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一難去ってまた一難

※5/3 ルビ追加

 敵影が遥か後方へと見えなくなってから一時間。

 鞍馬たちはようやく一息ついていた。


 海面は落ち着き払い、今では平穏な航海といった様子を保っている。

 敵艦を警戒しつつ通常配置に戻れというエルザの命令により、艦橋を含む艦全体も慌ただしさが消えつつあった。


 とはいえ、念には念を入れて鞍馬たちが戦闘艦橋を離れることはなかった。

 戦闘艦橋の下には航海艦橋があり、通常航行の際にはそちらで指揮を執るのだが、エルザは状況から、完全に警戒を解くのは早いと判断したのだ。


「観測機を一応出しておきましょう。背後から、未だに敵が追ってきているかもしれませんし」


 エルザの言葉に鞍馬はパッと瞳を輝かせる。


「観測機ってことは……水上機でも飛び立つのかな……? ちょっと見てみたいかも……」


「……観測機を発進させよ。索敵(さくてき)は後方に一機、前方に一機を」


 エルザは鞍馬の言葉に一瞬疑うような視線を向けたものの、すぐさま指示を出す。

 鞍馬はエルザの指示を横目に、好奇心を抑えられず、窓の外を見ようと目を凝らす。

 しかし、艦橋前が飛行コースではないのか、中々視界に映らない。


 その時、二隻の僚艦(りょうかん)より通信が入った。


「僚艦グラーフ・シュペー及び、シャアーより入電。『旗艦(きかん)リューツォーに撤退の理由を請う』です」


 鞍馬の艦――リューツォーに先ほどの撤退の理由を説明してほしいとのことだ。

 やはり通信が来たかと額に手を当て、どう返信したものかと思案にふけるエルザの様子が鞍馬の目に入る。


(僚艦がいたんだし、こうなるのは当然だ……どう説明したものだろう……

そもそも、陸上作戦の支援ってだけで、詳しくは作戦内容を知らないからな……)


「僚艦には説明に行かなくてはなりませんね」


「はい……なんと言ったらいいんでしょう」


「そこに関しては私にお任せください。撤退の事実は変えられませんが……そうですね。主砲の不調により、戦闘の継続が不可能になったとか……後は、提督の負傷、という感じで」


 これまでの毅然とした立ち振舞いの中では見せなかった、エルザのいたずらっぽい微笑みに、鞍馬の鼓動が高鳴る。

 先ほどの戦闘中は余裕がなく、気にしていなかったが、エルザは息を呑む程の美人であった。


 歳のほどは二十くらいであろうか。

 照明を浴びて輝く、肩口まで伸びた金髪。

 金糸のように美しい髪は白磁のような白い肌に映え、その存在を一層際だたせている。

 また、整った顔の中でも特に印象的なのが、きりっとした切れ長の碧眼(へきがん)

 それはまるで南国の海のように透き通っていた。


「な、なんでしょう、提督。そんなに見られると、その……」


「あ、ご、ごめんなさい……!」


 自らがまじまじとエルザを見つめていたことに気づき、鞍馬は慌てた様子で謝る。


「観測機から打電! 前方に敵艦隊発見!!」


 突如、艦橋に大きな声が響く。

 報告によって、緊張感が稲妻のように艦橋内を駆け巡る。


「方位と距離を確認してください! また、僚艦に艦隊発見の打電を!」


 柔らかだったエルザの雰囲気も即座になりを潜め、毅然とした、凛々しい艦長の立ち振る舞いが戻ってくる。

 エルザは鋭い視線で艦橋の外を見つめ、視認できる範囲に異常がないか目をこらす。


「敵は我が艦隊の左前方、約三万五千メートル!」


 エルザは伝声管を掴み、素早く命令を発する。


「全艦に通達。敵艦隊発見。総員、配置につけ! 僚艦にも打電、『敵艦隊発見。砲戦用意』! グレーテ砲術長にも連絡! 砲戦用意!」


(こういうシーン、映画とかでも見たことあるなぁ……)


 まだ実際に接敵していないことから、どこか現実とは受け止めていない鞍馬。

 そんな鞍馬の落ち着きを見て、エルザは説明を始める。


「現状、敵艦の数は判明しておりませんが、大艦隊が遊弋(ゆうよく)しているとの情報は入っておりません。よって、先ほどの艦隊の分隊かと思われます」


(遊弋……確か海洋を自由に巡回して警備する艦隊行動だったはず)


 鞍馬は言葉の意味を考えながら、エルザの現状報告に耳を傾けていた。


「そう考えると、おそらく敵艦隊の数は先ほどの艦隊と同数。または少数と思われます。我が艦隊は装甲艦三隻が無傷。敵前逃亡の事実を払拭(ふっしょく)するためにも、ここは敵艦隊の撃滅を進言いたします」


 今までの生活ではほとんど聞かない単語たちに、どこか映画の登場人物になったような錯覚を覚える鞍馬。

 そんな感覚に囚われながら、現在艦隊が置かれている状況、これからどうしたらいいのかを考えていく。


(敵艦隊の撃滅ってことは砲戦をやるってこと。

さっきの艦隊から逃げた先にいたってことは挟撃しようとしていたって考えるのが自然だ……

それに、敵の分隊がここにいることは背後の艦隊も知っているだろうから、追いかけてきてるはず。

ということは、ここで戦ってたら……危ない)


 鞍馬はエルザの進言を聞き入れられないと結論を下す。


「……やっぱり逃げよう。だって……」


 鞍馬はエルザの反対があるものと考えつつも、自らの意見を口にする。


「……いえ、提督を信じましょう。先ほどの戦闘でも提督は正解を導き出していますから。でしたら、反抗戦となり、すれ違う。そして、そのまま最大戦速で逃げ切るのはいかがでしょうか? それが現状で最もリスクの少ない手かと思います」


(エルザさんも危険に気づいていたのか。

何はともあれ、エルザさんの意見に異論はない)


「はい。それでいきましょう」


「承知いたしました」


 エルザは微笑みながら鞍馬に敬礼し、艦前方に向き直る。

 それとほぼ同時に、通信士から報告が入る。


「帰還中の観測機から入電! 敵艦、巡洋艦一隻を先頭に、駆逐艦二隻! 観測所でも遠目に確認しました! 戦闘準備のため、観測機の帰還を急がせます!」


 敵艦との距離は残り三万メートルほど。

 観測所ではうっすらと視認もできたようだ。


「射撃指揮所に通達。敵艦は巡洋艦一隻を先頭に、駆逐艦二隻。距離二万で砲撃を開始せよ。戻ってきた観測機は燃料補給後、弾着観測に出して」


 エルザが各所に命令を伝えてすぐ、前部の主砲塔が回り出した。

 すでに鞍馬らの艦隊三隻は砲戦の準備へと入り、敵艦隊との距離を詰めていく。


「……提督、艦内の作戦指揮所に移って頂いても大丈夫ですよ。あそこは装甲に囲まれていますから」


「ううん、どこにいたって怖いものは怖いし……むしろ何も知らないで引きこもってる方が怖いだろうから」


 艦橋の付け根辺りには装甲で覆われた作戦指揮所がある。

 鞍馬もその存在は知識として知っており、そこに行くのが正しいとは理解している。

 しかし、そのような場所で何も知らずに怯えているより、自分の目で戦況を見ていた方が精神的に楽だと考えたのだ。


(どこに居ようと、危ないことには変わりないしね……)


「承知いたしました。それでは、我が艦隊の戦いぶりをよくご覧になってください」


 エルザの言葉に返事をするかのように、船体に不釣り合いなほど巨大な前部三連装主砲が火を噴いた。

 黒煙が炎とともに砲口から飛び出し、風になびいて拡散していく。

 天地を揺るがすような轟音は、その攻撃力の高さをうかがわせた。


(始まった……!)


『こちら砲術長。砲撃、開始しました!』


「了解。以降、指揮所の判断で砲撃を継続」


 エルザは指揮所に返事をした後、弾着を確認しようと双眼鏡を取り出し、左前方を単縦陣で進んでくる敵艦隊を見つめた。

 鞍馬も自分の艦の砲撃が当たるか気になり、それに習う。


「あ、外れちゃった!」


「遠弾ですね。しかし、今のは試射ですから、問題ありません」


 試射、というのは決して負け惜しみを言っているのではない。

 レーダー技術の発達していない時代の砲戦では、試射が非常に重要である。

 弾着が遠いことを「遠弾」、近いことを「近弾」という。

 その二つの中間点、弾着が敵艦をまたいだ状態のことを「夾叉(きょうさ)」と言い、それが敵艦に命中する確率が高い状態なのだ。

 よって、砲戦では必然的に「夾叉」の状態を目指すこととなる。


 初撃を済ませ、主砲は次々と砲撃を繰り返していく。

 今にも焦げ臭さが漂ってきそうなほどに、主砲は炎と黒煙をまき散らす。

 未だに命中は出ていないようだが、その誤差は小さくなっているのだろう。


 そして、一万五千メートルほどに接近した時、敵艦が砲撃を開始した。

 鞍馬からは遠くの敵艦にパッと小さな炎が見える程度であるが、砲撃開始を理解するには十分すぎた。


 敵の砲撃はリューツォーの遥か前方に着弾する。

 大きな水柱が上がるものの、その飛沫すら艦首に届くことはない。

 まだ、こちらとの距離を掴みかねているのだろう。


 連装砲の各一門ずつを交互に敵に撃っていく交互射撃により、どちらの艦隊も射撃間隔は短い。

 絶え間なく飛び交う雨あられのような砲弾の中、敵艦隊は鞍馬たちの艦隊の左、約一万メートルという、敵艦が指の先くらいの大きさで視認できる距離ですれ違おうとしていた。

 敵の砲撃は狙いを調整し、まるでゆっくりと這い寄るように着弾点を近づけてきている。

 船の揺れが次第に地震と見紛うほど大きくなり、激しい戦いを想起させた。


「反抗戦に入ります! 敵との距離も近いので、至近弾も来るでしょう。近くのものに掴まってください!」


 鞍馬はエルザの言葉を受け、海図の広げられた台に掴まる。

 エルザも同様にぎゅっと台に掴まったため、被弾の確率も決して低くない距離だということを、鞍馬は痛感した。


「全艦に通達! 各自、自らの判断で砲撃を開始せよ! 陣形を乱すな、我に続けぇっ!!」


 瞬間、下から突き上げられたような激しい揺れが襲う。

 低く呻くような音が艦内を駆け巡り、着弾の恐ろしさを心に直接響かせた。


(こ、怖い……!! こんなの慣れるはずがないよ!!

 俺は軍人でもない、一般人なんだから!!)


 鞍馬が不安そうにエルザに目をやると、片手で台に掴まりながらも、手振りと大声で指揮を執っている凛々しい姿が映る。


「最大戦速を維持! 足を止めるなっ! このまま敵後方へと駆け抜けよっ!!」


 艦が揺れる度に顔をしかめ、台にしがみつくが、すぐに戦闘指揮へと復帰するエルザに、鞍馬は戦乙女のような印象を受けた。


 その時、厚紙をぐしゃっと丸めたような音が響く。

 数瞬の後、爆発音が獣の唸り声の如く、海域全体に轟いた。

 被弾したと皆が思ったのだが、音のわりには船体も揺れず、不思議そうにあたりを見回す。


「何があったんですか!? 状況報告を!!」


 エルザが尋ねた瞬間、入電がある。


「グラーフ・シュペーより入電! 『我、左舷に被弾す。しかし、戦闘継続に支障なし』!」


 三番艦が被弾したとの報告に艦橋が騒然となる。

 さらに観測所より伝声管を通して声が響く。


『グラーフ・シュペーの速度がわずかに低下! 少しずつ遅れていきます!』


(速度低下!? 浸水でもあったの!? それとも機関部に故障!?)


 速度が低下するということは、このままいくと陣形が崩れるということだ。

 また、一隻が取り残されるということなので、敵の攻撃が集中してしまう。


「グラーフ・シュペーに打電! 無理せず速度を落とし、艦隊行動を最優先とせよ!」


 味方の被弾にエルザの声と表情は険しくなる。


「また、シャアーに打電! 速度をグラーフ・シュペーに合わせて下げよ! 我が艦もです!」


 意図せず、艦隊の速力が射撃に最も適した速度、十八ノットへと近づく。

 瞬間、リューツォーの砲口から明確な殺意を持って飛び出した砲弾が、敵艦隊の最後尾を航行している駆逐艦を貫いた。


 大きな弧を描いて艦の中央部に突き刺さった砲弾は内部で爆発し、鋼鉄の火柱を上げる。

 敵の駆逐艦はその一撃で機関部に大きな損害を受けたのか、速力を次第に落としていく。

 他の艦との通信にも支障をきたしたようで、艦隊行動から脱落し、一隻のみが遅れてしまっていた。

 鞍馬の艦隊がそれを見逃すはずもなく、集中的にその駆逐艦へ砲弾の雨を降らせていく。


 一撃で満身創痍(まんしんそうい)となった駆逐艦に再び襲いかかる砲撃。

 ごおん、という断末魔のような低い音が戦場に響き渡る。

 砲弾は前回とほぼ同様の箇所に狙いすましたように着弾し、再び破壊をまき散らした。


 駆逐艦は二発の被弾で中心から真っ二つに割れ、艦首と艦尾のそれぞれが空へと手を伸ばすように浮き上がる。

 そして、炎に包まれながら深い濃紺の海へと力尽きたように沈んでいった。


『敵駆逐艦、撃破!!』


 観測所から、興奮に上ずった声で報告が入る。

 大きく反応する者こそいないが、艦橋の誰しもが喜んでいるだろう。


「提督、敵艦隊に数でも上回りましたが、いかがいたしますか?」


 エルザは言外に反転して攻撃するチャンスだと伝える。


「い、いえ、ここはおとなしく逃げましょうっ! 後ろの艦隊の動向がわかりませんし!」


 鞍馬は作戦通りに進めるように告げる。


「かしこまりました。では、このまま撤退するとしましょう。敵艦隊が足の速い艦で構成されているとはいえ、戦力差も開きました。こちらがこのまま進めば、無理に追ってくる可能性も少ないでしょう」


 鞍馬に返事をしたエルザは通信士に向き直り、命令を出す。


「全艦へ通達! 敵艦隊の混乱に乗じ、我らはこのまま撤退する! 最大戦速、方位そのまま!」


 エルザの読み通り、敵艦隊も進路を変えることはなかった。

 そのままお互いの射程距離を脱し、砲戦は終了した。



………

……



 敵影が観測所の視認距離から失せ、敵艦から逃げ切ったことが確認された。

 後ろを取る気でいた足の速い艦隊を引かせた以上、追撃もないだろう。

戦闘配置も解かれて、艦内を安心感が包み込む。


(お、終わった……)


 鞍馬は安堵すると同時に体から力が抜け、先ほどまで掴まっていた台に手を付き、体重をかける。


「提督、後は私に任せ、そろそろ自室でお休みになられてはいかがでしょう? お疲れのようですし……」


 エルザが鞍馬に対して心配するような声音で問いかけた。


「それと……提督の判断は正しかったと言わざるを得ません。最初の戦闘であのまま戦っていたら、敵艦隊に挟撃されていたでしょう」


 そこでエルザは一旦、息を吐く。


「ありがとうございます、提督」


(そ、そんな感謝されるようなことは……!

ただ怖くて逃げただけだし!!)


「い、いえ! 俺が今生きているのは、エルザさんのおかげです!」


「そんなことはありません。私ではあのまま交戦し……全滅していたと思います。だから、あなたはこの艦隊全員の恩人なのです」


 戦闘時とは打って変わって、優しく柔らかな物言いに、エルザの心からの感謝を感じた。

 艦橋の皆も鞍馬に視線をやりながら、エルザの言葉に同調してうんうんと頷く。

 鞍馬はエルザのまっすぐな言葉、艦橋の皆からの感謝の視線に気恥ずかしさを覚える。

 照れ隠しと、本当に疲労していたこともあり、鞍馬は休ませてもらうことにした。


「司令部に打電しないといけないので……敵艦隊の挟撃にあい、交戦しつつ撤退したと伝えておきますね。今思えば、、敵のあの距離からの砲撃も時間稼ぎだったということでしょう。まさかこちらが尻尾を巻いて逃げ出すとは思ってもいなかったようですが」


「う、うん。お願いします」


 鞍馬はあまりの疲れに、内容をよく考えずに返事をする。


「承知しました。では、提督をお部屋に案内して」


 船員に伴われて艦橋を出ようとした瞬間、エルザが鞍馬に近づき、体を寄せた。


「後でその……あなたのお部屋にお伺いします。それまでゆっくりとお休みください」


 耳元で告げられた思いもよらぬエルザの言葉に、鞍馬の顔はみるみるうちに紅潮し、そそくさと艦橋を後にするのであった。


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