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鉄道の客車にて

 一週間ほどが経ち、エルザとの生活にも鞍馬は慣れてきていた。

 特にやることもないので、エルザとチェスをしたり、テレビを見たりして過ごす。

 チェスではエルザに勝てないし、テレビでもバラエティ番組がやっているということはなく、政権による宣伝放送ばかりであったが、それなりに休日を楽しんでいた。


 そして、ある日の夜――。


「提督、明日から出かけるので、準備をしてください」


 食卓にて、いつも通りの食事をしていると、エルザが唐突に切り出す。

 この一週間、出かけたといえば、市場へとパンを買いに行ったくらいだ。

 鞍馬は手にとったパンにブルーベリージャムを塗りながら、問いかける。


「どこか、行くんですか?」


 すると、エルザは頷き、微笑んだ。


「はい。列車に乗って、ベルリスに向かいます」




………

……




 鞍馬とエルザはそれぞれ私服に着替え、トランクを持って、ヴィクトーリアハーフェンの市街にある駅へと来ていた。

 鞍馬の私服は幸い、軍艦の棚にしまってあったので、それを着ている。

 私服とはいえ、市街ではスーツを着ている人が多いため、鞍馬もグレーのスーツにハットという格好をしている。


 それに対して、エルザはジャケットにひざ下くらいの長さのスカートという格好。

 上下共に紺色の出で立ちに靴はロングブーツをあわせている。

 エルザの格好は女性らしさの中にもどこか張り詰めたような雰囲気を漂わせ、色とりどりの服を着た、街を歩く女性とは一線をかくしている。


 そんな二人は自然と、このヴィクトーリアハーフェン駅の景観に溶け込んでいた。

 現在立っている駅舎の入り口から内部まで、全てが赤褐色のレンガで出来ており、どこか慌ただしく人々が歩いている。

 その中には軍服姿も見受けられたが、それは軍港という場所柄、当然のことだ。

 当然、自動の切符売り場などはなく、窓口が幾つかあり、駅員が客に対応しているのが見えた。


「さて、まずは切符を買わないといけませんね。提督はこちらで待っていてください。私が買ってきますので」


 エルザはそう言い残すと、金色の美しい髪を翻して、切符売り場へと向かう。

 鞍馬はそんなエルザの後ろ姿をただ眺めていた。


(エルザさんのスカート姿、なんだか新鮮だなぁ……)


 そんなことを思った後、鞍馬は視線を外し、辺りを見回す。


 辺りには鞍馬のようにスーツを着た男性、花がらのワンピースを着た女性など、様々な人が歩いている。

 当然ではあるが、この世界で鉄道を利用するのは初めてだ。

 あまり鉄道に詳しくもないし、今まで興味を持つことはなかったが、こうして初めてのことを経験するのはすごくワクワクする。

 しかも、向かう先が首都ということは、かなり栄えているんだろう。

 鞍馬は色々と考えながら、エルザを待っていた。


 エルザが戻ってきたのはそれから五分位が経った後だ。


「申し訳ございません。少し混んでました。さて、ホームに向かいましょう」


 エルザは鞍馬を促して、ホームへと歩き出す。


「はい。電車、すぐなんですか?」


「でんしゃ? 列車のことでしょうか?」


 エルザが鞍馬の言葉に首を傾げる。


(そっか、この世界は電気で動いてないんだ)


「いえ、俺の世界ではそう言うんです。電気で列車を動かしていたので」


「電気で、ですか。本当に提督の世界は進んでいるのですね。電気で走る列車なんて、聞いたこともありませんから」


 そう言ったところで、改札についたようだ。

 エルザが乗車券を駅員に見せ、改札を通る。


「提督の分も見せたので、こちらへどうぞ」


 鞍馬もその後に続き、改札を通った。


「先ほどの質問ですが、列車はもう来てます。なので、乗り込んで発車を待つ感じですね」


「あ、そうなんですか。だいたいどのくらいの感覚で来るんですか?」


「そうですね……一時間に一本あるかないかくらいでしょうか?」


(少ないけど、それがこの世界では普通なのかな? というより、日本が異常だって、何かで見たことあるし)


 鞍馬がエルザの隣を歩き、駅舎と同様にレンガ造りの階段をのぼると、駅のホームが見えてきた。

 駅のホームにはワインレッドの上品な塗装をされた、列車が止まっていた。

 何両もの客車が連なり、その窓からは多くの人の顔が見えている。


(あ、こういうの、映画とかで見たぞ。ヨーロッパの列車って感じだ)


「では、この辺りに乗りましょう」


 階段近くの乗車口から、鞍馬たちは列車に乗り込む。

 列車の中には木のベンチに似た客席がボックス席のように並び、二人は乗車口に近い席へと腰掛けた。


「申し訳ありません。突然の申し出に付き合っていただいて……」


「いえ、こうして外に出かけるってのは、初めてなのでワクワクします」


 申し訳なさそうなエルザに鞍馬が応える。

 鞍馬たちがいる客車の中にはまばらに乗客がいるだけで、席は半分も埋まっていない。

 そのため、声をひそめたりはしないで済みそうである。


「列車に乗るのも初めてですし、エルザさんがいないと、どこにもいけませんから。でも、急にどうしたんですか?」


「あまり家にいてもお暇でしょうから、観光がてら、提督にベルリスをご案内したいなと思いまして。たまにはパン以外も食べたくなるでしょうし」


 エルザはいたずらっぽく微笑む。


「パンはパンで美味しかったですけどね。他のも食べたくなってきてたのは事実です。ベルリスって、結構栄えてるんですよね」


「はい。大きな建物が並んでますよ。昔ながらの街並みと現代風の建物が綺麗に融合してるのです」


「へぇ、楽しみです」


 と、そこで列車が走りだす。

 振動を発しながら、ゆっくりと列車が動き、少しづつ風景が後ろへと過ぎていく。


「だいたい三時間くらいでベルリスです」


(今が午前中だから、午後くらいには着くのか)


「了解です。木の椅子だから、長時間乗ってると少し疲れそうですね」


「そうですね。この列車には一等サロン車というものがあるのですが、そちらはいっぱいだったので」


「あ、そんな車両があるんですか」


(グリーン車みたいな感じかな?)


「はい。車両の両側に席が一列ずつ向かいあわせで配置されています。さらに対面になった席の間にはテーブルが用意されているのです。こちらでは、厨房が備え付けられているので、食事もとることができますよ」


「それはいいですね。列車のなかで食べる料理は格別ですから」


「ふふ、そうですね。あと、座席は柔らかいクッションが入っているので、すわり心地も格別ですよ」


「いつかそこに乗って、旅行に行きましょう」


「はい、その時はぜひご一緒させていただきます」




………

……




 列車が走りだして少しすると、景色はのどかな田園風景へと変わっていった。

 一面を緑が覆い尽くし、少し遠くには大きな山がそびえ立っている。

 田畑にはポツポツと農作業に勤しむ人たちが見え、昔美術館で見た絵画のような印象を受ける。


「提督、小腹が空きませんか?」


「あ、ちょっとお腹空きましたね。社内販売とかあるんですか?」


「いえ、その……お昼ごはんを作ってきました。いかがでしょう?」


 エルザは自身のカバンから、包みを取り出す。

 そして、包みを解くと、中からはサンドイッチが出てきた。


「あ、サンドイッチですか? じゃあ、一緒に食べましょう」


「はい、そうですね。どうぞ」


 エルザが鞍馬へとサンドイッチを一つ手渡す。

 少し不格好に切り揃えられたサンドイッチだが、お腹が空いていた鞍馬の空腹を加速させるには十分な魅力を持っていた。


「いただきます」


 鞍馬はパクリとサンドイッチを頬張る。

 口の中に甘さが広がり……なんだか、慣れた味が……。


「いかがですか? 中身は提督の好きないちごのジャムです」


 こういう時も、ジャムとパンといういつもの組み合わせである。


「お、美味しいです」


「良かったです。提督なら喜んでいただけると思いました。でも、本当は早起きして、しっかりと具材を作りたかったのですが……」


「いえ、その気持ちだけで十分です。ありがとうございます、エルザさん」


 鞍馬がそう言うと、エルザは嬉しそうな表情を見せる。

 そして、みずからもサンドイッチを頬張り、幸せそうに口元を緩ませる。


(いつも俺の食事を用意してくれて、エルザさんも頑張ってくれてるんだな)


「エルザさん、今度は俺が料理しますよ。簡単なのしか作れませんけど、お米さえあれば……」


「ふふ、楽しみにしていますね。お米は九鬼さんに頼めば、分けてもらえると思いますし」


「はい、楽しみにしていてください」


 鞍馬はそう言うと、サンドイッチを口に運びながら、外を眺めた。

 外には相変わらず、農村、田園風景が広がっている。


「私の実家の周りもこのような感じなんですよ」


 鞍馬の視線に気づいたのか、エルザが口を開く。


「あ、そうなんですか? エルザさんの家って、農家なんですか?」


「いえ、私の家はユンカーと言いまして……かつての農業経営者といいますか、地方の領主といいますか……そのような家なので」


「へぇ、お金持ちなんですね」


「そんなことはないんですよ。それは昔の話で、今は海軍に代々軍人を排出しているってだけですから」


 その説明で鞍馬は合点がいった。

 エルザの家でもカーヤたちがキッチンの充実ぶりに驚いていたし、一等客室にも乗ったことがあるような口ぶりだった。

 だから、エルザはお金持ちの家系ではないかと思っていたのだ。


「エルザさんがこういうところで過ごしてたって、なんだか想像もつかないですね」


「私だって、軍艦の上で生まれたわけではないんですから」


「あ、いえいえ、そういう意味じゃないんですっ! なんだか、エルザさんって、都会が似合いそうだから」


 鞍馬がそう言うと、エルザは吹き出し、笑顔で返す。


「小さい頃はよく田畑を駆けまわっていました。毎日泥だらけになって、お母さんに怒られて……。たぶん、提督が都会っぽいというのは、幼年学校に入ってからベルリスで暮らしていたからでしょう」


「あぁ、学校がベルリスだったんですか。なるほど……って、そういえば、エルザさんは実家に帰らなくていいんですか?」


 鞍馬の言葉に、苦笑いするエルザ。


「帰ったら、お父さんに怒られてしまいます。戦時中なのに、こんなところでなにやってるんだって。お父さんは退役したとはいえ、元軍人ですから」


「あはは、厳しいお父さんなんですね」


「はい。本当に厳格な父です」


 エルザはそう言うなり、窓の外を見つめる。

 その表情は言葉とは裏腹に、うっすらと笑顔が浮かび、まるで懐かしい故郷を思い描いているようだ。

 鞍馬はその表情がすごく綺麗に見えて、ずっと眺めていたい衝動に襲われた。


 そんな二人を乗せ、鉄道は走る。

 ベルリスまで、あと一時間ほどの距離まで迫っていた。



本日も一話更新です!

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