鞍馬のひらめき
港湾の入り口が見えた時、艦内を歓声が包んだ。
それもそのはず、少なくとも鞍馬がこの世界に来てから、初めての陸地となる。
揺れ動かないベッドで眠れると思うと、その歓喜の理由も十分理解ができる。
「あれが……リューツォーの母港ですか?」
指揮所の窓から肉眼でも確認ができるほど接近した、湾の入り口に目をやりながら鞍馬が尋ねる。
湾の入り口には灯台がかろうじて見えるくらいで、まだ詳細は見て取れない。
「はい。第一、第三艦隊が母港とする軍港、ヴィクトーリアハーフェンです。勝利の港を意味します」
(なんか、すごくかっこいい名前だな)
「港湾の入り口が狭まっており、その入口には灯台の他、砲台もございます。その守りやすさから我が国では古くから軍港として栄え、様々な軍事施設があります」
「えっと……司令もあそこに?」
「はい。ヴィクトーリアハーフェンには司令部もありますので」
「そうですか。じゃあ、港につき次第、司令部に報告に行かなくちゃですね」
「褒めてはもらえないと思いますが、とりあえず敵前逃亡は取り消してもらえるでしょう」
エルザはそう言って、微笑む。
………
……
…
それから二時間ほど経って、ようやく桟橋へと接舷した。
舷門に階段がかけられ、桟橋への道ができる。
鞍馬とエルザは後のことを頼み、司令部へと向かうため、甲板上に来ていた。
「なんか、港の匂いがしますね。ちょっと生臭い感じの」
「沖に出てしまえば、あまり気になりませんが、港は少し独特の匂いがしますからね。私にとっては……帰ってきたという実感がわくので、嫌な匂いではありません」
「無事帰ってきた証、というわけですか」
エルザは鞍馬の言葉に笑顔を見せて、返事とする。
「それにしても……たくさんの艦船がありますね」
辺りを見回す鞍馬。
様々な大きさの艦船が桟橋に係留され、隣にはシャアーの姿もある。
陸上に目をやると、倉庫のようなものが多く立ち並び、桟橋と並ぶようにしてドックの姿もあった。
鞍馬たちが拿捕した船舶も、遠くの桟橋に係留されている。
「はい。我が海軍の主力が集まっていますから。では、行きましょうか」
鞍馬はエルザに促されるまま、舷門の階段を下っていく。
そして、コンクリートでできた桟橋へと足を踏み入れた。
「うわっ……!」
思わずよろける鞍馬。
波に揺れる艦上に一ヶ月以上いたので、動かない地面に違和感を感じたのだ。
「ふふ、新兵などが必ず通る道です」
エルザはそんな鞍馬の身体を支えた。
「ありがとうございます。ほとんど船に乗ったことなかったんですけど、今じゃ陸地の方に違和感を感じるなんて……」
「それが海軍軍人の第一歩ですよ。こちらです」
鞍馬の身体が落ち着いたのを確認し、エルザは鞍馬を案内する。
司令部につくまでの間、弾薬庫や資材の倉庫などを説明され、鞍馬は軍港ツアーに来たような気持ちでエルザの言葉に耳を傾けた。
そうしていると、学校の校舎にも似た一際大きなコンクリートづくりの建物が目の前に現れる。
「これが海軍司令部です。敵の艦砲射撃を受けても指揮がとれるように、地下にも施設があります」
「なるほど、そこはどこの国も共通なんですね」
「提督の国でもそうなのですか?」
「はい。昔の戦争では地上に建物もなく、ただ壕を掘ってそこで指揮をとっていたこともあるらしいです」
「地下はある意味最も安全ですからね。合理的な判断です。さ、入りましょう」
エルザは入り口の前に立っている歩哨に二人の身分を明かし、中へと歩いて行く。
木製の床を歩き、二人分の足音がコツコツと響く。
そして、二階の中央に位置する部屋の前でエルザは止まり、ノックをする。
「第三艦隊提督、シュレスビッヒ・シュレッセン。およびエルザ・ブラウンシュヴァイク。出頭いたしました」
「入れ」
中から返事が聞こえ、部屋へと足を踏み入れる。
ドアの正面にある大きな木製の机に座り、葉巻をふかしている男性の姿が目に入る。
エトムント司令、その人だ。
「ふん、生きて帰ってきたか。部下の無事を知り、嬉しくて涙がでるよ」
「はっ。ありがとうございます。敵の船舶を八隻拿捕して参りました」
いきなり皮肉全開の司令に、エルザがまっすぐ言葉を返す。
たっぷり脂肪のついた顔が忌々しそうに歪み、司令は立ち上がる。
「ほう、八隻もか。で、駆逐艦か? それとも巡洋艦か?」
司令も海軍の軍人である。
八隻という戦果には心を躍らせずにはいられない。
「いえ、商船三隻、タンカー四隻、客船一隻です」
鞍馬が返すと、司令はくわえていた葉巻をポロリと床に落とし、慌てて拾い上げる。
「シュレッセン……貴様、非武装の船を拿捕したのか」
「はっ。閣下が『敵の船』を拿捕して来いとおっしゃったので、敵国籍の船を拿捕して参りました。敵駆逐艦も一隻沈めております」
鞍馬が平然と返す。
司令がエルザに言った失礼な言葉の数々を忘れたことはない。
胸のうちにくすぶる怒りが、鞍馬に堂々とした返答を可能にしていた。
「この……この……愚か者が……っ!」
司令の顔がどんどん赤くなる。
むろん、恥ずかしさからではない。怒りからだ。
「そのような海賊行為を、栄光あるジャーム軍人が行ったというのかっ! このたわけがっ!」
「しかし、敵の輸送路を遮断し、その円滑な輸送を妨げました。さらに今後、敵は輸送路が脅かされるという不安から、輸送船団に護衛をつけなくてはなりません。我が軍への攻勢に参加する敵艦を実質減らす効果もあります」
「そういうことを言っているのではないっ! 前代未聞だ、こんなこと!」
司令は息を荒げながら、怒鳴り声を上げる。
すると、見かねたエルザが助け舟を出した。
「司令、お言葉ですが……我々は司令のお言葉に従ったまでです。先ほど提督も述べましたが、絶対的な国力で劣る我が国では効果的な戦術かと思います」
「黙れっ! 誰が発言を許可した、エルザ!」
「はっ。申し訳ございません」
エルザはそう言うと、一歩後ろへ下がる。
「聞いておれば、いけしゃあしゃあと軍人らしからぬことを! 貴様らはもはや海軍軍人ではない! ただの海賊だ! 我が軍の栄光を汚しおって!」
怒りの冷めやらぬ司令は葉巻を力いっぱい吸い、右に左に歩きまわる。
そして、少し落ち着いたのか、再び鞍馬たちに向き直った。
「……だが、確かに貴様らは私の命令には従った。敵前逃亡は不問にしてやる。しかし、海賊に軍艦は不要だな」
「はい?」
唐突に飛び出した言葉に、思わず鞍馬は素で返事をする。
「貴様ら、第三艦隊からリューツォー、グラーフ・シュペー、シャアーの三隻を没収し、第一艦隊へと編入する」
「では、第三艦隊はどうすればよろしいのですか? 敵と戦えなくなりますが……」
「今回拿捕した船を全てくれてやる。商船とタンカーで戦うがいい」
「いや、司令。冷静になってください。それでは戦えないです。武装もないですし……」
「ドックを貸してやる。それでなんとかしろ」
商船やタンカーを改造し、それで戦えと司令は言っていた。
もちろん、そんなことはジャーム建国以来、初のことである。
「えっと……人員は……?」
「リューツォーらの人員を連れて行けばよかろう。そのくらいは許してやる。それで戦果を上げてみろ。今度はそうだな……敵の巡洋艦以上を撃破しろ」
「そんな……」
鞍馬の後ろでエルザが絶句している。
それもそうだ。今回は敵の商船、タンカーを襲うという抜け道があった。
しかし、次は巡洋艦以上と限定されている。
しかも、こちらは軍艦を没収された身。
これで平然としていられる人間はこの世のどこを探したって、いないだろう。
鞍馬は口元をひきつらせ、
「しょ、承知しました……」
受け入れざるをえなかった。
「では、早く退出しろ。貴様らを見ていると、血圧が上がってしまう」
「はっ」
鞍馬たちは敬礼し、部屋を後にする。
そして、部屋の前で途方にくれるのであった。
………
……
…
「商船と、タンカー……ですか……」
司令部近くにある、士官食堂で鞍馬たちは食事をしつつ、今後のことを話しあっていた。
商船とタンカーのみで戦果をあげろというのは、生粋の軍人であるエルザにとって、不可能にも近いことである。
「ドックを貸していただけるとはいえ、あんな装甲の薄い船舶で砲戦は不可能です。どう考えても無理としか言いようがありません」
「うーん……」
鞍馬も知恵を絞って考えるが、なかなか良い案が浮かばない。
「今回、私達が単艦での任務に成功したのは、護衛がいたとはいえ、船団が非武装だったからです。今度は巡洋艦以上ですからね……」
「非武装、かぁ……」
「はい。ですから、護衛を撃破した後、敵艦にも安心して肉薄できましたし……」
(ん? 安心して……?)
鞍馬はなにか、引っかかるものを感じる。
安心して肉薄した。敵も同じではないかと考えたのだ。
むしろ、敵から近づいてくれるなら、これ以上のことはない。
接近さえすれば、魚雷でも砲撃でもなんでもできるのだ。
「敵が非武装だったら、安心しますか?」
「それはもう……提督もそう感じませんか? 敵が商船だったら、撃ってこないとわかりますから」
鞍馬は何かをひらめいたというように、身を乗り出す。
「じゃあ、その商船が撃ってきたら、ビックリします?」
「当然です。武装がないものと思い込んでますから……」
「それだ!」
鞍馬が思わず声を大にして叫ぶと、エルザが驚いたように目を丸くする。
「それですよ、エルザさん。安心させてやればいいんです!」
(そうだ、なんでこんなことを思いつかなかったんだろう。有ったじゃないか、そんな船が!)
「といいますと……?」
「はい。武装などを隠し、商船と見せかけて敵に接近し、一気に撃沈するんです。俺の世界で使用された作戦です」
「な、なるほど。卑怯ではありますが、もはやそれしかないですね……」
「ちなみに確認ですが、この世界にこのような船は存在しますか?」
エルザはゆっくり首を左右に振り、
「いえ、そのような戦術……初めて聞きました」
「では、これで行きましょう。おそらく敵の虚をつくことができます」
「それで……提督の世界では、その船をなんと呼ぶのですか?」
エルザの問いかけに鞍馬は自信満々に答える。
「……仮装巡洋艦です!!」
今日も一話更新となります!