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プロローグ

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■俺が提督_0話

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 笠置かさおき 鞍馬くらま

 二十五歳、フリーター。

 実家でアニメや漫画を楽しみつつ、コンビニのバイトをしている。

 会話はネットのミリタリー掲示板でミリオタと会話をするのみ。


 それだけ――。

 そう、たったそれだけだった。


 彼を説明するのに他の言葉はいらない。

 なぜなら、本当にそれ以外のことを何もしていないのだから。


「ただいまー。って、誰もいないか」


 鞍馬はコンビニでのバイトを終え、家に帰り着く。

 すでに日は沈んでおり、人のいない家の中も真っ暗だ。


(今日も、父さんと母さんは遅いのかな)


 リビングに行き、冷蔵庫を開ける。

 鞍馬の母が介護の夜勤に出る前に作った鞍馬の夕食に、サランラップがかけてある。

 それをレンジで温め、鞍馬は皿を持って、二階にある自室へと上がっていく。


 自室の電気をつける。

 いつも通りの乱雑な部屋だ。

 床にはミリタリー関係の雑誌、漫画、アニメのブルーレイが乱雑に積み重なり、足の踏み場もない状況。

 しかし、唯一の例外として、ベッドまわりとパソコンまわりだけは床が見えている。

 鞍馬の自室での活動範囲、そのもの。


(さてと、今日はなんか面白い話題あるかな)


 夕食をデスクの上に置き、パソコンの電源を入れる。

 ゆっくりとした起動シークエンスを眺めながら、夕食に口をつける。

 パソコンが立ち上がると、鞍馬はブラウザを開き、ミリタリー掲示板へとつないだ。

 「兵器全般」、「第二次世界大戦」、「現代戦」などのカテゴリーが存在しており、鞍馬は迷うことなく、「第二次世界大戦」をクリック。


 鞍馬の専門は第二次世界大戦だ。

 歴史はつながりが重要なのでそれ単体として全てを考えることは出来ないが、鞍馬のような、そこまでの知識がない人間は、会話を交わすこと自体が楽しくてしょうがない。

 知識をひけらかしたいのではなく、他人の知識を聞いていきたいのだ。

 その程度のレベルだったら、歴史のつながりを考える必要性はない。


 普段は海外艦も含め、様々なスレッドが乱立しているのだが、今日はいつも以上に戦艦「大和」関係のスレッドが多い。

 「天一号作戦(坊ノ岬沖海戦)の時、大和は結局主砲を撃ったの?」や、「大和って最後の出撃の際、本当に燃料を片道分くらいしか積んでなかったの?」といったスレが立っている。


(そっか。今日は四月七日。大和が沈んだ日だ)


 戦艦大和は四月六日に山口県から出撃し、鹿児島県の沖で沈んだ世界最大の戦艦だ。

 一億総特攻のさきがけとして、どう考えても実現不可能であった、座礁して陸上砲台となれという任務を帯びて出撃した。

 その後、アメリカ軍の航空攻撃を受け、轟沈ごうちんしたのだ。


 鞍馬はそんなスレッドたちを片っ端から眺め、書き込めそうなところに書き込んでいく。


(大和は実際、結構な燃料を積んでいたって説がありますよね。何か、文献とかって残ってるんですか……っと)


 スレッドに書き込んでも、しばらくは返事がこない。

 それはいつものことだ。

 この掲示板はそこまで有名ではないし、内容も専門的なので、常駐している人が少ないのだから。

 でも、ここで色んな人の意見を聞き、自分の思っていることを書き込む。

 それだけで鞍馬にとっては、この上ないほど楽しいのだ。


 バイトでは業務的な会話しかしないし、親も仕事の関係上、家にはあまりいない。

 だから、ここでの会話というのは鞍馬にとって、唯一の人との交流といえた。


 スレッドへの反応を待ちつつ、夕食を食べ終える。

 美味しいんだけど、なんだか味気ない。


 大体三十分ほどして、自分に対する返信がくる。


『確か、徳山の海軍の記録に残ってたと思いますよー。やはり、海軍の仲間として、片道分の燃料で出撃はさせられないと現場は考えていたみたいです』


(そうなんだ。ってか、そうだよな。片道分の燃料じゃ、士気にも悪影響をおよぼすと思うし……)


 それにしても……と、鞍馬は思考を巡らせる。

 鞍馬が考えたのは指揮官の心境だ。

 作戦内容を伝えられた時、どんな気持ちだったんだろうか。


(日本海軍はかなりむちゃくちゃな作戦を立ててたし、それで命を落とした指揮官も数多く存在する。俺だったら……無理、だよな)


 自分がもし……と考えるのが、鞍馬の最近のマイブームだ。

 海戦の記録を読んで、自分だったらと想いをはせる。

 当然、記録では当時の指揮官が入手していた情報量と違いがあるし、結果論に過ぎないことはわかっている。

 しかし、鞍馬にとって、それはとても意義があることだった。


 誰しもが考えたことがあるだろう。

 もしも、学校にゾンビが襲ってきたら、だとか、テロリストがバイト先を占拠したら、とか。

 鞍馬はそんな妄想を繰り広げるのが楽しくて仕方がない。


 それから三時間ほどが経ち、パソコンの電源を落とし、寝ることとした。

 明日は珍しく朝からバイトでヘルプに入らないといけない。


 鞍馬は部屋の電気を消し、ベッドに横になった。


(さて、寝るまで妄想してよう)


 これも毎日の日課だ。


(今日の題材は……ミッドウェー海戦でいこう)


 ミッドウェー海戦は、大日本帝国海軍とアメリカ海軍との間で起きた海戦だ。

 日本海軍はミッドウェー島の攻略と敵機動部隊の撃滅の二つを目的としていた。


(機動部隊……空母を倒すことと、島の攻略の二つを目的としたのが、まず間違いなんだよね)


 曖昧な攻撃目標というのは最も避けるべき展開である。

 その結果、魚雷と爆弾の換装かんそうに時間がかかり、敵に隙を与えているのだ。


(俺だったら……ミッドウェーを攻める素振りだけみせて、相手の空母に目標を絞るな)


 これも結果論であり、結局のところ、空母の発見が容易ではないという前提条件が崩れているのだが、狙いを一つに絞るという観点では間違っていない。

 当時のことを考えると、パイロットの練度、その時の雲の様子など加味する点がいくつもある。

 しかし、それは実際に目にしなければ完璧なものは想像できない。

 だから、こうして趣味として考えるには、このくらいでいいのだ。


(でも……状況が現実と同じように推移した場合、最大の問題点である、第一次攻撃隊の収容問題、これは俺でも同じ行動をとるかも)


 敵の空母を発見した際、ミッドウェー島を攻撃した第一次攻撃隊が日本の空母上空へと帰還してきていたが、上層部はこれの収容を優先した。

 機体、搭乗員の命を惜しんだのだ。

 これが結果的アメリカに反撃の機会を与えたのであるが、鞍馬にも、それを見捨てることは出来そうになかった。

 だって、机上では駒であるかもしれないけど……実際は自分の仲間なんだから。


 だから、結果的には鞍馬も負ける。

 このような状況になる前に、なんとかしないといけなかったのだ。


 実際、どの時代の戦いにおいても、感情面によって敗北する例は少なくない。

 その感情は情であったり、虚栄心であったり。


(こうやって情報を全て知っていても、いざとなると、できないんだよな……)


 鞍馬はこうして、歴史の難しさを知る。

 それが毎日のように続く。


(あ、眠くなってきた……明日は珍しく朝早いし……そろそろ寝ないと……)


 そんな妄想をしていると、鞍馬の意識がだんだんと遠のいていく。


(また明日も……代わり映えしない日がくるんだ……)


 そのことに何も疑いを抱かない。

 ただ、今日も眠りにおちる。

 明日のバイトのために。


 そして、眠りにおちるその時、少し、ほんの少しではあるが――

 潮の香りがしたような、気がした。



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