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空飛ぶ観測者

 艦の中央より若干艦尾よりにある長大な煙突の後方には、広いスペースが存在していた。

 コンビニくらいならすっぽり収まってしまいそうなスペースには、両舷の艦首方向に向かって斜めに白線が引いてある。

 その始点には艦内への開口部があり、小型のクレーンが付属している。


「提督、こちらです!」


 鞍馬の姿を見つけたエルザが大きな声で呼ぶ。


「あ、エルザさん、軍務はもういいんですか?」


「はい、申し訳ございません。グレーテ砲術長の説明はいかがでしたか?」


「とても良かったです。現場の人って感じで」


「彼女は部下とも仲が良いですから。さて、今回の案内を始めましょう」


エルザはそう言うと、背後の開口部へと振り返る。


「ここは戦闘で非常に重要な箇所となります」


 エルザはそう言うが、鞍馬には何に使うところなのか、全く想像もつかない。


 鞍馬の軍事知識の中では偵察用航空機の滑走路が一番近いものだが、飛行機の滑走路ならもっと距離が必要だ。

 だからといって、水上偵察機を打ち出すカタパルトもない。


「ここは……何をする場所ですか?」


「ここは観測機が発着する場所です。観測機については、実際にお見せした方が早いかと思いますので、ついてきてください」


 鞍馬の疑問に答えたエルザは開口部に近づいていく。


(やっぱりここから観測機を飛ばすんだ。

でも、こんな短い滑走路じゃ布張りの複葉機だって飛び立てないと思うんだけど……)


 開口部にはかなり急な階段があり、内部へと降りられるようになっていた。

 鞍馬が下を覗きこむと、意外にもあまり深くなく、4~5mあるかどうかだ。


「ここはレセスと言います。観測機をここから甲板上へと出すための開口部です」


(観測機って、前の戦闘の時に飛ばしてたやつだな。あの時は見られなかったけど、やっと見られるんだ)


 鞍馬は好奇心に浮つく心を抑えこみながら、エルザの後について、階段を降りていく。

 階段を降りきると、そこには無機質な鋼の両開き扉が存在していた。

 レセスの中、艦尾方向の壁一面が大きな扉である。


「この奥に観測機があります。出撃時はこの扉からレセスまで移動させ、クレーンで甲板上へと持ちあげるのです」


 エルザは機体用の大きな扉の傍らにある人員用の扉を指す。

 鞍馬たちはその扉を開き、中へと入っていく。


「うわぁ……!」


 鞍馬は中に入り、思わず感嘆の声を漏らす。


 格納庫に入った鞍馬の目にまず飛び込んできたのは、格納庫の照明に照らされた、こちらに機首を向けている一機のヘリコプターに似た機械であった。

 ヘリコプターに似た形状をしているが、構造が全く違う。

 胴体部分は航空機に近く、機首と機体上部の両方にプロペラが付いている。

 全体的に脆そうなイメージを受ける機体であり、鞍馬が想像していた観測機や偵察機とは似ても似つかなかった。

 とはいえ、そんな機体が眼前のものを含めて三機置いてあるのだから、狭い格納庫がより窮屈に感じる。


 奥にある機体には数人の整備士が現在も整備しており、カチャカチャという金属をこすり合わせるような音が控えめに響いていた。


(観測機って……これ?)


「こ、これが……観測機、ですか? それに……格納庫も結構狭いんですね」


「はい。我が海軍が観測機として制式採用している、Fa156『シェルダー』です」


 エルザはシェルダーの横に回りこむように歩きながら、言葉を続ける。

 鞍馬はエルザに置いていかれないように後へと続いた。


「その驚きようからすると……提督の世界ではこのような観測機を使っていないのですか?」


「こんな形の観測機は初めて見ました。俺の世界では、観測や索敵は航空機が担ってましたから、少し驚きです。航空機は攻撃の主力にもなっていますし」


「コウクウキ……ですか?」


「えっと……固定翼があって……あ、この機体に翼が付いてて、上部のプロペラをなくした感じです」


「なるほど。確かに各国がそのようなものを研究しているとは聞いたことがあります。理論上はシェルダーよりスピードが出るとか……まぁ、翼がネックになり、成功した国はないようですが……」


「確かに翼はすごく繊細な箇所だって、聞いたことがあります。航空機を軍艦で使うのも、かなり試行錯誤したみたいですし……航空機だと、どうしても滑走距離が必要みたいですから」


 鞍馬が自分の知識から航空機についての問題を挙げる。

 エルザは鞍馬の言葉になるほど、と頷いた後、シェルダーを見つめる瞳を輝かせた。


「滑走距離が小さいというのがこの観測機の自慢です。狭い甲板でも飛び立てるので、その分、砲をたくさん積めるのです。いくら観測機があっても、多くの砲がなければ当たりません。夾叉に持ち込み、雌雄を決する以上、砲門の数は必要なのですっ!」


「は、はぁ……」


(この世界ではそういう思想なんだ。レーダーとかもないみたいだし、そういう発想になるのは仕方がないのかな)


「これが……本当に飛ぶんですよね……?」


 鞍馬はシェルダーをじっくりと眺め、訝しげに尋ねる。

 実際に使用されているため、飛ぶのは間違いないのだろう。

 しかし、この形状、小ささでは空を飛んでいる姿が全く想像出来ない。


「提督の世界にオートジャイロは存在しないのですか? 一概に技術が進歩しているというわけではないのですね。このシェルダーは、我が海軍の独自開発によって作られた観測機です。旋回性能、航続距離に優れ、観測のしやすさでは他の観測機を圧倒しています」


 エルザは誇らしげに観測機について語る。

 自分の国を愛する軍人、そしてその機体に戦闘の重要な箇所を任せている身としては当然の行動だ。


 ひとしきりシェルダーの優秀さについて語ったエルザは身をかがめ、機体と床の間から裏を覗きこんだ。


「奥の機体を整備している整備兵の中にパイロットもいるようですね。呼んできますので、少々お待ちください」


 立ち上がりながらエルザは告げ、機体の裏へと消えていく。


 一人残された鞍馬は再びシェルダーをまじまじと見つめる。

 機体上部の回転翼は大きく、胴体部とのアンバランスさが目についた。

 極限まで小さくされた搭乗員の席は今までに見た軍人たちが乗り込むには小さすぎる気がする。

 と、そこで鞍馬は違和感を抱く。


 素材が金属ではないようなのだ。

 パッと見ただけではわからなかったが、近づいて触ってみると、海軍の紋章であろう黒いグリフォンが描かれた胴体部が布でできている。


(昔は飛行機も布張りだったんだっけ。

軽量化には一番手っ取り早いらしいし、浮力を考えると当然なのかな)


 そうしてしばらく待っていると、機体裏から出てきたエルザと一人の少女が目に入る。

 軍服である草色のズボンと黒のタンクトップを着た小柄な少女。

 肩口くらいまでの銀髪を片方だけ結び、小柄で起伏のない体格とあどけなさの残る顔も相まって、幼い印象だ。


「提督、こちらが観測機のパイロット、フロレンツィア・ライヒシュタイン少尉です」


「……フロレンツィアです。名前、呼びにくいので、フローラって呼んで下さい……」


 敬礼したフローラに対して、慌てて返礼をする鞍馬。

 遠目から見たより印象よりもフローラは小柄で、鞍馬の胸くらいに頭がある。


「フローラさん、ですね。仕事中にありがとうございます」


「……いえ、それは良いのですが……提督の頭、大丈夫ですか……?」


 突然の言葉に鞍馬は目を丸くする。


「コホン……えー、せ、先日の戦闘のことをあちらで少尉に説明したのです。一時的なものでしょうが、現在記憶が曖昧だと……」


 エルザは申し訳なさそうに鞍馬へと目配せをする。


「あ、あぁ、そうなんですか。えっと……そ、それにしても、君みたいな子がパイロットなんてすごいですね……」


 鞍馬はフローラを見つめ、慌てて言葉を口にする。

 話題を逸らしたいとも思ったが、純粋にこんな小さな少女がパイロットだとはどうしても思えなかったのだ。

 鞍馬のイメージするパイロットというと、重くなる操縦桿を制御するための筋力、強烈なGに耐える強靭な体の持ち主だ。

 そんな固定観念があったために、目の前の少女の登場には少し驚いたのであった。


「こちらの機体は見ての通り小型で、積載量も限られております。それにパイロットと観測員を乗せるので、体重の軽い、小柄な女性搭乗員が主流なのです。当然、目が良く、腕も良いことが必須条件ですが」


(なるほどな。確かに積載量はあまり無さそうだし……って、二人?)


「二人も乗るんですか?」


「はい。操縦を行いながら360度の観測を行うことは至難の業ですので。

後部座席には観測員でフローラ少尉の姉でもある、リーゼロッテ少尉が同乗しています」


「姉妹で乗っているんですね。その、お姉さんはいないんですか?」


「観測任務がない時は、視力の良さを活かして観測所の手伝いをしてもらっているのです」


「あぁ、そういうことですか。目が良いというのは一種の特殊技能らしいですしね」


(確かに旧日本海軍でも、偵察員は観測所任務を兼ねてたって聞くし、視力の良い人はどこの海軍でも重宝されるんだ)


「それでは、フローラ少尉、提督にシェルダーの説明をお願いします。実際に乗っている者からの方がわかりやすいでしょうし」


 エルザが突然話を振ると、途端にフローラは困ったような表情を見せる。


「長く話すのは……苦手ですけど……頑張ります……」


「よろしくお願いします」


 笑顔で鞍馬に頼まれ、フローラはコクリと頷く。


「この機体は、シェルダー……離陸する時はエンジンをかけてからクラッチを引いて……そうすると、エンジンがローターに接続されますから……」


(やばい、何言ってるのか全然わからない……!)


「ちょ、ちょっと待って!」


 長く話すのは苦手というわりには、突然マニアックな話を始めたフローラの言葉を遮る鞍馬。

 フローラは子犬のように首をかしげ、鞍馬のことを見つめる。


「フローラ少尉、もう少しわかりやすい説明をお願いします」


 そんな鞍馬の様子を見て、エルザが助け舟を出した。


「……はい。でも、口頭じゃ説明しづらいです……実際飛びながらじゃないと……」


 フローラが困ったように告げると、エルザは数秒考え、いい考えを思いついたというように、頷く。


「では、今日、飛びましょうか。先の戦闘の説明を兼ねて、僚艦の艦長にも会いに行こうと思っていたところですし、調度良いかと」


「調度良いって……これに乗るってことですか?」


「はい。提督、いかがでしょう?」


「俺は大丈夫ですっ! シェルダーに乗れるっていうのは嬉しいですし……フローラ少尉は大丈夫ですか?」


「……構いません。整備班の話ですと、現在整備中の一機以外は飛べるということですから」


(やった! シェルダーで空を飛べるんだ!!)


 鞍馬はシェルダーに乗れることを楽しみに思いながら、エルザの次の言葉を待つ。

 飛行機に乗ったことはあっても、オートジャイロのような特殊な乗り物に乗る機会など、ほとんどない。軍用なら尚更だ。


 だからこそ、鞍馬の気持ちは自然と浮ついた。


「では、その道中でフローラ少尉にシェルダーについて説明してもらいましょう」


「はいっ。フローラさん、よろしくお願いします」


 鞍馬がそう言うと、フローラは黙って頷く。


「では、艦内の査察を終了します。提督、行きましょう。礼服に着替えなくてはいけませんから」


「は、はいっ、わかりましたっ」


 そうして、鞍馬の案内は終了し、格納庫を後にするのであった。

 シェルダーの乗り心地に思いを馳せながら――。


本日もう一話投稿です。

今回は観測機と新キャラ登場です。

ここから再び話が動き始めます。

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