記憶を頼りに
商船こそドック入りはしていないものの、連絡を受けていたのか、ドックの入り口ではすでに設計の担当者が鞍馬たちを待っていた。
「シュレッセンです。このたびはよろしくお願いします。こちらは私の副官のようなもので……エルザと申します」
鞍馬とエルザは設計担当者だという中年男性に挨拶をする。
「カール・ビアホフ中佐です。今回、設計担当をさせていただきます」
カールと名乗った男性は敬礼をし、メモを取り出した。
「商船を改造されて軍艦をつくるということで……早速ですが要望をお伺いしましょう。こんな感じにしたい、ということがございましたら、お話ししていただければと思います」
カールは誠実そうな話しぶりで、鞍馬に言う。
「そうですね……」
鞍馬は頭の中にある仮装巡洋艦の知識を引っ張りだす。
仮装巡洋艦とは、そもそもドイツが主に使用した通商破壊を目的とした軍艦である。
そのため、武装には偽装を施し、輸送船にしか見えないというのが最大の特徴だ。
中立国の輸送船を装って敵の輸送船に接近し、拿捕、または撃沈する。
今回、鞍馬が受けた任務は巡洋艦以上を沈めるということだが、基本的な戦術に変わりはないだろう。
「まず、秘匿性を考えて、魚雷発射管をたくさんつけたいです。できれば両舷に魚雷発射管がほしいですね」
「なるほど……。魚雷を主武装に、ということでよろしいですか?」
「はい。偽装するため、大口径の砲を積むわけにはいきませんから。あんまり大きいとバレちゃいますし」
「しかし、砲も欲しいのでは?」
カールが尋ねる。
すると、それまで黙っていたエルザが口をはさむ。
「砲も必須です。とはいえ、大きな砲は必要ありません。敵の主砲に損害を与えられる程度で構いません」
「わかりました。小口径の砲を甲板上に積むことにしましょう」
カールは何度も頷きながら、メモに書き込んでいく。
「砲を使う場面、ありますか?」
するとエルザはゆっくりと首を左右に振り、
「確かに提督のおっしゃることも一理ありますが、こちらが魚雷を打ち込んでも、敵の砲は生きています。そのため、魚雷発射と同時に砲を破壊し、反撃を防ぐ必要があるかと思います」
(……こっちが逃げるときに後ろから主砲撃たれたらたまったもんじゃないな)
「確かにそうですね。ありがとうございます、エルザさん」
「いえ」
エルザは短くそう言うと、一歩後ろへと引いた。
あくまで鞍馬の意見を、ということだろう。
「それで、他にはなにかありますか?」
その様子を黙って眺めていたカールが声をかける。
「あ、あと、魚雷発射管はバレないように開閉式の蓋をつけといてください。外からは決して見えないように。あとは……そうだ、拿捕してきたタンカー一隻の甲板を平らにして欲しいんです」
「甲板を平らに?」
「はい。それで、船全体がシェルダーの滑走路みたいになるように」
「しかし、艦橋があるので、船全体を滑走路には出来ないかと思いますが……」
「えっと……メモとペンを借りてもいいですか?」
「はい。どうぞ」
鞍馬はカールからメモを借り、そこに空母の絵を書いていく。
甲板の上に滑走路が置かれ、その滑走路を邪魔しないよう船の横に艦橋がついた奇怪な船の図に、カールは目を丸くする。
「これを作れと?」
「はい。このような感じでお願いしたいのですが……」
「出来なくはないですが……いえ、なんでもありません。かしこまりました」
「すみませんが、よろしくお願いします」
「いえ。では、万事そのようにいたします。本日はありがとうございました。早速設計に入らせていただきます」
カールはそう言って敬礼をすると、ドック近くにある建物へと駆けていった。
「……これで、とりあえずはオッケーですかね?」
鞍馬がエルザを振り返り、言う。
「はい。それにしても、船全体を大きな滑走路にするという発想には驚きました。それで固定翼機を運用するのですね。しかし、あのような発想は一体どこで身につけたのですか?」
エルザが心底驚いたというように、目を丸くする。
確かに固定翼機がないこの世界では、そのような発想がないかもしれない。
シェルダーの滑走路はあくまで軍艦の補助武装の一つだ。
滑走路自体を主目的とした軍艦など、思いもよらないのは当然であろう。
「俺の世界にそういう軍艦があるってだけですよ。航空母艦っていうんですけど。海戦に有用なのは俺のいた国が戦争中に示しました。ただ、自分たちでそれを示しておいて、上手く活かせなかったんですけどね」
「航空母艦……なるほど。提督は一般市民だったということですが、その世界では一般市民も提督のような知識を身につけているのですか?」
「俺の場合はあくまで趣味、です。そういうこと調べるのが好きだったんですよ」
するとエルザは微笑む。
「好きこそものの上手なれ、ですね。そのような自由な趣味が許される世界、一度行ってみたいものです」
「あはは、こっちに来たら、その時は俺が案内しますよ」
「はい、ぜひ。さて、一度リューツォーに戻りましょうか。皆に休暇を告げなくては」
エルザは部下に休暇を告げるということが嬉しいらしく、足取り軽く歩き出した。
(ホントに部下思いだなぁ)
鞍馬はそんなエルザの後ろ姿を見て、思わず微笑んだ。
………
……
…
鞍馬たちはリューツォーへと引き返し、休暇を告げるために自室に主だったものを招いた。
「長期休暇……ですか?」
グレーテが開口一番、鞍馬の言葉をオウム返しに口にする。
「はい。我が艦隊から、リューツォー、グラーフ・シュペー、シャアーが抜けるので、新たな艦が出来上がるまで、とりあえずは休暇となります」
鞍馬がグレーテへと説明する。
思ったより長い休暇に、グレーテ、フローラの顔は驚きに満ちている。
「ただ、その後にすぐ作戦行動となりますので、二ヶ月後にはヴィクトーリアハーフェンに戻ってきてもらいますが」
「なるほど。ま、ちょうどいいですね。皆、疲れてますから。この航海の間に貯めこんだお給金を使うには持って来いです」
グレーテがそう言って、笑う。
確かにこういう休暇でないと、給料の使いみちがないんだろう。
艦内では、酒保でちょっとしたものを買うくらいしかお金は使わない。
「では、これにて解散とします。それぞれ荷物をまとめて休暇としてください」
エルザが解散を告げる。
そして、皆が大きく息を吐いた。
「艦長は休暇中どうされるんですか?」
背伸びをしたグレーテがエルザに問いかける。
エルザは鞍馬をちらっと見やり、口を開いた。
「私は家が近いので、そこで過ごします。もしかしたら、首都ベルリスへと行くかもしれません」
「ベルリスに。でしたら、ぜひ私の家に寄って欲しいですね。私の実家、ベルリスにありますから」
どうやら、グレーテの実家は首都にあるらしい。
(ここにいるみんなの私生活って、想像つかないな……)
この艦以外の場所に行くのは鞍馬にとって初めてだ。
他の皆に任務以外で会ったことはないし、想像できないのも当然であろう。
「……提督はどうされるんですか?」
フローラが鞍馬に尋ねる。
「え、えっと……とりあえずエルザさんと今後の方針を話し合う感じ、ですかね。エルザさんの家が近いようなので」
エルザの家にずっと上がりこむなんて言ったら、どんな想像をされるかわからない。
なので、鞍馬はとりあえずぼかして伝えた。
「……そうですか。では、私のジャームポテトはいつご馳走しましょう……」
(そういえば、作戦会議の時、そんな話をしたな)
人形のように普段は無表情の顔で、フローラは考えこむ。
そこに、エルザが声をかけた。
「でしたら、私の家にご招待します。私は料理が出来ないので……ジャームポテトを作っていただけるとありがたいです」
「……はい。では、お言葉に甘えさせていただきます。姉には先にベルリスの実家に帰ってもらいます……」
「あ、お姉さんも来てもらえばいいのに……」
鞍馬がそう言うと、フローラは首を振った。
「いえ、姉は……その……実家に早く帰りたがってましたから」
「……そうなの?」
どこか釈然としない鞍馬だが、フローラがそう言うなら仕方がない。
何か用事があるんだろうと納得することにした。
「艦長、当然私もおじゃましてよろしいんでしょうね?」
グレーテが薄く整った唇をつりあげて言う。
「はい。皆さんお越しになってください。材料は軍港内で買って行きましょう」
エルザが微笑む。
「あ、でも艦長。この中で料理作れるのって……フローラ少尉だけですよね?」
グレーテが気づいたように言う。
確かにエルザとグレーテは料理を作れないと公言している。
そうなると、本日の夕食はジャームポテトのみということになる。
「それもそうですね……」
「あ、だったら、カーヤさんも呼びましょうよ。みんなで食べた方が美味しいですし」
「それは名案です。彼女にも色々とお世話になりましたし、お礼もかねて招待しましょう」
「はは、これを機に私と艦長もカーヤに料理を教えてもらいましょうか。では、カーヤを呼んでまいります」
グレーテが笑いながら言い、部屋を後にする。
………
……
…
しばらくして、グレーテはカーヤをともなって部屋へと戻ってきた。
カーヤは目を輝かせて、赤ら顔で興奮を隠しきれていない。
「カーヤ二等水兵、参りましたっ! ぜひ参加させてくださいっ!」
開口一番、やる気満々のカーヤに、自然と口元がほころぶ。
「本当によろしいのですか? 迷惑じゃありませんか?」
「はいっ! このように役にたてることがあるなんて……感謝としか言いようがありませんっ!」
心からの言葉だろう。
その言葉にはあまりに力がこもっている。
「軽く話しただけでこの調子です。本当に喜んでくれてるみたいですし、参加確定ということで」
グレーテがどこか嬉しそうに言った。
「艦長と砲術長はお料理をしたいとのことで、僭越ながら、私がお教えさせていただきますっ! は、班長ほどではありませんがっ、料理はある程度できるつもりですのでっ!」
「では、お願いしますね、カーヤ。まずは……」
「材料の買い出しからですかね。エルザさんの家の近くにお店ってありますか?」
「はい。私の家はこの軍港に隣接した街の郊外にあるので、食料品などは簡単に買えますよ」
エルザの家に行ったことがないためわからないが、郊外ということはのどかなところなんだろうと鞍馬は予想する。
「では艦長、私が車を回します。ちょっと借りてきますね! リューツォーの前でお待ちください」
グレーテはそう言って、部屋を後にした。
「ではみなさん、行きましょうか。荷物をまとめて、リューツォーの前に集合です」
こうして、パーティー兼、お料理教室の開催が決定した。
鞍馬は任務などから解放されて、こうした日常が送れる。
そのことに、この上ない喜びを抱くのであった。
本日も一話更新です!




