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他国の商人

 合計八隻の商船、タンカーを拿捕してから数日。

 官民が入り交ざった船団の旗艦と化したリューツォーは、母港への航海を続けていた。

 すでにジャームの領海内に入り、危険な海域も脱した。

 平和な航海が続いていると言っても良い。


「あー、もうやだ!!」


 書類仕事も提督の業務内に含まれる。

 今回の報告書のまとめだ。


「軍人さんって、命をかけて戦うし、書類も整えなきゃだし、ホント大変な仕事だなぁ……」


 あまりのストレスに思わずつぶやきが漏れる。

 だいぶ気候も穏やかになり、窓の外には晴天が広がっている。

 だが、鞍馬は甲板上に出たい欲求を押さえつけて、ここまで書類作成を頑張ってきたのだ。

 作成方法を教えてくれたエルザに、出来ませんでしたとは言えない。


「提督、少々よろしいですか?」


 部屋の外からノックとともに声がかけられる。


「はい、どうぞ」


 重そうなドアを開けて入ってきたのはエルザであった。

 というより、今までエルザ以外がこの部屋を訪ねてきたことはほとんどない。


「どうしたんですか?」


「はっ。提督に会いたいと申される方がおりまして……」


(俺に会いたい? どこの物好きだろう……)


 鞍馬はその話に疑問をいだいたが、とりあえず話の続きを聞こうと、エルザを促す。


「先日拿捕した商船団の雇い主でして、高天原皇国の商人だと申しております」


「高天原皇国……ですか?」


 聞き覚えのある響きではあるが、そんな名前の国の存在を鞍馬は知らない。


「はい。メリンゲンの植民地より遥か東方にある海洋国家です。独特の文化を持っており、海軍力は世界でも有数との話を聞いております。我が国とも国交がありますが、国民で詳しく知っている者はほとんどいません」


「なるほど……。了解しました。会ってみましょう」


 鞍馬はそう言うと、椅子から立ち上がりかけた。

 そして、あることに気づき、エルザを申し訳なさそうに見る。


「あ、でも……書類仕事が……」


 すると、エルザは大きく息を吐き、微笑む。


「仕方がありません。報告書の作成は私も手伝いましょう」


「ありがとうございます。ホント、すいません……」




………

……




 商人が訪れたのはそれから一時間程度が経ってからだった。


「提督、お連れいたしました」


「はい。どうぞ」


 エルザが伴って連れてきたのは、一人の青年だった。

 歳の頃は二十五くらいだろうか。

 ピリッと着こなした背広と、大きめのカバン、手に持ったカンカン帽が、商人というよりも昭和初期のサラリーマンを思わせる。


「はじめまして。金属などの資材を主に扱っております九鬼商会の会長、九鬼正隆くき まさたかと申します」


 そう言うと、正隆は腰を折る。

 鞍馬が久々に見る、お辞儀というやつだ。


「ジャーム第三艦隊提督、シュレスビッヒ・シュレッセンです。そちらの席にどうぞ」


 鞍馬は海軍式の敬礼で返すと、椅子に座るように伝える。


「失礼します」


 カバンを椅子の横に置き、正隆はふぅーと大きく息を吐く。


「それにしても、突然拿捕されて驚きましたよ。私どもはメリンゲンの依頼で調達した建築資材を届けるところでしたから」


「それは申し訳ありません。こちらも任務でしたので」


 鞍馬がそう言ったところで、エルザが鞍馬と正隆の前に、紅茶を置く。

 二人はエルザに礼を言い、再びお互いを見合う。


「それは重々承知しております。国からの任務以外で商船を襲う方などいないと思いますからな」


「ははは……そうですね」


(ごめんなさい、国からの命令ではないです……)


 鞍馬は心の中でひとりごちる。


「それで、本日は何の用で? エルザさんは聞いてますか?」


「いえ、私はなんにも」


「あぁ、申し訳ございません。特に用事はないのですよ。ただ、これでメリンゲンとの商談が反故になってしまったので……せめて、自分たちの船団を拿捕した艦のトップを見ておきたかったのです。いえ、もちろん恨んでいるわけではございませんよ?」


 少し仰々しいほどの身振りで正隆が告げた。

 相手は国相手に商売を行うほどの商人である。

 口車にのせられてはいけないと、エルザが鞍馬に目で訴えかけた。

 

「それでですね。今後の無事な航海等を祈りまして、こちらを提督にお贈りさせていただこうかと思うのですが……」


 自分たちの身の安全のために、鞍馬の心象を良くしておこうという腹づもりだろう。

 正隆はゴソゴソとカバンの中をまさぐり、赤い生地に色とりどりの刺繍が施された小さな巾着袋を取り出した。


「どうぞ。それだけ男前の提督なら、使う機会もございましょう」


(これ……日本の巾着袋だ……)


 鞍馬は懐かしさをいだきつつ、巾着袋を手に取り、その中にあるものを取り出す。


 それは小さな髪飾りであった。

 金属の土台にガラスのようにも見える装飾が施された、美しい髪飾り。


「これは……」


(同じようなのを見たことある。確か……)


「七宝焼き……ですか?」


 鞍馬が中学校の林間学校での記憶をもとに尋ねると、正隆は驚きに目を丸くする。


「提督は七宝焼きをご存知で!?」


「はい。えっと……知っています。……本当に綺麗ですね」


 ふと郷愁が胸をよぎる。

 まさか、こんな異世界の海上で故郷を思わせるものに出会うとは思っていなかったのだ。


「驚きです。ジャームの方は我が国のことを知らない方が非常に多いので……」


「いえ、たまたま知っていただけですよ。昔、これと同じようなものを見たことがあるので」


 正隆は視線を外して思案した様子を見せ、再び鞍馬へと目を向ける。


「提督は博識なのですね。いえ、感服しました。我が国のこと、他にも何かご存知で?」


「主食は米、でしょうか? 寿司……という料理もありますよね。あ、間違っていたら申し訳ありません」


「いえ、その通りです。我が国の食事――和食というのですが、提督は食べたことがおありですか?」


(毎日食べてたんだよなぁ……)


「はい。先ほどお話しした、寿司がとても大好きです」


 なんだか、日本にきた外国人が言いそうなことを述べつつ、当り障りのない会話を続けていく。


「なるほど……。おみそれしました。ジャームについては先ほど言いましたが、メリンゲンでも我が国のことを知っている方はあまりおられません。軍人となると、特にです」


 正隆は目を輝かせて言う。

 国元を離れて商売している身だ。

 自国のことを話せて嬉しいのだろう。


 それは、鞍馬にとっても同様だった。

 日本と似通った文化というだけであるが、こうして話せるのはなんだか嬉しい。

 そんな気分になったのは、この世界に来て初めてである。


「提督、私は貴方が気に入りました。今後、提督ともお付き合いさせていただきたく思います。なにかご入用の際はご連絡ください。どのようなものでも調達してまいります。……その際は我が国のことをもっとお話しましょう」


「ありがとうございます。私からもお願いします。もっと、高天原のお話、聞かせてください」


 二人の会話はそれから数時間途切れることはなかった。




………

……




「提督、この料理……名はなんと申しましたでしょうか?」


「肉じゃがです」


 鞍馬とエルザは、提督の公室で遅い夕食を楽しんでいた。

 すでに時刻は午後九時を回っている。


 正隆と話したあと、彼が高天原の料理を届けさせるというので、それを待っていたらこの時間だ。

 そして届けられたのは白米、肉じゃが、味噌汁という純和食であった。


「これは……東洋の神秘です。こんなに美味しい料理があるとは……!」


 エルザは拙い箸使いで、肉じゃがを口に運んでいく。

 一応、テーブルにはスプーンとフォークが並べられているが、エルザは「 食事はその国の作法で食べた方が美味しいのです」と言って、それを使うのを良しとしなかった。


 そのため、じゃがいもを何度も皿の上に落としながらではあるが、箸を使って食事をしていた。


「先ほどの話しぶりですと、これは提督の国にも共通する料理なのですか?」


「んー、そうですね。うちの国ではわりとポピュラーな料理ですよ」


「なるほど……」


 エルザはしきりに頷くと、白米を口に運ぶ。


「こちらが主食とのことですが……この肉じゃがという料理と良くあいますね」


「基本的に米を中心に考えられるのが和食ですから」


 すると、エルザは少し考え、


「我が艦のメニューに加えましょうか。肉も野菜も摂取でき、これだけ美味しいのはとても魅力的ですから」


「そうしてもらえると、ありがたいです。俺、肉じゃが大好きなんです。それに俺の世界では軍艦でも食べられていたみたいですから」


 鞍馬はネットで見た肉じゃがの知識を思い出す。


(たしか……東郷平八郎元帥がビーフシチューを再現したいと思ってできた、偶然の産物なんだよね)


「ふふ、では烹炊班に話をしておきます。高天原の料理人に教えていただくようにと」


 エルザは本当に楽しみというように、その表情が緩みっぱなしであった。


「拿捕したらこんな副産物があるとは思いませんでした。提督のおかげで商人の協力者もできましたし」


「いやいや、まさか高天原が俺の故郷にそっくりだとは思いませんでしたよ。たまたまです」


「それでも、提督だから成し遂げられたことです。さすが提督、としか言いようがありません」


「もう、やめてくださいよ。褒められ慣れてないんですから。あ、そうだ」


 鞍馬はポケットを探り、先ほどの巾着袋を取り出す。


「これ、エルザさんにプレゼントです」


「私に……ですか?」


「はい、エルザさんに受け取ってほしくて」


「そんな……っ! いただけません! これは提督がいただいたものではありませんか!」


「でも、俺じゃ使えませんし、日頃のお礼ということで……お願いします」


 エルザは何度か鞍馬の顔をチラチラと見た後、恐る恐る巾着袋に手をのばす。


「で、では……いただきます……」


 エルザは巾着袋から髪飾りを取り出し、手のひらに置いて眺める。

 その表情は歳相応の、普通の女の子のものであった。


「つけてみてもよろしいですか……?」


「はい。つけてください」


 エルザは髪を耳にかけ、それを留めるようにして髪飾りをつけた。


「変じゃ……ありませんか?」


 エルザが不安げに尋ねる。


「そんなことないです。とっても似合ってますよ」


 西洋の女性が和風のものをつけているのだが、全く違和感はない。

 透き通るような金色の髪に、銀を基調とした七宝焼きの髪飾りが溶け込んでいる。

 今までの凛とした印象に、どこか花が添えられたような柔らかな雰囲気が加わった。


「その……提督、ありがとうございます。このようなものつけるの……初めてです」


 エルザは照れくさそうにそう言うと、優しげに髪飾りをなでた。


(喜んでもらえたみたいだな、良かった)


 鞍馬はホッと安心し、そんなエルザを微笑ましく見つめる。


「提督、あと……もう一つお礼が言いたいのです。今回の作戦、ありがとうございました」


「いえ、これで司令が許してくれればいいんですけど……それだけ、ちょっぴり不安です」


「大丈夫です。司令はあのようなお方ですが、約束を反故にはいたしません」


「そうなんですか。……それを聞いて安心しました」


「はい。堂々と帰りましょう。資源を満載したタンカー、商船を拿捕したのですから」


 弾む会話を楽しみつつ、こうして夜は更けていった。

 鞍馬が初めて上陸するジャーム本土まで、あと十日ほどにリューツォーは船を進めていた。

一話更新です!

なかなか感想を返すことができず、

申し訳ありません。

来週には全てにご返信しますので、

よろしくお願いします!

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