prologue:幕開け
粗削りで不明瞭な部分が多く出てきます、文章力と量も少ないので過度の期待もなさらずに。
それでも大丈夫だという方はどうぞ、ごゆるりと。
其処は混沌としていた。
老若男女、人種も年齢も異なる様々なニンゲンの集まりがそれぞれ勝手な行動を取っている。
そしてその表情は一様に不安げだ。
無理もない。
彼らのいるこの空間には文字通り何もない。
大地も空も存在しない、消えかけの電灯のような薄暗い白い空間だけが延々と続いている。いや、続いているのかさえ不明だ。
この現実感のない不可解な空間を更に混沌とさせているのは集まる人々の容姿も理由の一端となっていた。
其処には騎士がいた、龍がいた、悪魔がいた、獣がいた、魔法使いがいた、兵士がいた、機械がいた、更に――
これは適切ではないだろう。
其処には純然な人間が少なかった。
漏れ聞こえる声には戸惑いと不安が感じられる。
曰く『なんでこんな姿に』『夢みたいだ!』など悲喜こもごも。
ここにいるニンゲンは見覚えのない姿へと変貌を遂げていた、普通ではあり得ない姿へと。
ざわめきが大きくなろうとしたその時、全員に声が聞こえた。
「皆様ようこそ、我々の舞台へ」
声は鮮明だった、しかし同時に雑音だった。
意味は理解できるのに声音は男なのか女なのかまるで判別できない、一斉に大勢の人間が寸分違わぬタイミングで話しているようで気味が悪い。
違う。
声は、全員の口から発せられていた。
この場にいる全員がまるで一つの生き物のように同じ言葉を同時に口にしている。
薄気味悪い、気持ちが悪い、おぞましい。
しかし、そんな心中など歯牙にもかけず口は動く。
「この舞台は我々の退屈な時間を彩る娯楽。そして、君たちはその舞台に華を添えるためにここにいる」
ふざけるな、全員の気持ちが重なる。
そんな身勝手なことで多くの人間の意志が歪められては堪ったものではない。
理不尽にも程がある、しかし相手は人知の及ばぬようで怒声を上げようにも身体の自由は利かない。
「君たちの怒りは尤もだよ、実に正しい。だから我々は予め君たちに贈り物を渡した」
贈り物?
それらしい物を貰った記憶はない、だが声は先回りをするように続ける。
「君たちの身体だよ」
ぞわり、と背筋に寒気が走った。
今この声はなんと言ったのか。
身体を、贈った?
その言葉に理解が及ばない。
「君たちの望む身体を我々は用意した、喜んでもらえたかな?」
どうやら聞き間違えではないらしい、この声の主が身体を変貌させた元凶。
なんとも荒唐無稽な話だ。
しかし自由にならない身体がその言葉を後押しする、忌々しい。
「君たちが勘違いしないように言っておくけどなにも嫌いだからこんなことをしているわけじゃない」
あぁ、イヤな予感がする、誰か止めてくれ。
「君たち人間を愛しているんだ、深く深く深く深く深く深くなによりも愛しいんだよ!」
声は狂喜する、その歪んだ愛情にあてられて狂ってしまいそうだ。しかし止まない、止まらない。
「嗚呼、なんて素晴らしいのか!
挫折も後悔も悲しみも怒りも喜びも殺意も嫉妬も絶望も明るい感情も暗い感情も等しく愛しい、誰一人として同じ色を持たず様々な色彩を我々に魅せてくれる!
人間の生きざまこそ至高の芸術だよ!」
狂っている。
決定的にズレている、歩み寄る余地どころか相手の居場所すら掴めそうにないぐらいに。
自らの喉を震わせる声は痛みすら感じるというのに自分で喋っている感覚は皆無だ、これっぽっちも存在しない。
満足したのか声は冷静さを取り戻し重要なことを口にした。
「さて、舞台の演目は君たちが我々の元まで辿り着くことができるかだよ? 無事に辿り着ければ解放、でもできなかった場合は残念ながら舞台ごと退場さ」
舞台ごととは一体どんな意味なのか。
捕捉された説明は改めて目眩が起きるようなものだった。
一つの世界を舞台とし少しずつ世界を崩壊させていく、崩壊を妨害し声の主の元に無事辿り着ければ世界は救われ解放される。
しかし、崩壊の進行は不定期らしく何の説明もなし手掛かりも探し出す術もないとはとんだアドリブ劇だ。
「あぁ、最後に一つ」
声の向こうでは嫌らしい顔で笑っているのが目に浮かぶ。
「仲間を作って協力してもいいから。向こうでは個人ではどうにもならないことがきっとあるからね」
この言葉を最後にやっと身体の自由を取り戻した。
そして猶予は1時間。
時間がくれば世界という舞台に全員が跳ばされてしまう、それまでに仲間を作るなり気持ちを落ちつけるなりしろということだ。
ここから先は何があるか分からない、各々話し合いへと移っていった。
***
気が付けば私は群衆の中にいた。
見たことのない服や髪の色、果ては角や翼に尻尾なんてものもある。まだまだ知らないものがあるのだな、世界は広いだなんて呑気なことを思った。
珍しい姿の人々に私はお上りさんのように右へ左へ視線を移す。
ふと、向けた視線の先に周りの人より目立つ普通の格好をした青年と目が合った。
私より少し背は高く黒髪の言ってしまえば特徴が特にない彼はこちらを見ている。
凝視していた負い目もあり、咄嗟に視線をそらした。実は見かけと異なり性格が過激な人だったらどうしようと想像力が稼働を始めイヤな汗がダラダラと出てきた。
まだ見ていたら怖いのでチラリと盗み見ると、目の前にいた。
(あ、死んだ)
唖然として目を見開く私を見下ろし彼は口を開く。
「あの、その格好重くないですか? あと何かの仮装ですか?」
興味津々の彼からの質問に私は答えに窮した。
彼は一体何を言っているのか、私は特に何か着飾っているわけでもなく極々自然体でいる。
興味を向けられるほど変わった装いをした覚えはない。
普段通りに戦装束に身を包み背にはしっかりと槍を携えて顔は外に晒さぬようにフードを目深にかぶっている、なんだ何も間違ってはいないではないか。
「……なにかおかしいか?」
「え? あー」
なんだか触れてはいけないものに触れてしまったような微妙な表情をして青年は少したじろいでしまった、これではまるで私が彼をイジメているようで気分が悪い。
憮然とした表情の私と曖昧な笑みを浮かべる彼が対峙していると、声が聞こえた。
***
全ての話を聞き終えたとき、私は愕然とした。
何も覚えていない。
顔も声も身体も何もかも今より前の私を覚えてはいない、あのとき声は言った。
望む身体を贈ったと。
私が何をこの身体に望んだのか、理由が分からないことに心がざわつく。
目的を失って目的を得る手段を手にする、本末転倒ではないか、バカらしい。
いつの間にか座り込んでいた私に影が射す。
「大丈夫ですか?」
曖昧な笑みを浮かべるどこから見ても普通な彼は何を望んでその姿を得たのだろうか、その表情からは窺い知ることはできない。
しかし。
「大丈夫だ、若い君が立っていて私が座り込んでいては歳を感じてしまうよ」
そう言い空元気を振り絞り立ち上がる。
自虐的な軽口に何て言ったらいいのかわからないのか、彼は眉根を寄せた。
こういうやり取りはどうやら不得手だと思い、気にするなと手を振る。
ガントレットの硬質な音が耳に届く、今更だが
日常生活に鎧や槍は必要ないだろうにと過去の私に苦言を漏らす。
「やっぱり重いですか、ソレ」
「いや、身体の一部のように自然に扱える不自由はしていない」
お世辞にも体格が良いとは言えない身体でブレることもなく槍を振るってみせた。
私自身なにか別の法則が働いているのを柄を握りながら感じている。
その不可解な力を弱めてみると具足から籠手、胸当てなど鎧一式が消えた?
目が点になった青年は口をあんぐりと開けて私を見ている。
ああ、これは分かりやすい。
「女……の子……」
そっちか。まあしかし、分かりにくかったか。
「ロベリア・イェーガー。騎士のようなものだ」
そう言うと灰色の髪に青眼の騎士は笑った。
青年の間の抜けた表情は私を愉快な気分にさせてくれたが時間に猶予がない以上はあまりゆっくりしてはいられないだろう。
「自己紹介は必要だろう?」
そこではじめて気が付いたように慌て頭を下げた彼は嬉しそうに言う。
「僕は安達カケルです、どうぞ宜しく」
「カケルね、こちらこそ」
青年、カケルの差し出された手を握る。
初対面で握手など久しぶり、というより初めての経験ではないだろうか。
軽い驚きを感じているとカケルの手が私の髪に触れた、おい待て何故触る。
「何をして、あ、あと近いな!」
「ああ、すいません……地毛なんですよね?」
不思議そうに訪ねる姿は見た目よりも幼さを感じてしまう。
「この髪も瞳も染めているわけではないよ、きっと周りの皆も殆どが天然物だろう」
「そうなんですか!」
嬉しそうな顔で周りを見回すカケルに肩から力が抜ける。
年の割には幼い彼は少々、いやかなり心配だ。
もしかしたら飴玉一つで見ず知らずの人についていってしまうのではないだろうかと頭を抱えてしまう。
知りあって間も無く共通点があるわけでもない私達がこうして出会い、会話しているのも何かの縁。
はい、さよならと別れてしまうのは何だか薄情な気がして偲びないと思う……それに何故かこの青年が気になる。
どうせならばこのまま協力して動くのもよい。
「カケルはこの先どうする」
「この先、ですか?」
言葉の意味が通じていないのか?
それとも、私がこんなことを口にしたのが不可解なのだろうか。
カケルは首を傾げてこちらを見ている。
簡単に彼に説明をする、この先何が待つのか分からないからお互いに協力関係を築いてはどうかと、彼の答えを待った。
だが、待つ必要はなく即答する。
「はい、宜しくお願いします!」
そのあんまりな様子に頭痛を堪える。
いくらなんでも無用心が過ぎるだろう、少しは警戒なりなんなりして欲しいものだ。
先の不安を吐き出すように重くため息を吐き、きょとんとした目の前の青年を睨む。
「君は疑うという考えを持った方が良いな」
「はあ、疑う……ですか?」
よく分からないという表情でこちらを見てくる、顔に感情が出やすい。
コロコロ変わる表情は子供のようで更に私の不安を煽って止まない。
「それについては後でしっかりと話すとしよう」
鎧などの装具を再び身に纏い、槍を手にする。
そろそろ時間だ、声の言っていたタイムリミットである1時間が近づいてきた。
籠手に覆われた手でカケルの手を握り、その時を静かに待つ。
薄暗い周りの景色は急に霧に包まれていき、やがて白い壁となり何も見えなくなった。
隣に誰がいるのか分からないほどに濃い霧が立ち込める。
尋常ではない。だが、霧はすぐに晴れて私たちは広い場所へといつの間にか立っていた。
広い場所、確かにそうなのだが此処には見覚えがある。
何故ならば此処は――
「日本なのか?」
そう、此処は日本のように見える。
しかも都市部……に似ている。
正面に見えるモニターや街並みが私の知る都市と酷似しているのだが何かがおかしい。
人気がない、駅前広場であろう場所に人の姿がないのだ。
静か過ぎる周囲に警戒のレベルを上げて背後にカケルを庇う。
一緒に跳ばされた人たちも辺りに気を配り無用心に動こうとはしない。
まあ、背後の青年は平常運転なのかキョロキョロしているのが空気で感じとれるのだが。
「カケル、気をつけて」
「え? あ、うん」
なんとも危機感のない様子に張り詰めた空気が弛緩しそう。
やはり協力は早まったかと後悔しかけたときに動きがあった。
前方の建物の左脇、人が歩いてくる。
こんな状況でたった一人なんて怪し過ぎるだろう。
さて、鬼が出るか蛇が出るか、どちらにしろ良くないものには変わりはないだろうが事態を知る何らかの手掛かりにはきっとなる筈、槍を握る手に力を込め未知との遭遇に気持ちを改めて引き締めた。