これまでのこと、これからのこと
ここ最近の習慣からか、鞍馬は早くに目が覚めた。
外はようやく日が出たくらいだ。
「ふあぁぁ……」
寝ぼけ眼を擦りながら、階段を降りる。
まだ、誰も起きてきていない。
鞍馬はリビングのソファに腰掛け、皆を待つこととした。
思えば、この一ヶ月強、色んなことがあった。
突然、異世界に来たと思ったら、戦闘に参加して、今はここで休暇を過ごしている。
だんだんと慣れてきている自分の適応力に驚きながら、鞍馬はぼーっと外を眺めていた。
「提督、起きていたのですか……?」
リビングの入り口からエルザの声がする。
まだ眠いのか、いつもの凛とした声はなりを潜め、どことなくふにゃふにゃした声となっていた。
「はい。目が覚めてしまって……えぇ!?」
そう言いながら、鞍馬がエルザに目を向けると、一気に眠気が吹っ飛ぶような光景が飛び込んでくる。
エルザは上こそタンクトップを着ているが、下半身はホットパンツのような下着一枚なのだ。
タンクトップの裾でパンツが少し隠れているのが、余計に艶かしさを増している。
「え、え、エルザさん!? ふくっ、服っ!!」
慌てて目をそらす。
驚きのあまり、単語しか口から出てこない。
「ふく……?」
エルザの間の抜けた声が響き、その後……。
「て、提督、見ないでくださいっ!!」
エルザはすぐさま二階へと階段をかけ登っていった。
階段をのぼる音が響いてから、数秒も経たないうちに、今度は階段をゆっくりと降りてくる音。
「どうしたんですか……?」
まぶたを擦りながら、リビングの入り口から入ってきたのはフローラだった。
物音に驚いて、起きてきたのだろう。
「うえぇぇっ!?」
フローラもエルザと同様の格好をしていた。
エルザと違うのは、未発達な身体ゆえに、どことなく犯罪臭がしているところだろう。
「……!?」
フローラも鞍馬の声に自分の格好を確認し、一瞬頬を赤らめた後、無言で階段を駆け上がっていった。
「……あはは」
一人残された鞍馬は乾いた笑いを漏らしつつ、再び視線を外へと戻すのであった。
………
……
…
「それでは、艦長、お世話になりました」
グレーテ、フローラ、カーヤの三人はお礼を言い、荷物を抱える。
三人はこれから実家に帰るらしい。
鞍馬とエルザは門のところまで行き、三人を見送っていた。
「……ありがとうございました」
「とっても楽しかったですっ!」
三人それぞれが言葉を発し、車に乗り込む。
皆、実家が首都であるベルリスのため、一緒に帰ると言っていた。
「はい。それでは、また」
「こちらこそありがとうございました」
エルザと鞍馬がそう言うと、三人は微笑んで、車が走り出す。
だんだんと車が住宅街に消えていく。
「さて、提督。中に入りましょうか。昼食を食べなくては」
「そうですね」
家の中へと入り、鞍馬はソファへと腰を下ろす。
「提督、昼食ですが……何味のジャムがいいですか?」
「ジャム?」
「はい、パンに何味のジャムがいいかなと思いまして……」
(三人がいなくなった途端、もとの食生活なんだ……)
「何がありますか?」
「ラズベリー、いちご、ブルーベリーです」
「じゃ、じゃあ……いちごで」
鞍馬がそう言うと、エルザは冷蔵庫からいちごのジャムを取り出し、パンとともに鞍馬の目の前のテーブルに置く。
「これ、美味しいとベルリスでも評判なんですよ。提督はお目が高いですね」
嬉々として言うエルザ。
料理はできなくても、ジャムに対するこだわりはあるらしい。
「このジャムをライ麦パンにつけて食べると、最高なんです」
そう言いつつ、エルザはジャムをパンに塗っていく、塗っていく、そして塗っていく。
塗り終えたころには、鞍馬の視界から、パン生地は消え去っていた。
「塗りすぎじゃありませんか!?」
「そうですか? 気のせいでしょう」
エルザはジャムを塗りたくったパンを幸せそうに頬張り、笑みを浮かべる。
(こ、これがエルザさんの食生活……思ってたより、ひどい……!)
鞍馬はそう思いつつも、目の前のジャムをパンに少しだけ塗り、頬張る。
ライ麦パンは鞍馬が日本で食べていたパンよりも黒っぽい。
また、少し固いが、ジャムの甘さもあいまって、味は上々だ。
「あ……美味しいですね」
「でしょう? このパンとジャムの組み合わせが大好きなんです。提督にも喜んでいただけて、嬉しいです」
エルザは本当に嬉しそうな笑顔を見せる。
普段からこの食生活なのは、好きでしているということに鞍馬は思い至った。
エルザが甘党なのは、アイスの一件から知っていたし、それは別におかしいことでもない。
しかし、軍艦での食事から解放されたエルザは、好きなだけ甘いものが食べられるのだ。
その結果がこの食生活だということに、鞍馬は諦めに似た何かを感じた。
「さて、これで食後にアイスでもあれば最高なのですが……」
「あはは、そうですね……」
さらに甘いものを求めるエルザに、鞍馬は表面上同意しつつ、苦笑を浮かべる。
「ところで、こちらでの生活には慣れましたか?」
「あ、えっと……はい」
突然の真面目な問いかけに鞍馬は不意をつかれるも、応える。
「そうですか。それは何よりです。しかし、提督は本当に成長しましたね」
微笑みながら言うエルザに照れくささを覚える鞍馬。
こうして褒められるのには、まだ慣れない。
「そうですかね。まだまだな気もしますけど……」
「いえ、今回のなんでしたっけ……仮装……」
「仮装巡洋艦ですね」
「はい、それです。……この世界にはない観点からの発想でしたから」
「俺は、前の世界の知識を使ってるだけですよ」
するとエルザはジャムの蓋を締めながら言う。
「いえ、それでもすごいです。……私たち軍人は、学校にて戦史を研究します」
戦史とは今まであった戦いの歴史だ。
過去を知って今に活かす。そういう目的で士官学校などで習うと、鞍馬は聞いたことがある。
「しかし、いくら戦史を学んでも、それをどういう状況で活かすかまでは教えてくれません。技術なども違うので、当然ですが」
「そうですね。帆船で戦って勝った戦法が現代で通用するかはわからないですから」
「提督はかつていた世界でその知識を仕入れ、こちらの世界で使い、成功されています。それはとてもすごいことなのです」
「そう、ですかね。なんだか、自分ではあんまりそういうこと気にしてないので、わかんないです。エルザさんたちにも助けてもらってますし」
「それは私たちも同じです。提督、あなたがこちらに来てくれて、本当に良かったです。そうだ、提督の国の話を聞かせてください。以前言っていた戦争について……」
「はい、俺で良ければ……」
鞍馬は自国にあった出来事を話してきかせた。
泥沼の戦争に突入し、多くの将兵が国のために亡くなったこと。
上層部の判断で多くの悲惨な作戦が実行されたこと。
その中でもエルザが最も興味を持ったのは、日本の兵器についてだった。
「そ、その『ヤマト』という戦艦はそれほど大きかったのですか!?」
「はい。俺のいた世界では最大の戦艦です」
「それは我が国のヴィルヘルムより大きかったのでしょうか?」
「そうですね……ヴィルヘルムってどのくらいの大きさですか?」
「だいたい……二百四十メートルほどでしょうか……」
エルザが顎に手を当て、記憶を呼び起こす。
「でしたら、二十メートルくらい大和の方が大きいです」
「ヴィルヘルムより大きいとは……想像もつきませんね……。武装はどうなのですか?」
「たしか、四十六センチ砲を積んでましたね」
「な、なんですかそれは……! 化け物ではありませんか……。ヴィルヘルムですら、三十八センチ砲ですのに……」
砲の大きさは攻撃力そのものを意味し、敵を倒すには大きな砲が有効と考えられていたのが、大艦巨砲主義というものだ。
現在、その思想が支配しているジャームでは、大和の主砲の凄さがより鮮明に伝わるのであろう。
「砲が大きい方が強いというのが、この国の設計思想ですよね?」
鞍馬が尋ねる。
「そうですね。我が国では巨砲をいかに扱うかに重点を置いています」
「多分、今のこの世界では間違っていません。でも、俺たちの世界では違ったんです」
「どういうことですか?」
「今話した大和は、一度も砲戦を行えませんでした」
「なんと……!」
エルザは驚きに目を丸くする。
大艦巨砲主義に拠って立つ、この国の常識では、考えられないことだろう。
海戦の雌雄を決するのは砲戦であり、そのための巨砲なのだから。
「大和は一度も砲戦をすることなく、水上特攻……自らの命を顧みない攻撃に出撃し、轟沈しました」
「水上特攻……ですか?」
「はい。敵が囲み、既に陸戦が始まっている島へとわずかな兵力で攻撃をしかけたのです。その結果、途中で敵の攻撃にあい、沈んでしまいました」
「なぜそのような作戦を……? 不可能だと軍の上層部も分かりそうなものですが……」
エルザは全く理解が出来ないというように、怪訝な顔をした。
「海軍の面子、そして伝統のためらしいです」
「なんということを……! それは上層部の考えの押し付けではないですか……!」
まるで、自らに起こったことのように、エルザは悲痛な表情を見せる。
豊かな感受性ゆえ、そして大和のの乗組員と同様に軍艦乗りゆえだろう。なんともいえない悔しさをにじませた瞳で鞍馬を見つめてきた。
「それで、先ほどの話に戻りますが……大和は固定翼機――俺達の世界での名前は航空機、に沈められました。俺の国は当初、航空機の有用性を世界に示しましたが、それを自らが自覚しておらず、大和という悲劇が起きたんです」
「それは……しかし……にわかには信じがたいです。ヴィルヘルムよりも大きな戦艦が固定翼機に沈められるなど……」
「そうですね……例えば、重兵装の騎士が一人いるとしましょう。これが戦艦です。そこにクワを持った農民が寄ってたかって襲いかかったら、どうなりますか?」
「それは……いかに重装騎士といえど、いずれは負けるでしょう」
「それと同じことです。一機一機の武装はそこまでではなくても、何発もの攻撃を受けると、戦艦といえど、沈んでしまうのです」
エルザは絶句した。
鞍馬の話は嘘とは思えないし、その悲惨さが容易に想像出来たからだ。
「しかしそれでは……現在の軍艦のほとんどが無用となってしまうではないですか……」
「そうですね。今の考えでは航空機の出現についてこれないと思います」
「そんなことが……」
「はい、だから俺も少しだけ迷っています。このまま、固定翼機をセシリーさんに開発させていいのかどうか」
エルザは鞍馬の逡巡を理解する。
確かにこのまま行けば、戦争の前提が変わる。
今の戦争は色をがらっと変えてしまうだろう。
そこまで考え、エルザは絞りだすように言葉を紡ぐ。
「しかし……我が国には必要な技術です……。提督は知っています、固定翼機の出現による悲惨さを。ならば、そのなかで最良の未来を勝ち取るしかありません。ジャームが固定翼機の研究を再開させたというならなおさら……どちらにその刃が最初に向けられるかの違いしかないのです」
鞍馬が来てからの一ヶ月間、勝利の報告は入ってきていない。
なんとか硬直状態には持ち込んでいるものの、このままでは国力で劣るジャームに破滅の道が待っているのは必然だ。
「確かに、そうですね……。近いうちに戦場に航空機は現れたでしょうから」
「ならば……私が提督とともに、その罪を背負いましょう……。一度始まってしまった戦争は、もう止められませんから……」
エルザはどこか悲しそうに告げる。
確かに戦争は止まらない。
勝つか、負けるかがあるだけだ。
「……ありがとうございます。迷ってはいますが、俺は大丈夫です。前にエルザさんと約束しましたから」
「そう、ですね。勝って、平和な時代を作り、提督がもとの世界に帰る方法を探さなくてはなりませんから」
「はい、これからもよろしくおねがいしますね、エルザさん」
「お任せを。……どんなことがあろうと、私は提督のおそばにいます。それに、提督なら良い方向に進まれるって、信じてますから」
「ありがとうございます」
そう言って、エルザは立ち上がり、ジャムを冷蔵庫へと戻しにいった。
鞍馬はふぅと息を吐き、決意を新たにする。
(エルザさんたち、みんなが悲しい顔をするのは嫌だな……。俺は手の届く人たちが笑顔のままでいる手伝いをしていこう)
そんな鞍馬のもとにエルザはケーキを持って戻ってきた。
また甘いものかと鞍馬は苦笑いを浮かべたが、エルザの幸せそうな表情に、自分の決心が間違っていないのだと、背中を押された気がした。
一話更新です!
よろしくお願いします!




