めたのだが自由に何処へでも行けるわけでは勿論ない。

 基本的には隔区での生活が余儀なくされる、当たり前だが一般人との生活は色々とお互いに不利益を被る可能性が高いので却下されたのだが近年では許可を得ることでこれもクリアできる。

しかし隔区に留まる異能者も少なくはないので独自の文化や技術が他よりも高まる結果となり隔区の方が住みやすく出戻る者もちらほらといるとか、現代の面影を残しつつ発展した街など少しロマンを感じなくもない。


 端的に言えば神宿という隔離地区に異世界の住人の街があり、今も住人の数は増えているということだ。


 まあ、だから人手が足りないやら給料上げろやら待遇改善などの愚痴のオンパレードに突入したわけだ。


「いやースッキリしたわ」


「……あれだけ喋ってスッキリしなかったら転職しろ」


「この短時間で遠慮がなくなったわね、ロベリアちゃん」


 短時間で怒涛の勢いで愚痴られれば誰だって遠慮なんてなくなるだろうに、周りの人が地味に引いていたぞ。

こちらの気持ちも知らずにいい気なものだ、測定が終わってからずっとここにいて果たして仕事をしていたのだろうかこの人は。



***



 結局、就寝時間になってしまった。

明日以降は施設案内やら住居に職業などやることが山積みで考える暇もなさそうだ、有難い。

 しかし、カケルとは会話をする機会が持てずにこんな時間になってしまい残念に思う、できることなら昼間の話を聞かせて欲しかったのだがまた明日聞けばいいだけだ大丈夫。

昼間は喧騒に包まれていた施設も夜間には凍り付いたように静まり返っている……不安になるぐらいに。

静けさと暗闇に幼い子供の自分は怯えたのだろうかと、ふと思った。記憶がないということはこんな些細なことにまで影響を及ぼすのかと愕然とする、なんだか思考が袋小路に行き着いたようで気分が悪い。

変に頭を働かせたせいか眠くない、仕方がないので夜間の散歩へと勝手に出歩かせていただく。非常灯だけが照らす暗い廊下に私の足音だけが反響し、まるで此処には私しかいないことを強調しているようで少し寂しく感じる。


 結局、昼間と同じように中庭へと出てしまった。

日の光の下では鮮やかに見えた花壇やベンチも夜間ではポツリポツリと点在する照明だけに照らされ孤独感を演出しているだけで特に見るべき所もない、強いて言えば一人になりたい時には打ってつけの場所だというぐらいか。

 ため息を吐いてベンチに座って空を何とはなしに眺めた、月は出ていない上に星も疎らにしか見えず思わず舌打ちをした。

気分転換になんてなりはしなかった、肌寒さに余計に目が冴えてしまったぐらいで逆効果だ。


 どんどん惨めな気分になってきて、膝を抱える始末。

身体が冷えきる前に部屋へ戻らなければ風邪を引いてしまうな。


「あれ、ロベリア?」


 間が悪いことにこのタイミングで誰かさんが姿を現した。

何やら手に持ち、彼は近づいてくると私の隣に腰を下ろしてソレを差し出した。


「……ココア」


 手に持っていたのは缶のココアだった、まだ温かく手に温もりがじんわりと広がっていく、悪くない。

缶を開ける小気味良い音が静寂の中に響き渡り、口にしたココアの甘さと温度に心が落ち着き、ほぅ、と一息吐いた。

 目の前の彼にはお礼を言わねばならないだろう、孤独感もいつの間にか払拭され、寧ろ何か満ち足りた気分にさえなっている。


「……礼を言う、ありがとぅ」


 最後の方が尻窄みになってしまった、恥ずかしい。

彼にこんな姿を見せるつもりなど全く無かったというのになんて無様なんだ、私は。

赤面し、なんだか思考が纏まらなくなっていく私に彼は優しく微笑み上着を掛けてくれた。


「こんな寒い場所でそんな格好じゃ、身体が冷えてしまうよ」


 そう言い肩に腕を回されて抱き寄せられた、華奢な私の身体では簡単に押さえ込まれてしまうだろう抵抗は無意味だ。

ゆっくりと身体の力を抜き、彼に身を任せる、これでいい間違いない当然のことだこのまま……


「ロベリアさんっ!!」


「……カケ、ル?」


 はっきりとしない意識の中で必死の表情で駆け寄るカケルの姿を捉えた、何をそんなに慌てているのだろうか。

私を抱き寄せた彼はベンチに私を横たえ、苦々しく表情を歪めて舌打ちをしカケルを睨み付ける。


「どうしてここにいる」


「部屋が空だったから」


「どうしてお前には効いていない」


「効く? 何のこと?」


 どうやら言い争いをしているみたいだけど止めようにも身体に力が入らない、どうしてだろう。


「まあいい、お前って何の力もないんだろう? じゃあ、こうすればいいよな」


 その瞬間、カケルがベンチの近くに叩きつけられた。

彼には見えなかっただろうが相手が瞬時に目の前まで接近し、襟首を掴むと私に見やすいように地面に叩きつけた、しかもご丁寧に苦しむように手加減までして。


「ごほっ、ごほっ」


 咳き込み脂汗を浮かべるカケルの姿が見える、私を助けようとしてそんな姿をしていたら世話ない。


「ほら、まだ終わりじゃないゾっと」


 男の爪先が腹にめり込む、嘲笑し何度も繰り返す姿は常軌を逸している。邪魔されたことがそこまで腹立たしかったのか?

笑い声を上げながらカケルを足蹴にする様子に沸々と怒りが込み上げてくる、だがまだ指先を動かすのが精一杯で身体は動かない。

逸らせない視線の先でカケルが暴行されている、この光景に何か記憶に引っかかるものを覚えた。忘れてはいけなかったことがあったはずだ、覚えておかなければいけない何かが!


「なんだよ。もう動かないのかよ」


 反応を返さなくなったカケルの身体を見下ろすとベンチの足元まで蹴り出した、鈍い音がしてベンチが大きく揺れる。

横たわる私からはうつ伏せで何かを探すように伸ばされた手だけが見えた、ジリジリと動かした指先がその手に触れるとうつ伏せだった顔が少しこちらを見上げ、安堵するように笑った。


 私の中で何かが盛大にぶちギレた。



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