通商破壊作戦
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申し訳ありません!
公室内に残された鞍馬とエルザはエトムントが去った後、その場を後にすることもなく、ただ沈黙を保っている。
そんな沈黙を破ったのはエルザであった。
「提督……なぜあんなことをおっしゃったのですか……? 敵艦を五隻沈めるなど……不可能ではありませんか……」
落ち込んだような低い声で言葉を紡ぐエルザ。
エルザとしてみれば納得がいかないのであろう。
メリンゲンの軍艦五隻と単艦で戦えば、勝ち目はない。
むしろ戦うこと自体が自殺行為と言えるのだ。
それは艦長として、エルザには許せないのであった。
鞍馬はそんなエルザへと視線を向け、じっと見つめる。
「エルザさんがあんな奴の愛人になるだなんて、許せなかったんです」
「しかし、私さえ我慢すれば、この艦を危険に晒すこともありません。提督にもそれはおわかりでしょう?」
「そうですね。確かにエルザさんが我慢すれば、この艦は安全でした。しかし、それでも嫌だったんです」
「それは……。敵艦五隻の重みが提督にはわからないのです……」
エルザが焦燥した様子でそう言い捨てる。
明らかに意気消沈しているエルザに鞍馬は真面目な表情で告げた。
「俺に考えがあります」
「考え……ですか?」
「はい。エトムント司令の言葉を覚えてますか?」
「もちろんです。メリンゲンの船を五隻沈めろと……」
そこで初めて鞍馬は笑みを見せた。
「そうです。メリンゲンの『船』でいいんです。軍艦と戦えなどとは一言も言っていない」
「し、しかし……! それは詭弁ではありませんか!?」
「いえ、俺たちは司令の言ったことを遂行するだけです。詭弁ではありません。それにグレーテさんが前に言っていました。どのような状況でも勝利する方法を考えるのが軍人だって」
「はい。それ自体、何も間違っておりません」
「それを今、実践するんです。この艦だけでは敵艦五隻を沈めることなんて出来やしない。なら、今ある力を使って、勝てる相手と戦いましょう」
鞍馬は唖然とするエルザを尻目に、言葉を続ける。
「敵と遭遇する確率の低い、外洋で商船や輸送船を待ちます。これならば、俺たちの危険は低く、司令の言葉にも背いていません。更に、敵に打撃も与えられるんですから、一石三鳥ですね」
「ですが、それは卑怯では……?」
「卑怯だなんて言っている暇はありません。戦争ですから。それに、俺はこういう戦い、通商破壊を行った国を知っています」
(そうだ。通商破壊は立派な戦術。
少ない戦力が取りうる中で最大の効果が期待できるんだ)
鞍馬は一から作戦を立案することはできない。
しかし、自分の「知っていること」を現在の状況に当てはめることは可能だ。
それは趣味で集めてきた軍事知識が、一種の知恵へと変わった瞬間と言えた。
「その国で通商破壊を行った艦は航続距離が非常に長い艦だったようです」
「それは、我が艦のように……ですか?」
「はい。ここまで舞台が整っているんですから、やらなければ損ですよ」
そこまで言うと、エルザは思案にふける。
鞍馬は更に言葉を続ける。
「俺は、エルザさんをあんな男に渡したくはありません。俺の正体を知っているのはエルザさんだけ。その上で皆をだますと約束したじゃないですか。俺は……共犯者を失いたくはないんです」
「……提督は意外と利己的なのですね。しかし、そんな提督の言葉は嬉しくもあります」
「俺は一人で戦い続けるなんてまっぴらです。これからもエルザさんに助けてもらわないと、生きていけませんから」
先ほどまで公室内を漂っていた、張り詰めた空気が緩和されていく。
「……わかりました。提督、やりましょう」
(良かった……。あとは具体的な作戦をたてるだけだな)
「はい。そこで相談なんですけど……敵の輸送船とかって、どこらへんにいますか?」
エルザは近くにあった棚から海図を取り出し、机の上に広げる。
そして、様々な島、大陸が書かれたそれを指さし、説明を始めた。
「現在、我が艦がいるのが……ジャーム領海内のこの場所です。その北にあるのがメリンゲン本土。こちらが……」
海図の上で細く、白い指を滑らせる。
その指が示した場所は現在自分たちがいる海域から遥か東の諸島だった。
「メリンゲンの植民地です。ここと、メリンゲン本土の間では、確実に輸送船、商船の行き来があります。また、こちらは完全な外洋となりますので、敵との遭遇率も低いかと思います」
「なるほど……。ここから、北東。メリンゲンとその植民地の中間点くらいで待ち伏せれば良さそうですね」
「ひとつ問題があるとすれば……敵にこちらの行動が察知された場合、護衛の艦隊が来るというところです」
(護衛に来られたら、手の出しようがないなぁ……)
「なのでなるべく敵に察知されずに、迅速な行動が要求されます」
「何かいい方法はありますか?」
「ありません。灯火管制などは実施しますが、後は天に任せるしか……」
「それで構いません。見つけた船を片っ端から拿捕していきましょう」
鞍馬は頷き、海図からエルザへと視線を戻す。
エルザも同様に鞍馬を見つめていた。
その瞳は既に決意を固めたというように、強い意思をはらみ、まっすぐに鞍馬へと向けられている。
「作戦を始めましょうか」
「はっ。では、指揮所へと向かいましょう」
エルザはかかとを鳴らし、見事な敬礼を見せる。
鞍馬はその敬礼に応え、部屋の指揮所へと向かった。
………
……
…
「総員、傾注!!」
指揮所につくと、エルザは艦内全てへの放送を開始した。
凛と張り詰めた空気が艦内に満ちていくのを鞍馬は肌で感じる。
「我が艦はこれより、敵の輸送路の分断工作を行う!」
兵たちに詳しくは話せないので、輸送路の分断というもっともらしいことを告げるエルザ。
「敵の植民地と本土をつなぐシーレーンを分断し、敵の輸送に打撃を与えるのが、今回の任務の目的である! 任務には隠密性、迅速性が求められる! 各員、奮闘せよ! これは資源に劣る我が祖国の興亡を決める作戦である! 総員、出航準備に……かかれっ!」
放送が切られる。
その瞬間、指揮所内が慌ただしくなる。
全てを知っている身として、鞍馬は複雑な気分だが、エルザは決して嘘は言っていない。
「エルザさん、ありがとうございます。では、行きますか」
「はっ。リューツォー、巡航速度にて前進せよ!」
エルザの命令を復唱し、指揮所の兵が各部署に伝える。
少しのラグがあり、リューツォーがゆっくりと移動を開始した。
指揮所の窓から見える景色は既に夕暮れ。
橙色の光が海面を反射し、キラキラと輝いている。
「もうじき、夜ですね」
鞍馬は海面を見ながらエルザに告げる。
エルザは鞍馬の言葉に頷き、通信士のもとへと向かう。
「各部署に通達。夜間は灯火管制を行う。また、国籍を隠すため、軍艦旗を下ろすように」
「はっ。各部署に伝えます」
エルザは満足気に頷き、鞍馬の隣へと戻ってくる。
「エルザさん、軍艦の灯火管制って……どんなことをやるんですか?」
「船室の窓――ポールドの蓋を全て閉め、船外の明かりを全て消します。艦内も暗闇に目を慣らすために照明を赤色灯に切り替え、甲板との出入りも制限するのです」
(へぇ、軍艦はそうやって灯火管制をするのか。俺の知ってる灯火管制っていうと、電灯に黒い布のカバーをするとかだからな)
「なるほど。それで外に明かりを漏らさないんですね」
「はい。明かりというのは夜の海上で一番目立つので。敵から察知されたくない時は、必ず灯火管制を敷きます。とはいえ、艦隊で行動している時は細心の注意を払わなくてはなりませんが」
(灯火管制って、艦隊でやると軍艦同士がぶつかったりして大変って聞いたけど……今は単艦だから、その点今回は緊張しなくていいのか)
「軍艦旗を隠す理由は国籍を隠すためですか?」
「はい。敵の船と出会った際、少しでも敵を混乱させるためです。軍艦旗で国籍を判別しているので、敵はすぐには国籍を判別できません。接近する時間稼ぎのようなものです。当然、味方から攻撃される可能性もはらんでいますが」
「なんだか、海賊みたいですね」
「ふふ、私達はこれから海賊行為をするんですから」
エルザは悪戯に微笑む。
その美貌と実直さゆえか、海賊という言葉がこれほど似合わない人も中々いないだろう。
鞍馬は自分の下した決断のため、エルザにそのような行為をさせることに若干の罪の意識を覚えた。
「なんだか、こんなことになってごめんなさい」
「何がですか?」
「いや、エルザさんはこんなことしたくないと思いますから……」
すると、エルザは優しげに口元を緩めた。
「提督は先ほど自分のため、とおっしゃいましたが、司令との話し合いの時、私のために怒ってくださっていたのを知っています。それが私は嬉しかったのです」
(そりゃあ、怒りもするさ……)
「ですから、その提督が私のためにこのような作戦を立案してくださって、私は感謝しています。提督、ありがとうございます」
鞍馬の手を取り、感謝の言葉を述べるエルザ。
ほんのりと温かい体温が感じられ、鞍馬は恥ずかしくなり、キョロキョロと辺りを見渡す。
(良かった。誰にも見られてない……)
「これで二度目ですね。提督が私を救ってくれるのは……」
「い、いえ、その……」
直接的な感情を向けられて、女性と縁のない生活を送ってきた鞍馬はどうしたらいいかわからなくなる。
「ま、まだ……! まだ、作戦は終わってませんから!」
「申し訳ございません。柄にもなく、少し浮かれていたようです」
そう言って、エルザは手を離す。
少し残念な気持ちを抱きつつ、鞍馬はホッと胸をなでおろした。
「では、作戦が終わったら……改めて感謝の言葉を述べさせていただきますね、提督」
「作戦後なら、いくらでもどうぞ」
鞍馬は照れくささから開放されたこともあって、やんわりと微笑む。
「はい。ありがとうございます。さて、今日はお疲れでしょう。そろそろ夕食でもいかがですか?」
「あ、いいですね。ちょうどお腹が空いちゃって……」
お腹をさすりながら告げる鞍馬に、エルザも冗談めかして同意する。
「実を言うと、私もなんです。脳が甘いものを求めてますし」
「あはは、アイスが食べたくなったってことですか。ホントに大好きなんですね」
「アイスはその……戦うための活力です。海軍軍人たるもの、常に万全の状態を意地しなくてはなりません」
エルザは自信満々にそう言うが、結局言っていることはアイスを食べたいということなので、どこか格好がつかない。
「では、食堂に行きましょうか」
「はい。お伴させて頂きますね。食べた後、私はこちらに戻りますが、提督はそのままお休みください。まだ当分ジャーム領内ですので、余裕はありますし。兵たちにも交代で休息をとるように言っておきます」
エルザに続くようにして鞍馬は指揮所を後にする。
非武装の敵を叩く。
この世界にとって前代未聞の作戦は、まだ始まったばかりだった。
一話更新です!