戦いの主役
春の午前中特有の、爽やかな潮風が鞍馬の頬を優しく撫でる。
鞍馬の乗艦リューツォー以下三隻はうららかな日差しを浴びながら、巡航速度である二十ノットで本国の領海へ向かっていた。
「提督、砲術長のグレーテ中佐です。本日は提督に砲塔をご案内せよとの命令を受けました。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
(そういえば、最初の戦闘の時にエルザさんが砲術長の名前を呼んでたっけ)
グレーテは栗色の髪をなびかせ、鞍馬に敬礼する。
モデルのような見事なプロポーションをしており、敬礼をした姿はとても美しい。
正直、砲術長という役職名から受ける印象とは完全にかけ離れた人だ。
「では、主砲の案内に移りますか。こちらへどうぞ」
グレーテが鞍馬を促し、現在の艦首付近から主砲へと歩き出す。
三つの砲身をつきだしている主砲は鋼鉄の無骨な重厚感を携えながら、優れた工芸品のような独特の美しさも持ち合わせている。
日差しを鈍く照り返し、中空に砲身を向ける姿は、戦いの時を待ち構える戦士のようだ。いざ戦闘となれば敵に死を振りまく鉄の塊は、暖かな日差しすらどこか冷たく感じさせる。
近づけば近づくほど大きく感じるその威容に、鞍馬の自然と視線を上げていった。
そして、主砲の真下に辿り着く頃には、完全に仰ぎ見るような形となる。
「これが主砲の28.3cm3連装砲です。うちの艦、リューツォーは艦体こそ重巡洋艦クラスですが、主砲の大きさでは我が国で二番目。ヴィルヘルムに次ぐ威力となってます。このことは、うちら砲術科にとっても自慢です」
「すごい……近くで見ると本当に大きいですね」
(こんなんで撃たれたら、そりゃあ船も沈むよな……)
「ちなみに、こちらの砲は五二口径なのですが……提督、『口径』の意味はわかりますでしょうか?」
グレーテが少し砕けた口調で、鞍馬と同様に砲を見上げながら言う。
そんな、どこか気楽な雰囲気を醸し出す彼女に、鞍馬は話しやすさを感じる。
だからこそ、少しでもわからないことがあれば訊いていこうと鞍馬は思った。
「口径……弾の大きさ、ですか?」
そう答えると、グレーテは鞍馬の顔へと視線を移す。
鞍馬もそんなグレーテに気づき、その顔へと目を向けた。
「確かに銃では銃身の内径のこと。でも、砲では砲身の長さになります。この砲の場合、28.3×52なので……1471.6cm。15mほどです」
「なるほどです。砲身の長さに何か意味があるんですか?」
「砲身長が大きいほど初速が速く、射程が伸び、その威力も上がります」
配下の水兵を紹介した時のように、グレーテは誇らしげに説明を続ける。
自分が管轄する砲術の根幹となる、主砲だ。
当然、誇りに思っているのだろう。
(主砲の大きさと威力が戦力の象徴っていうのは、どこの世界も同じなんだな)
「まっ、大きければ大きいほど、砲の取り回し、装填は大変になりますが……。そこは、砲術科の腕の見せどころってわけです!」
言われてみれば、先の戦闘での砲撃間隔は意外と長かったと鞍馬は思い返す。
鞍馬としては、もっと短い間隔で撃ち合えると思っていたのだ。
「その……この砲って、装填はどうしてるんですか?」
「弾薬庫からエレベーターで砲塔まで運び込み、一部人力で装填をしますね」
「人力? この大きさだと砲弾もものすごい大きいですよね!?」
「確かに戦車の砲弾などとは比較にもなりませんから、砲弾自体は機器を手動で制御して半分自動で装填します。火薬は砲弾と違い、砲門前までの移動が自動、その後手動で押し込む形となってます」
「ええっと……完全に自動の装填装置とかってないんですか?」
「提督は面白いことを言いますね。んー……たぶん、現在の技術でも不可能ではない、とは思います。でも、機構を複雑化しすぎると不具合も多くなりますし、確実性、信頼性にも配慮した結果がこの形なんです」
グレーテは学校の先生のように、説明をしていく。
「って言っても、提督のようにより最善を考えることは、どの部署にも必要となります。ちょっとだけ意味は違いますけど、私たち軍人はどのような状況でも、勝利をおさめる方法を考える。それが仕事なんです。それで給料もらってるわけですから」
グレーテの軍人としての考え方に鞍馬は納得し、頷く。
「さぁて、実際に砲塔の中を見てみますか? どのような工程で砲撃が行われているかを知るのも重要です。おそらく提督のような方ですと、詳しくは習っていないと思いますしね」
グレーテはそう微笑み、鞍馬を主砲塔へと誘う。
砲塔の裏側に引き戸があり、そこから砲塔内に入れるらしい。
引き戸を開けると、そこには鉄だけで構成された部屋が待っていた。
装飾等の一切を排された、単純な兵器の部品としての一室。
必要最低限に設置された蛍光灯の明かりがぼんやりと室内を照らしている。
大きな筒状のものが室内に入ってすぐの場所にあることを皮切りに、様々な場所にレバーや計器、スイッチなどが配置されており、鞍馬にはそれらがどんな役目を担っているのかさえ、見当もつかなかった。
「ここが砲室です。船底まで砲塔が続いており、弾薬庫などがあります。そこから弾薬がエレベーターで運ばれてきます」
「……結構狭いんですね」
鞍馬はあたりをキョロキョロと見回し、正直な感想を口にする。
部屋の内部自体は広いのだが、弾や火薬を込める装薬装填装置が砲室の大部分を占めており、あれほど大きな砲塔の中のはずが、人が動けるスペースはあまりない。
「多くの人がいられるような部屋ではありません。装薬装填装置が非常に大きいので。兵たちも身体をぶつけると、愚痴をよく言ってますよ」
「装薬装填装置って……これのことですよね。色んな部品みたいなのが付いてますけど……俺には使い方の見当もつきません」
装薬装填装置は手前側に砲身を延長させたような形だ。
大きな穴が空いており、厚い扉が付いている。
そこに弾を込めるのか、その穴から手前に半円型のトレイが伸びていた。
「そこのエレベーターから上がってきた弾をトレイの上に乗せて、滑らせるように穴に入れます。それから、火薬が別の箇所から上がってくるので、人がトレイ上で押し、穴に詰め込むんです」
「弾と火薬は別々に入れるんですか。なんだか、一緒になってた方が装填時間を短縮出来そうな気がするんですが……」
「火薬の量によって、距離や威力が変わりますから、状況に応じて調整するんです。ちなみに火薬の外側は布でできているため、発砲後に燃え尽き、ゴミが残ることもありません。まっ、エコです、エコ」
「え、エコ、ですか。……装填って一言で言っても、色んな工程があるんですね。あ、あと、気になっていることがあるんですけど、いいですか?」
「はっ、もちろんです! 疑問があれば、なんでも質問してください」
鞍馬の問いかけに気さくな笑顔で答えるグレーテ。
そんなグレーテの様子に甘え、鞍馬は質問を投げる。
「このスペースって一体何のスペースですか?」
鞍馬が指さしたのは、鋼鉄製の壁だった。
外部から鋼鉄の部屋が砲室を貫いているような形状で、圧迫感という面では、装填装置よりも部屋の中を狭く感じさせる要因とも言えた。
しかし、だからこそ、その壁の向こうに何があるのかが気になる。
「ここは測距室です。測距儀ってのがありまして、砲単体でも照準が行えるようになってるってわけです」
「あれ、砲単体でもってことは、普段は照準をここでやっているわけじゃないんですね」
「先の戦闘でもそうでしたが、照準は艦橋にある射撃指揮所で行ってます。私は戦闘中、基本的にそこで射撃の指示を出してるのです」
「ここでやった方がスムーズに射撃が行える気がするんですけど、その方がいい理由があるんでしょうか」
鞍馬は素人考えではあるが、自分の感じたことをそのまま口にする。
射撃指揮所で行うより、砲塔内部で行ったほうが伝達も楽で、実情も詳しく入ってくるのではないかと考えたのだ。
「スムーズというのがどのようなものを指しているのかわかりませんが、射撃指揮所で照準を行う最大の理由は高さです。ここから見える距離では、すでに砲戦は始まっています。だから、より遠くが見られる射撃指揮所の照準による遠距離攻撃が砲戦のセオリーとなってるんです。それに……」
「それに?」
「指揮系統は一箇所にまとめなくてはいけません。砲がそれぞれ別の動きをしていたら、砲戦などできませんしね」
グレーテはきびきびとした口調で鞍馬に語りかけた。
(砲撃一つとっても、色々考えられてるんだなぁ……)
鞍馬が射撃に関する一連の説明に感心していると、グレーテが問いかける。
「このようなご回答でお分かり頂けましたでしょうか? お望みであれば、提督に砲術学校卒業くらいまで、お教えしますが」
「い、いえ、だいぶわかったような気がします。もっと知っておいた方がいいのかもですけど」
「まっ、問題ありませんよ。提督は広く浅く知っていていただければ。あんまり詳しくなって、私の仕事を取られたら、たまったものじゃありませんし」
グレーテは快活に笑い、冗談を言う。
そのサバサバした物言いを好ましく思い、鞍馬も思わずつられて笑った。
「わかりました。じゃあ、砲術はグレーテさんにお任せします」
「ありがとうございます。そうしていただけると、私としても助かりますね。それでは、そろそろエルザ艦長も時間が空いたと思うんで、艦の中央部に向かってください」
「はい。ありがとうございました」
鞍馬は砲室を後にして、エルザのところ――艦の中央部へと歩き出した。
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