喪失
カナが居なくなって、既に一週間になった。
彼女が朝食を食べに来なくなってから一週間、家族の前から居なくなってから一週間、警察の捜索が始まって一週間。
居なくなった時間帯はわかっている。
俺が最後の目撃者だった。俺とイヴ、そして彼女の三人とゲームセンターに入る直前。
ゲームセンターに入ってすぐに、後ろから付いて来ているとばかり思っていた彼女がいないとわかって、探しに店を出たが姿は見えなかった。
それからケータイを使って彼女の電話に掛けても繋がらず、イヴと共に街中を探し回ったが、やはり見つかることは無かった。
何かトラブルにでも巻き込まれたのだろうかと思ったが、それは当たって欲しくない予想だった。
――――――アイツだけじゃなく、カナまでどっか行っちまうのかよ。
そんな恐怖が俺の中に渦巻いていた。カナが居なくなってからずっと。
初めは三人だった。そこから二人に。最後は一人に?
そんなの嫌だ。
ダメだ。カナまでどこかに行ったら、俺はきっと、本当に駄目になる。
「…………日上」
イヴが俺に話しかけてきた。
「――――どうした」
俺は椅子に腰掛けたまま彼女を見る。
もしかしたら睨みつけてしまっているかもしれないが、まあいいだろう。
「食事」
「………………ああ」
ふと気づいた。もう夕方だった。
外はすでに薄暗くなり、窓から街の街頭の明かりの群が観察できた。
「すまん、少しだけ待ってくれ。すぐに――――――」
「必要ない。もう準備をした」
「? お前が作ったのか」
そう言って台所を見るが何も変化は無い。
彼女が料理を作った跡は決してなかった。
「――――――お前がカナについて考えている間に出前を取った」
「よくも居候の身で主人の断りも無く出前を頼めたな」
「そんなにカナのことが心配か?」
「……………………」
イヴの言葉に沈黙してしまう。
そう、異常に見えるんだろう。
この一週間。俺は禄に胃に食べ物を通していない。
食欲は沸いていると思う。だが、カナが居ないのに食べていいのかわからないのだ。
ああ、異常だと思う。
でも今までそれが当たり前だったんだ。カナが食事中だというのにペラペラとだらしなく話すのが日常だった俺にとって、彼女の不在はどうしようもないほどに非日常だった。
「さっぱりわからないな」
イヴは俺ではなく、窓の外を眺めながら呟く。
窓から反射して見えるイヴは眉を顰めていた。
「何がだ」
独り言の様にも聞こえるイヴの言葉を訝しむ俺。
彼女はというと、俺の狂気に近い視線を相手にもしないで話の続きをする。
「日上がそこまでカナに執着する意味が」
――――――ああ、そういえばそうだったな。
彼女は色々と、経験が無い。
ここ十日近く共に過ごしたことで理解できたことだが、彼女は人間を知らなすぎた。
実家が余程世間から逸脱した家だったのか、それとも今まで彼女が意図的に人間を知ろうとしなかったのかはわからないが。
少なくとも年上として、恥も外聞も無く、教示するべきだろう。
「――――――それは俺が、誰かに執着しないと生きていけない人間だからだよ」
本当に、恥も外聞もなく言い放った。
「…………?」
だがどうやら彼女はそれでも理解できないようで、振り返って俺の目を見つめ返すばかり。
――――――やれやれ。
「俺はな、誰か心を許せる人間と一緒にいないと生きられない人間だ」
ひとつ話すとタガが外れたのか次から次へと自害を為す言葉が出てくる。
「そもそも一人で生きていける人間なんか居ない。人は誰かと心を通い合わせられる存在が居ないと壊れてしまう」
「…………心を通い合わせられる」
一人で居るように見える人間でも、意外と遠いところで人と繋がって生きてる。
孤独な人間なんて居ない。本当に孤独になればそいつはおそらく死を選ぼうとするからだ。
まあ、たまに自覚していない自殺者がいて遺族を悲しませたりするんだけど。
――――――俺はカナに寄生している。
今までもそんな考えはあったが、宿主が居なくなってようやく理解できたな。
俺は今、一人だ。
そうしたらどうなる。
俺は死んでしまうのか?
死んだ後、泣いてくれる人は居ないだろうか。
家族は泣かないだろう。おそらく。
友人と言えるのもカナと、アイツだけ。
アイツは、悲しんでくれるんだろうか。
「…………人は、支え合わなかったら生きていけない?」
イヴの言葉に、自分だけの世界に入っていた俺は意識を現実に引き戻す。
まだカナが消えたわけではない。そう言い聞かせてイヴの質問を返す。
「……ああ、まあそういうことだな」
しばらく考えた跡、頷いて肯定する。
「そうか、やっぱりそうなのか」
途端、彼女に笑顔が生まれた。
「どうしたんだ?」
「いや、ちょっと満足しただけだ」
「?」
「わかる必要は無い」
そういうと、イヴは浴室に向かっていった。
どうやらまたシャワーを浴びる気らしい。
何をそんなにサービスしたいのか。
イヴと話したことで少し落ち着いたのか、陰鬱な気分は晴れていた。
溜まっていたストレスを吐き出して気が楽になったみたいだった。
「――――――感謝しないとな」
そう言って立ち上がる。
と、同時にケータイに着信が。
――――――だれからだ?
それは愚問だった。
このケータイの電話番号はおそらく一人にしか教えていなかったからだ。
待ち受けには、彼女が勝手に設定した名前が表示されている。
『可愛い可愛い後輩 BYカナ』




