お肉なパーティー
味付けに不安を覚えているエルザたちに、カーヤがいくつかの小皿を取り出す。
その上にはパプリカパウダーやローリエ、胡椒などの調味料が盛られていた。
パプリカパウダーといった香辛料があるためか、少しの刺激をともなった、いい香りが漂ってくる。
「これは……?」
小皿を手に取り、まじまじと眺めながら、エルザがカーヤに問いかける。
「仕込みをしてる間に、調味料を準備しておきました。これを入れるだけで、味付けはバッチリですっ!」
「さすがです、カーヤ。これで味付けには悩まないで済みそうですね。ありがとうございます。さぁ、砲術長、やりますよ」
「はっ。艦長」
調味料を入れるにあたって、エルザとグレーテの役割が交代する。
エルザが調味料を入れ、グレーテが鍋をかき混ぜるようだ。
「では、まずパプリカパウダーを入れてください」
カーヤの言葉にしたがって、エルザが小皿を傾け、パウダーを鍋に入れる。
それをグレーテがかき混ぜ、今まで炒めていた具材全体に行き渡っていく。
「そうですっ、上手ですっ。艦長、砲術長」
カーヤは笑顔でエルザたちを褒め、次の段階を指示する。
「次はこのカップに入っているお水と、コンソメ、マジョラム、胡椒、ローリエを入れます」
「了解です」
エルザが豪快に調味料を鍋の中に入れていく。
全体に行き渡るようにふりかけるのではなく、一箇所に調味料が固まっているのは、ご愛嬌というやつだろう。
グレーテが力強くかき混ぜることで、調味料はしっかり全体へと伸びていく。
「あとは……このお野菜を入れて、煮込むだけです」
そう言って、カーヤが野菜を鍋へと入れ、蓋をする。
蓋を押し上げて噴き出してくる蒸気から、的確に食欲を掻き立てるいい匂いが漂ってくる。
エルザとグレーテはやり遂げたというように、達成感あふれる顔で、汗を拭っていた。
「やりました、私達はやりましたよ、艦長」
「そうですね、砲術長。お料理というものをここまでちゃんとやったのは初めてですが……私達もまだまだ捨てたものじゃないと証明できました」
「艦長……」
(多分エルザさんは真面目に言ってるんだろうけど……なんなんだ、この小芝居は……。で、でも、それだけ嬉しいってことなのかな)
鞍馬はそんな二人に苦笑しつつ、フローラに視線を戻す。
芋の準備は出来たようで、フライパンにオリーブオイルを敷き、ソーセージとベーコンを入れ、炒めはじめようとしていた。
「提督、こちらはそろそろ出来上がります……」
ベーコンとソーセージに火が通ったところで、フローラは手早く先ほど準備した芋をフライパンの上に載せる。
「おお……!」
思わず鞍馬、エルザ、グレーテの三人から感嘆の声が漏れる。
右手で焦げ付かないように具材を混ぜ、左手で塩コショウなどの味付けをしていく手際良さは、料理がまともに出来ない三人にとって、プロと見紛うばかりだ。
その隣ではカーヤがシュバイネブラーテンの調理を始め、鞍馬たち三人は後ろで驚きの連続に声を上げるしかできなかった。
………
……
…
食卓には色とりどりの肉料理が並んでいた。
肉、肉、肉、そして、パン。
これがジャームでの一般的な食事らしい。
「さて、いただきましょうか」
鞍馬の隣に座っているエルザが皆に声をかける。
すると、皆がグラスを手に取り、高く掲げる。
「乾杯!」
そして、お互いのグラスを強くぶつけ、ビールを飲んでいく。
カーヤまでもが、ちょびちょびとではあるが、ビールを口にしている。
(確か、二十歳にならないとお酒を飲んじゃいけないのは、日本だけなんだよな。多分、この世界のお酒を飲んでいい年齢はもっと下なんだろう)
鞍馬もビールを飲み、ジャームポテトに手をつける。
ビールで潤った後に、程よいしょっぱさの料理が喉を通り過ぎる。
(美味しい……! ビールとよく合うなぁ!)
鞍馬は再び、ジャームポテトを取り、口へと運ぶ。
すると、なんだか対面から視線を感じる。
その方向に目を向けると、フローラがじっとこちらの様子を伺うように、見つめてきていた。
「……フローラさん、美味しいよ。ホントに」
鞍馬の言葉にふっと口元を緩ませるフローラ。
「……喜んでもらえて、よかったです。これしか作れませんが、味には自信ありますから……」
「あれだけ手際良かったのに……ですか?」
「他の料理となると、何故かダメです……」
「そ、そうなんですか……」
そんなことを言っていると、既に何杯目かわからないビールをグラスに注いでいるグレーテが鞍馬へと声をかける。
「提督、私たちの料理も食べてくださいよ。艦長も気になって仕方ないみたいですし」
鞍馬がエルザへと目線をやると、エルザはパッと目を逸らす。
「そ、そんなことは……っ!」
鞍馬は微笑んで、エルザたちが作ったスープに口をつける。
コンソメと香辛料の香りが口いっぱいに広がっていく。
それに肉や野菜の味が加わって、幸せが膨れ上がる。
その間も、エルザは不安げな視線を鞍馬に向けていた。
「エルザさん、すごく美味しいです。グレーテさんも」
鞍馬がそう告げると、エルザは視線を鞍馬へと戻し、
「本当ですか……?」
「はい。ホント、すっごく美味しいですよ」
すると、エルザはホッと胸をなでおろし、
「その……ありがとうございます。しかし、カーヤがいなければ、この料理はできませんでした」
「そうですね。カーヤさんも美味しい料理をありがとうございます」
鞍馬の言葉に両手を顔の前で目一杯振って、カーヤは応える。
「い、いえ、きょ、恐縮ですっ!」
そんなカーヤを微笑ましく見つめたあと、鞍馬はビールへと再び口をつける。
日本で飲んでいたビールとは少し違い、なんだか香りが強い。
「ビールも料理とよくあって、美味しいですね」
「ジャームはビールが有名ですから。戦前はメリンゲンにもビールを輸出していたんです」
「あれ、でも艦内ではビール出ませんでしたよね……?」
リューツォーで基本的に料理を食べるときはワインだった。
その記憶を呼び起こし、鞍馬は尋ねた。
「私達ジャームの人間はビールとなると、たがが外れますからね。飲み過ぎることがあるので、我が艦ではワインにしています」
「なるほど」
鞍馬は目の前でごくごくビールを飲み干していくグレーテを見て、妙に納得する。
そして、まだ手をつけていなかったカーヤの料理――シュヴァイネブラーテンへとフォークを伸ばした。
見た感じではローストビーフみたいな感じで、火の通った肉にソースがかけられている。
口に運ぶと、肉が口の中でとろける。
「……うまいっ! カーヤさん、これ美味しいですよ」
「ありがとうございますっ! シュバイネブラーテンはお母さんの得意料理なので、レシピ教わっておいたんです!」
「そうですか。じゃあ、家庭の味ってわけですね!」
「はいっ!」
食卓に笑顔が溢れ、夜はふけていく。
………
……
…
「ちょ、ちょっと……! グレーテさん、あんまりくっつかないで……!」
目の前の料理がなくなっても、お酒が途切れることはなかった。
むしろ、料理がなくなるたびに、カーヤがあまりものでつまみ作って追加するので、酒を飲む勢いは増す一方である。
「提督、いいじゃないですか! こうして、美人四人に囲まれて、何が不満なんですか!?」
完全に悪酔いしているグレーテをなんとか身体から引き離す。
(こ、この人、お酒飲ましちゃいけない人だ……!)
鞍馬は増加するスキンシップに困り果てながら、エルザに助けを求める。
「エルザさん、ちょっとグレーテさんをどうにかしてください!」
すると、それまで静かに飲んでいたエルザが上気した顔で、ジトッとした目を鞍馬に向ける。
「……その割には楽しそうではありませんか」
そう言って、エルザはいつものように助けてはくれない。
(え、エルザさんも酔ってる……!?)
鞍馬はこうなったらと、すがるようにフローラを見つめる。
すると、フローラは何度も首をコックリコックリさせながら、懸命に睡魔と戦っていた。
(フローラさんは戦線離脱しかけてる……っ!)
唯一先ほどからしっかりとした意識を保っているカーヤに目を向けた瞬間、グレーテも同様にカーヤへと視線を向ける。
カーヤは一瞬ギクッとした様子を見せ、鞍馬から目を逸らした。
「申し訳ありません、提督……!」
(カーヤさんはグレーテさんに負けてる!?)
「提督、ほら、もっと下々の者とも仲よくなりましょうよ! 手始めに私と!」
そう言いながら、グレーテは更に身体を密着させてくる。
女性経験はないが、鞍馬も男性である。
美人で、細身で、スタイルのいいグレーテに密着されて、イケナイ気持ちが膨れ上がるのも当然だろう。
しかし、その気持ちを何とか抑えつけ、鞍馬は懸命にグレーテの魔手から逃れようとしていた。
「仲良くなるって、くっつかないでもできるでしょう!?」
「いえいえ、くっつくのが一番です! 砲術でもそう! 実際に砲に触れねば、ダメなのですっ!」
「それとこれとは話が……違いますっ!」
鞍馬はなんとかグレーテを引き剥がすことに成功し、エルザの隣へと避難する。
しかし、そこでも地獄が待ち受けていた。
「……提督。お話したいことがあります」
エルザは明らかに酔っ払った真っ赤な顔で真面目な顔をしながら、鞍馬に語りかける。
「提督には、もう少し提督としての心構えを持っていただかねばなりません。えぇ、そうですとも。そもそも提督はですね……」
(エルザさんはお酒を飲むと、説教するタイプの人か……!)
「……提督、聞いているのですか!?」
そう言って、エルザはずいっと身体を寄せてくる。
軍服を脱ぎ、タンクトップ姿のせいか、エルザの豊満な胸がことさら強調され、鞍馬は目のやり場に困ってしまう。
「え、エルザさん、近いって……!」
「近い……!? 何が近いというのですっ!」
(これ、アカン……)
「そ、その……エルザさん、胸が見えそうで……」
「そんなことよりも! 提督、なんなんですか! 先ほどの醜態は……!」
(ダメだ、エルザさん……言ってることが支離滅裂だ)
そんなことを言っていると、鞍馬をエルザと挟みこむように、グレーテが隣にくる。
「提督、まだ私達の仲は深まっていませんよ!」
「提督、聞いているのですか!?」
両サイドから声をかけられ、鞍馬は困り果てる。
そこへ、カーヤが口を開く。
「あ、あの……っ! そろそろ寝ませんか? フローラ少尉、寝てますし……」
そこで初めてあたりを見渡すエルザとグレーテ。
「そうですね……。提督にお話したいことはまだありますが……今日はこのくらいにしておきましょう」
「ちぇっ、仕方ないな……。提督、また一緒に飲みましょう」
そう口々に言って、エルザは皆を寝室へと案内する。
寝室は一人一部屋が割り当てられ、それぞれが部屋へと入っていく。
こうして、パーティーは幕を閉じたのであった。
………
……
…
(今日は疲れたけど……楽しかったなぁ……)
鞍馬はベッドで横になりながら、今日一日を思い返す。
軍艦を降りて、初めての休日。
その大切さを痛感した一日だった。
皆、命をかけて仕事をしている。
そのため、休日の大切さは特別なのだろう。
まだ休日は続いていく。
明日はどんな楽しいことが待っているのだろう。
この休みをしっかりと享受するためにも、鞍馬はおとなしく、瞳を閉じた。
本日も一話更新です!




