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灼熱の女神 中編

 彼女の声ならぬ呼び声に、本来あらざるものが収束する。

 どうでもいいがなにもキャンプ近くでやらなくてもいいんじゃなかろうか?

 召喚は二つの段階を踏んで発動する。

 第一の段階は世界に散らばるある種の特性を持つ力を呼び集める事。

 召喚の能力は生まれつきのもので、才能があるものはごく幼い頃にこの段階に到達する。

 だが、そこにこそ召喚術者の悲劇があった。

 幼い術者は、自らが何者か当然ながら知らず、まして集めた力の使い方なぞ分かるはずもない。

 ただ闇雲に集められた力は、方向性を定められずにある定量を越えると暴発する。

 この定量というのは術者の保存容量というかなんか良く分からんが個人差があるらしい。

 とにかくこの暴発のせいで何度も小さいものから大きなものまで術者の周りで事故が起こり。この段階でそれを恐れた人々に殺されてしまう者が多いそうだ。

 場所によってはまだ何も事を起してなくても、術者だと分かった途端処刑するような極端な国すらある。

 なんとかこの段階を生き延びた幸運な術者は、とにかく力の使い方を学ばねばならなくなる。

 周りもだが、下手をすると自らをも滅ぼしかねない力だ。どんな馬鹿でもそれに気付くし、本人がどうしようもない馬鹿でも大概は周りが気付く。

 んで修行で身に付けるのが次の段階、造形だ。

 集めた力を何かの使役しやすい形へとイメージして作り変える。

 ここまで来るともう一般人には理解の範囲外の話だが、とにかく造形された力はなんらかの形を持つに至る。

 これは人によって違うが、馬とか、なんかよく分からん怪物とか、昔話に出て来るようなドラゴンとか、基本的に動物(?)が多い。

 ちなみにうちの団長は鳥をよく使う。

 こういう実際には有り得ない動物みたいな物を呼び出すのを見て、人は別世界から呼び寄せたと思う訳だ。

 ……ん、で。


「来よ!」

 視界がブレて広がり、全てを呑み込む。

 召喚の獣が地に在る。アレはこの柱たるモノに属する。

 いつもと違う姿、大きな山猫か?全身が炙られたような赤銅色だ。やはり熱の属が混ざるらしい。属性混合。危険だ。

「柱よ、属の成り立ちが雑だ」

「アンタ逝っちゃうと物事を簡潔にばっさり切ってくれるからちょっと嫌いだ」

「好悪等の感情は小さすぎて把握出来ない」

「分かってる、よ!」

 掛け声と共にその手が翻り、山猫のような姿の、偏った方向性の力の塊が高く飛ぶ。

 そう、文字通り飛翔する。

 それは手近にあった立ち枯れた樹木に軽々とした身のこなしで舞い降りた。

 その、30年程の歳月を生きた末であろう樹木は、ピシリという音を立てて、縦に引き裂かれる。

「あら?」

「一度に硬化せずに裂けたのは、部分による硬化速度が違ったせいだ」

「なるほどね、上から固めたのがマズかったのか」

 柱は普段より真面目にそう言ったが、実際はそうではない。

 理由は彼女の気質にこそあるのだ。

 そもそもは彼女は硬化には向いていない。硬化は最初から最後まで過不足なく物事を成し遂げる、生真面目過ぎるほどの几帳面さがその作用と強く共鳴する。

 彼女は一つの事に心を留め置くのが苦手な性質だ。

 だが、別にそれらの忠告を彼女にする必要もないので、私は世界をざわめかせるモノ達に意識を振り向けた。

 遠い物には構わず、人が歩いて半日程度の距離を等しくする、自らを中心とした円内に触れる。

 丁度そのぐらいの距離に小さな人間の村。

 左手に小さな川。流れのある魚の棲む、人間に危険の少ない水がある。

 熊がいる。

「飢えた熊がうろついている」

「どの辺?」

「左手、約300歩の所だ」

「うーん、遭遇には微妙な距離だけど寝入った所を襲われると不味いわね。殺っとくか」

 柱はそう言うと召喚した獣を走らせる。

「位置を頂戴」

 指示に応えて彼女の意識に位置の情報だけ載せる。

 素養のない人間は我の感覚を全て載せると自我が崩壊するので慎重に情報を切り分けて落とさなければならない。

 それが例え召喚者である柱であろうと、人間である以上はどうにもならない事なのだ。

 彼女の指示と我が情報を送られた召喚の獣は飛ぶように走り、目標を補足する。

 運の悪い熊だ。

 さすがに危険に気付いて逃走の動作に移ろうとしたが、間に合わない。

 なにしろ召喚の獣には質量がない。動作に溜めや予備が必要ないのだ。

 襲い掛かった獣は、触れた足でその熊を石に変える。

「ああ、やはり密度が一定になりませんね」

 かつて熊だったものは音もなくバラバラに砕け、川沿いを彩る礫石の一つとなった。

「いいじゃない、始末はついたわ」

「良し悪しを判断する意識は今の我には……」

「ああ、分かったわよ。さぁ終わったから戻って頂戴」

 彼女が軽く指を振ると、召喚の獣は霧散するように消えた。

 同時に、俺に俺としての意識が戻る。

 相変わらず何かがごっそり抜けていくみたいなこの感覚には馴染めない。気分がわるい。


「う~、」

 思わず唸ってしまった。

「気分が悪いんでしょ?すぐに良くしてあげるわ」

 するりと、彼女の腕が俺に絡まる。

 いや、それで気分が良くなるのはどっちかというと貴女の方ではありませんか?

 どうせならまともな時の方が俺としてはいいんだけどな。 


 意識が逃げ場を探して過去を漁る。

 そもそも俺が攫われた(文字通りの意味で)のはこの能力のせいだった。

 共振とか共鳴とか言われている能力で、発見数がやたら少ない珍しい能力だ。

 とは言っても能力者自体が少ないという訳ではないだろうと思うんだよね。

 なぜならこの力は、召喚者が召喚能力を発動する時に傍にいないと発動しないからだ。

 だからもし持っている者がいたとしても、召喚者に縁がなければ自分が能力者だなどと全く気付かないまま終わってしまう。

 召喚者が自分の意思とほぼ無関係に初期の発動を起してしまうのと全く逆。

 共振者は条件が整わない限りその力を発動したりはしない。

 この共振者の能力というのは世界知覚とか神の目とか言われている能力で、その気になれば世界のどこで何が起こっているかを全て知る事が出来るらしい。

 自分の事なのにはっきりしないが、それには訳がある。

 人間には個としての一度に受け取れる情報の許容量というものがあり、うっかりその枠を飛び越えると、その人間は永遠に壊れてしまう事にもなりかねないという諸刃の剣だからだ。

 それゆえに全てを知りたいという誘惑は、全てを知ってはまずいという危機感によって常に制限されている。


 さて、ケチの付き始め。俺が人生と引き換えにその厳しい発動条件を満たしてしまったきっかけは呆れる程単純だ。

 若くて無鉄砲で美人にくらりと来ていた昔の俺は、悪漢に囲まれている美女を助けようと彼女の傍に駆け寄り、彼女はその時丁度召喚能力を発動させた。

 普通は自分の過ちの代償に命を失うような、よくある若き日の愚かしさってやつだ。


 召喚能力者と共振者はその発動に深く関わる繋がりがある。だが、それに関連してなのかどうか、実は他にも大きな関係性がある。

 それが捕食関係というか、召喚者の共振者への激しい渇望だ。

 召喚を解いた召喚者はなぜか傍に共振者がいるとその相手に対する狂おしい飢えを感じるのだそうだ。

 俺と彼女は男女だったからまぁなんだ、その、それが性的欲望にとストレートになだれ込んだが、これが同性同士の場合はより悲惨な事が起こったりする。

 有名なのは100年程昔の、兄弟で召喚者と共振者だった男達の話で、召喚師である弟は召喚の度に兄である共振者を食っていたらしい。

 そう、文字通り食ったのだ。

 最後には当然兄は死んだが、死体は残らなかったという。


 ……うお!想像したら怖い!怖すぎる!

 下手したら俺の運命もそれだったかもしれないのだと思うと数倍怖い!

 そう思えばまだ美女に襲われた俺の運命はましだったのだろう。

 うん、きっとそうだ。

 例えまだ口付けの経験もないのに、何か凄いハードな経験をいきなりしてしまい、記憶もすっ飛ぶ程の恐怖を味わってしまったとしても。

 例え気を失って気付いたらどこだか分からない場所に連れ攫われて、家族や友達に別れも言えなかったとしても。


「考え事?」

 意識をどこかへ飛ばしていたら(現実逃避とも言う)彼女が俺の服を剥ぎ取りながら耳元に囁いた。

「ええ、貴女の事をね」

 ここで引いてはダメだ。

 いきなり最初の時に気を失うは、その後家に帰れないショックで泣き叫ぶはしたせいで、彼女の中で俺の地位は底辺も底辺に落ち込んでしまった。

 おそらく彼女にとって、最初の頃の俺は奴隷以下、そこらで拾った物という認識だったろう。

 俺はたとえ無謀でもそこからのし上がって、最低でも同じ人間として、出来れば相棒として彼女の傍らに立ちたいと思っている。

「ふふ」

 笑って、舌なめずりをするその舌がやたらと扇情的で腰にくる。

 召喚後の彼女は飢え渇いた獣のようだし、共振後の俺と来たら大地から引き抜かれた直後の草のようだ。

 共振者というものは元々世界とどこか一部繋がったまま生まれて来てしまった人間だと言われている。

 そして、ひとたび共振を経験してしまうと、例え共振状態を抜けたとしても許容量を越えた世界との繋がりによって、以前よりも深く強く、世界と繋がったままになってしまうのだ。

 召喚士が共振者を求めるのは、召喚を終えた時に自分の一部であったモノを還すという行為のせいで感じる、激しい喪失感を埋める為だとも言われていた。

 

 唇が重なる。


 だからこの時の行為は、通常の人間同士の愛の営みとは微妙に違う。

 奪う者と奪われる者。

 足りない何かを貪る行為。

 

 急激に自分の中の熱いものが彼女の中へとなだれ込む。

 いや、急激に彼女が奪い去る。

 回転する熱と引き裂かれるような痛み。自分の目元に盛り上がった涙を、どこか遠い所から見る心地。

 なにせ最初の経験がこれだったもので、俺はこれもその、男女の愛の営みの一種だと思っているのだが、これは、本当に快楽なのか?

 だが、どれ程の痛みであろうと、喪失であろうと、俺はどこかでそれを望んでいる。


 笑い出したい程に、狂ってしまいたい程に。

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