技術者と休暇
商船を仮装巡洋艦へと改装し、敵と戦うと決めた二人は軍港内にある宿舎を訪れていた。
ここには先日拿捕した船舶に乗っていた、民間人が収容されている。
商船を改装するにあたって商船の雇い主である商人、九鬼正隆に一言入れておこうと考えたのだ。
宿舎に足を踏み入れ、正隆がいるという部屋に向かって、二人は歩を進める。
綺麗とはいえない宿舎であったが、生活に十分な設備は整っているらしい。
すると、そこへ……。
「エルザ? エルザじゃない!」
突如飛び込んできた、活発な声。
鞍馬たちが声の方へと振り向くと、白衣を着た女性がこちらに駆けてくるのが見えた。
「セシリー……?」
エルザが不意の出来事に驚きの声を漏らす。
「久しぶりじゃない。まさかこんなところでエルザに会うなんて! あぁ、あぁ、神様、ありがとうございます! 一人で心細かったんです!」
白衣の女性――セシリーはエルザの手を握り、上下にブンブンと振る。
手を振るたびに、セシリーのパーマがかった髪が揺れた。
「提督……こちら、私の幼年学校時代からの友人で、セシリー・アシュリーといいます。メリンゲンの父とのハーフなので、メリンゲンに渡ったと聞いていたのですが……」
「あ、提督さん!? いつもエルザがお世話になってますー!」
どこかエルザの母親のような態度で、鞍馬にお辞儀するセシリー。
そんなセシリーの姿を見て、エルザは微笑む。
「シュレスビッヒ・シュレッセンです。よろしくおねがいします、セシリーさん」
「で、セシリー、なぜ貴女がここに?」
すると、セシリーは丸いメガネの位置を直しながら、口を開く。
「それがね、研究に使う資材をこの目で見たくて、植民地に向かう客船に乗ってたら、拿捕されちゃったの! もうビックリ!」
(ごめんなさい。それ、拿捕したの……俺達だ)
鞍馬は心の中でセシリーに謝る。
「そうなのですか。ところで……研究とは?」
「うーん……実は私、向こうのカレッジに進んだあと、研究者になったの。まぁ、私個人としては祖国とか思ってないし、言っちゃうけど……固定翼機の研究!」
(固定翼機!? 飛行機のことか!)
固定翼機の研究は進んでいないとエルザがかつて言っていたことを思い出す。
暇だった時に手にとった提督室にあった本にも、研究は頓挫し、今では固定翼機は実現不可能ということでそのための予算もとられていないと書いてあった。
「固定翼機って、研究してないんじゃ……」
鞍馬が言うと、セシリーは笑顔で応える。
「そうだったんだけどねー。限られた予算で再開されたって感じよ。予算さえくれれば研究は成功するって言ってるのに、メリンゲンの海軍さんったら、信じてくれないの」
セシリーは続ける。
「昔、ライトさんって人がいたのは知ってるよね?」
「セシリー、さっきから提督にタメ口を……!」
「いえ、いいんです。……えっと、ライト兄弟?」
それはあまりにも有名な人だ。
飛行機を初めて空に飛ばしたといわれる兄弟。
歴史の教科書にも載っていたし、鞍馬は小さいころに伝記を読んだことがある。
「兄弟? 違う違う。ライトさんには兄弟いないよー」
(兄弟じゃない? この世界ではそうなんだ)
「その人が固定翼機の実験に失敗しちゃってね。ライトさんは腰を痛めちゃったし、実験機は壊れるしで、結局……固定翼機は実現しないってことで研究が打ち切られたの」
(失敗しちゃったんだ。だから、この世界では固定翼機じゃなくて、オートジャイロの開発が進んでたのか)
「でも、理論上は明らかにオートジャイロより速度も出るし、兵器化されたら有効だろうってことでメリンゲンで研究が再開されたんだけど……まともな実験機を作ることも不可能なくらいの予算で……」
「まぁ、計画が頓挫するってことはよくありますし、一度失敗した計画にそんな多くの予算はつぎ込めないですよね」
どこの国でも、実験機の失敗で計画自体が打ち切られることはよくある。
実験機を作るのにも莫大な予算がかかるし、それがおしゃかになったというのなら、尚更だ。
「そうなのよー。はぁ……これからどうしよ……」
(これって使えないかな? 戦力がダウンした第三艦隊にちょうどいい気がするし)
「セシリーさん、理論はあるんですよね?」
「うん! メリンゲンにいた頃はまだ完璧ではなかったけど、拿捕されてから考える時間はたくさんあったし!」
「エルザさん、この研究……うちで出来ませんか?」
すると、エルザは驚きをあらわにする。
「我が艦隊でですか!? しかし、予算が……」
「いや、予算は潤沢にあるじゃないですか。ドックで改装するための。それを流用しちゃえばいいんですよ。それにシェルダーをもとにすれば、予算も削減できるかと」
「それはそうですが……しかし……固定翼機が有用かどうかも……」
「それは俺が保証します。かならず、使ってみせます。艦隊運用に固定翼機は確実に有用となりますよ」
「セシリー、ホントに出来るのですか……?」
「それはもちろんっ! 任せて!」
セシリーは自信満々に自分の胸を叩く。
「では……ドックの近くに研究用の施設を用意させます」
「ありがとう。エルザさん。では、セシリーさん、よろしくお願いしますね」
そう言って、鞍馬がその場を後にしようとした時、セシリーに呼び止められる。
「あ、提督さん! 大事なこと忘れてた!」
「はい、なんでしょう?」
セシリーは眉を寄せ、困ったような表情を見せる。
「そういえば……固定翼機は、その……滑走路が必要なの……」
「滑走路、ですか?」
エルザが怪訝な表情をして尋ねる。
「うん、オートジャイロは数メートルの滑走で飛べるけど……固定翼機は少なくとも数十メートルの滑走をしないと飛べないし。だから、艦隊での運用は厳しいと思うよ?」
「それは確かに……」
顎に手を当て、思案するエルザに鞍馬は問題ないというように頷く。
「大丈夫です。滑走路を船の上に作っちゃえばいいんですよ」
「船の上に……?」
「はい。そこは任せてください。なので、安心して研究をしてください、セシリーさん」
「え、う、うん。ホントに大丈夫?」
「はいっ!」
鞍馬は力強く返事をし、エルザをともなってその場を後にした。
………
……
…
「はぁ……商船を、ですか?」
セシリーと会ったことで時間がかかってしまったが、鞍馬たちは高天原の商人、正隆の居室にきていた。
そこで商船を譲って欲しいとの話を切り出したのだが、正隆はその意図を全く読めないといったように聞き返す。
「はい。商船を私に譲ってほしいのです」
「……何に使うんで?」
正隆はその好奇心で、鞍馬に尋ねる。
「それは機密です」
言えるはずがなかった。
どこかから仮装巡洋艦の情報が漏れれば、その効果は半減する。
敵の虚を突いてこその仮装巡洋艦である。
リスクを犯すことは決してできない。
「なるほど……。そう言われれば、何も言えませんな。しかし、私も商人です。何か美味しい話をいただけるとありがたいのですが?」
正隆は口角を釣り上げ、笑みを浮かべる。
彼は生粋の商人である。
当然、自分に利益がない話にのるはずがない。
だとするならば、当然、彼に対してなんらかの利益をあげさせないといけない。
そこで、鞍馬の後ろで副官らしく佇んでいたエルザが口を開く。
「資材調達の独占契約はいかがでしょうか?」
「ほう、資材……ですか」
「はい。我々はこれから様々な資材を必要とします。よって、その資材調達の取引を貴方の独占といたします」
「なぜ資材を必要とするかは……聞いてはいけないんですね?」
「機密ですから」
エルザは先ほどの鞍馬の言葉を踏襲して、返事をする。
「なるほど。しかし、資材といってもピンきりでして……」
「問題ありません。その資材に見合った金額をお支払いします」
毅然とした態度で言い放つエルザ。
「それで……正隆さん、いかがですか?」
鞍馬が正隆に最終確認をする。
「はい。商船三隻で取引を独占できるとなれば、こちらとしては願ってもない条件です。ぜひ、よろしくお願いします」
「ありがとうございます」
「つきましては……もう一つよろしいですか?」
正隆が椅子の背もたれに背中を預け、リラックスしたようすでタバコに火をつける。
もはや、重要な話は終わったと考えているのだろう。
「なんですか?」
「ジャーム国内に事業所が欲しいのです。今後、提督のご依頼を受けるとしたら、必須となります」
「エルザさん、どうですか?」
「問題ないかと思います。海軍司令部に掛け合い、内務省に話は通しておきます」
「ありがとうございます」
紫煙をくゆらせ、正隆が礼を言う。
これで、固定翼機のための資材にもあてができた。
研究も進んでいくだろう。
「……これからはジャームで活動することになりそうですね」
正隆が唐突に言う。
「メリンゲンの方は大丈夫ですか?」
「そうですね、問題ないと思います。優秀な部下がいますから、うまく切り盛りしてくれるかと。ただ、料理人をこっちに連れてきたので、部下も困るでしょう。それだけが心配です」
「あはは、そうかもしれませんね。肉じゃが、とても美味しかったです。エルザさんも喜んでましたよ」
鞍馬がそう言うと、エルザは頬を染め、
「そ、そんなこと言わないでください……っ!」
と鞍馬をたしなめる。
「はは、艦長殿にも喜んでいただけて、何よりです。このように我が国に理解のある方とお仕事ができるというのは嬉しい事ですね」
「俺も同じ気分です。さて、諸々の手配はしておきますので、よろしくお願いします」
鞍馬は席を立つ。
それにあわせるように、正隆も席を立ち、お辞儀をした。
「ありがとうございました、提督。最善を尽くさせていただきます」
「はい、こちらこそありがとうございました」
鞍馬は敬礼し、エルザをともなって部屋を後にした。
………
……
…
部屋を出たあと、鞍馬たちはドックに向けて歩いていた。
商船改装の指示を出すためだ。
「提督、これでなんとか最低限の戦力は整えていけそうですね」
「あとはドックに指示をだしたら、ひとまずは仕事終了、って感じですかね」
「はい。それが終わったら、提督はどうされます? 改装が終わるまでは特にやることもありませんし……」
(そういえば……どうしよう)
「全く考えていませんでした。そもそも、家もわかりませんし」
鞍馬はこの世界に来て、何もわからない。
家があるのかも知らないし、親のところに行くといっても、それは本当の親ではないから、どう接したらいいかわからない。
「そうですよね……。でしたら、私の家に来ますか? 私の家なら、他に誰もいませんし、気がねすることもありませんから」
「え、エルザさんの家ですか!?」
(いやいや、一つ屋根の下で男女が一緒に暮らすって!!)
「それはまずくないですか!?」
「なぜでしょう? 提督にとって、それが一番かと思いますが……」
純粋に鞍馬のことを心配しての言葉。
それに対して、一瞬でもいかがわしいことを考えた自分に罪悪感を抱く。
「あ、いえ、そうですね……。おじゃましてもいいですか?」
「はい。あまりおもてなしはできませんが……。ひとまず、この仕事が終わったら、リューツォーに戻り、皆に休暇を伝えましょう。その後、私の家にご案内します」
「はい、ありがとうございます! 初めてのお休みですし、ちょっと楽しみです!」
「ふふっ、私も何度休暇を経験しようと、楽しみなのは変わりありません」
「それじゃあ、早く休暇にするために……ささっと仕事を済ませますかっ!」
鞍馬はなんだか軽くなった足取りでドックに向かうのであった。
一話更新です!
感想返しが遅れて申し訳ございません。
遅くなることはありますが、必ずお返事させていただきますので、
よろしくお願いします!