作戦会議と懐かしい味
作戦を開始してから約半月。
リューツォーはメリンゲン領海内に入り、目標地点まであと一日程度というところまで来ていた。
北へ向かうにつれて気温は下がり、今では甲板に立つのに外套が必要なほどだ。
現在時刻は正午。
鞍馬は現在特にやることがなく、暖房の効いた自室で過ごしていた。
近くに船影が見えた際はすぐに指揮所へと行かなければならないが、今のところそのような報告は入っていない。
と、その時、ドアが控えめにノックされる。
(たぶん、エルザさんだな)
鞍馬は席を立つとドアを開いて、ノックした相手を確認する。
ドアの前に立っていたのは、予想通り、エルザであった。
「お休み中のところ申し訳ありません。相談したいことがありますので……作戦指揮所に来ていただいてよろしいでしょうか?」
「暇をもてあましてたので、問題ありません。すぐに行きますね」
………
……
…
指揮所にはエルザ、グレーテ、フローラの三人が席に座っていた。
鞍馬が入ると、三人は立ち上がり、敬礼を行う。
「本日は本作戦における具体案を出そうと思いまして、お集まりいただきました」
エルザが開口一番、今回の集まりの目的を話す。
それに対し、グレーテがエルザへと告げた。
「具体案といっても、敵は商船とか、輸送艦ですよね。そこまで警戒しなくてもいいのでは? 私の仕事は命令通り敵を撃破することですし」
「いえ、敵に護衛がいないとはいいきれません。なにせ、我が国を国力で圧倒的に上回るメリンゲンですから」
「……発言を許可していただいてもよろしいですか?」
この中で階級が最も下だが、観測隊の代表として招集されたフローラが口を開く。
「どうぞ。忌憚なき意見を聞きたいので、自由に発言してください」
丁寧な口調のエルザ。
階級が邪魔をして、大切な意見が聞けないとなれば、それほどもったいないことはない。
「ありがとうございます……。敵に護衛がいるかいないか。それは偵察に出ればわかること。ですから、目標海域に着いた時点で交代で偵察にでることを……許して頂きたく思います……」
「そうですね。許可します。しかし、敵はいつ現れるかわかりません。夜間も偵察に出ていただくことになりますが、よろしいですか?」
「……はい、問題ありません。二機で交代交代で出撃します」
「了解しました。グレーテ砲術長、何か問題はありませんか?」
話をふられたグレーテは、顎に手を当て、考えこむ。
「エルザ艦長、夜間に敵と遭遇した場合はどうするんですか? 夜間はどうしても命中率が下がりますし」
現状、一番マズイのは夜間に敵と遭遇することだ。
敵が見えない状況では正確な砲撃をすることも出来ず、たとえ輸送艦だけだったとしても逃げられてしまう可能性が高い。
砲術長であるグレーテが気にするのも当然と言える。
「なんか、ライトとかないんですか?」
ここまで黙って聞いていた鞍馬が口を開く。
それに対して、エルザが考えこむようにして、答えた。
「あるにはあるのですが……。こちらの位置を把握されたくないので、探照灯は使いたくありませんね」
「では、照明みたいなのを観測機から当てたり……」
「……シェルダーに二人乗ったら、それだけで他のものを積む余裕はありませんね」
フローラが彫像のような、ほとんど変わらない表情を厳しくして告げる。
「……しかし提督の、観測機から照明というのは面白い発想ですね。たしかにそれなら、我が艦の詳細位置を知らせることはありません」
「……艦長。でしたら、照明弾の使用許可を。あれなら……可能です」
「そうですね。確かに照明弾なら、問題ないかと思います。光源は弱いですが、ないよりはいいでしょう」
「ま、艦長がそう言うなら砲術科はそれで構いません。こっちは敵に当てるだけですから」
グレーテもそれに同意し、とりあえず夜戦となった場合の具体策は出たようだ。
「敵に護衛がいた場合、輸送船の足はどう止めますか?」
グレーテが続けて質問を投げる。
「そもそも、輸送艦はそこまで速度の出るものではないので、あまり気にしないでいいかと。護衛といっても、巡洋艦が出てくるとは考えづらいですし、数も多くはないはずです。護衛を一気に片付けて輸送艦を追っても、間に合います」
「……敵を発見しだい、観測機をもう一機飛ばします。そうすれば、敵輸送艦に一機、敵護衛に一機つくことができます。そこから場所を……連絡します」
「ふむ。なら問題ないですかね」
「はい。砲術長、期待しています」
エルザが微笑んで告げる。
「提督、このような形でよろしいでしょうか?」
「は、はい。問題ありません」
少し慌てて言うと同時に、鞍馬のお腹がぐぅと音を立てる。
「……あ、あはは……」
その音を聞いたエルザたちは、各々に差はあるものの、微笑む。
「そういえば、昼食をとってませんでしたね。ここで食べてしまいますか」
「いいですね。艦長とお食事をご一緒させていただくのは初めてじゃないですか?」
「……私もです」
「はい。では、連絡をいれますね」
………
……
…
「お、遅くなりました!」
昼食をカートにのせて運んできたのは、烹炊班のカーヤであった。
カートの上のトレイにのっているのは大量のサンドイッチ。
エルザが食べやすいものと連絡をしたのだろう。
「……提督、じつは私もお腹がペコペコなのです」
エルザはそのサンドイッチを見るなり、鞍馬に顔を近づけ、いたずらっぽく言う。
「カーヤ、ありがとうございます。貴女もどうですか?」
机の上にサンドイッチのトレイを運ぶカーヤにエルザが提案した。
「い、いえ、私なんかがご一緒しては……!」
「ふふ、気にしないでいいのです。砲術長、いかがですか?」
「私もかまいません、艦長。うちの兵たちもいつもお世話になってますし」
「そうなんですか?」
鞍馬がグレーテに対して尋ねる。
「それはもう。カーヤ二等水兵の噂は部下からたくさん聞いております」
グレーテは冗談めかして続ける。
「当直の兵たちにいつも食事を配ってもらってるのですが、よく食事を落としたりするらしく。落とした食事の回数を航海ごとに数え、賭けの対象にしているみたいです」
「え、えぇ!? そんなことしてるんですか!? た、確かに……他人よりもおっちょこちょいなのは自覚してますが……」
配膳を終えたカーヤが目を丸くして尋ねる。
「あぁ。でも、悪いことじゃないぞ、二等水兵。兵たちはその娑婆っぽさが気に入ってるみたいでな。そうだな……一種のマスコットってやつだ」
「そ、そんなぁ……!」
「……大丈夫。カーヤ」
気さくなグレーテと対象に、静かな口調でフローラが口を開く。
「貴女は飛行科でも人気者……マスコット的な意味で」
「そ、それってどういうことですかぁ……」
目に見えて落胆するカーヤ。
グレーテとフローラにいじられている彼女に対して、エルザが助け舟を出す。
「さて、食べましょう。ほら、カーヤも食べてください」
そうして、サンドイッチを囲んだ食事が始まる。
各々が好きな具のサンドイッチを手に取り、頬張る。
その表情には幸福感がパッと浮かんだ。
鞍馬はピーナッツバターのサンドイッチを手に取り、口に入れた。
程よい甘さが口の中に広がり、柔らかなパン生地も相まって、空っぽだった胃に染みていく。
「あ、美味しい……!」
鞍馬がそうつぶやくと、カーヤの表情がパッと明るくなる。
「ありがとうございます。そのパン、私が朝に焼いたものなんです」
「へー、パン焼くの上手なんですね」
鞍馬が褒めると、カーヤは照れたように微笑んだ。
そんなカーヤを微笑ましく見つめ、エルザが言う。
「以前、食事の際に聞いたのですが、カーヤの実家はパン屋らしいです。私は料理がからっきしなので、少しうらやましくもあります」
「いえいえ、そんなことないです! パンは実家で手伝っていただけですし、料理も上手ってわけではないですから!」
「いえ、それでもです。私は女性らしいことがあまりできませんので」
「ははは、艦長もですか。私も砲術以外はからっきしです」
「ふふ、仲間ですね。砲術長」
「はっ。艦長と仲間というのは、とても頼もしく思います」
グレーテは元気よく敬礼し、エルザが笑う。
(賑やかでいいなぁ。こういう食事は久しぶりかも)
「フローラ少尉は料理できるのですか?」
エルザがフローラに尋ねる。
「……ジャームポテトなら作れます。あとは、姉が作ってくれるので」
(ジャームポテトって、この体の持ち主の日記にも書いてあったけど……ジャーマンポテトみたいな感じかな?)
「そうなんですか。ジャームポテト、ぜひ、食べてみたいです」
鞍馬がそう言うと、フローラは、
「今度、よろしければ作らせていただきます……」
と、照れたように少しだけ微笑んだ。
「はい、ぜひお願いします」
「……カーヤ。そういえばお願いがある」
フローラは視線をカーヤに向ける。
「はい、なんでしょう?」
「私は今回の作戦で偵察任務に出る……。その時、サンドイッチを作って欲しい……」
長時間の飛行になる偵察任務では、食事も必要なんだろう。
確かにサンドイッチなら手軽に食べられる。
(そういえば、日本軍の飛行機乗りも寿司を持っていってたらしいし、それと同じ感じか)
「はい。わかりました! では、偵察任務前にお届けしますね!」
「喉も渇く……。だから、ラムネも欲しい」
「それも準備しておきます」
「そういえば、ラムネって飲んだことないんですけど……」
鞍馬がフローラたちの言葉を聞いて、言う。
この世界にきて、食事の際は基本的にワインを飲んでいるため、鞍馬はラムネを飲んだことがなかった。
「あ、持ってきてます! ワインではなく、こちらの方が良かったですか?」
「ちょっと飲んでみたいんだけど、いいですか?」
「はい! もちろんです!」
すると、カーヤはカートから一本の瓶を持ってきた。
日本でも見た、ラムネそのものである。
「へー、瓶まであるんですね!」
「ラムネの瓶は大量に用意してあります。それも必要物資ですから」
エルザが鞍馬にアイスについて語ったときのように、目をかがやかせる。
(エルザさん、ラムネも好きなのかな)
「どうぞ」
カーヤから手渡され、蓋をあける。
「うわぁっ!」
瓶から泡だったラムネが溢れだし、鞍馬の顔を濡らしていく。
「あわわわ……! そ、そんなに揺らしてないはずなのにぃ……!!」
カーヤはやってしまったというように、顔を青くし、鞍馬を伺う。
泡がおさまり、部屋を静寂が包む。
「……ぷっ、あははは!」
鞍馬は笑う。
なんだかとても面白くなってしまったのだ。
小さいころ、駄菓子屋でかったラムネを自転車で家に持ち帰り、飲もうとした時も同じことがあった。
この、非日常的な日々の中、かつての日常と同様のことが起こったことに安心したのかもしれない。
鞍馬につられ、部屋の中が笑いに包まれる。
鞍馬は顔についたラムネを拭うこともせず、瓶に口をつける。
小さいころ飲んでいたラムネと同じような、懐かしい味。
炭酸の爽快感が口内を満たしていく。
「美味しいっ! カーヤさん、ありがとう!」
すると、カーヤも笑顔を見せ、
「それは、なによりです! でも……まず、お顔を拭かせてください、提督!」
そう告げた。
作戦会議から一転、笑顔包む楽しい食事に、鞍馬は心が満たされていくのを感じた。
一話更新です!
次回は土曜の22時更新予定です!